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お話『踊りと私の話:6〜鉛筆〜』

これは一人の平凡な女の子のお話。
踊りと、ある女の子の物語です。

バッグの中身はタイツ、バレエシューズ、レオタード、タオル。

あと、もうひとつ。忘れないように入れるもの。

鉛筆。
削ってない、新品の、鉛筆。

行き先はもちろん、バレエのお稽古。


**

こんにちは!きこです。
今日もきてくれてありがとう!!
うまく話せているかわからないけれど、私が感じてきたこととかを少しずつこうして残していかれるのは、嬉しいんだ。

あのね。最近思うこと。
こどもの頃よくわからなかったことが、私は多かったのかもしれない。
大人になってから「あぁ、そういうことだったのか」って思うことってたくさんあるの。

もしあの時に本質を理解していたら何か違うことがあったのかもって。

だけど今それを思っても仕方ない。
今そう思えたのならそれが大事なこと。これから何かのたびに考えるきっかけにすればいいよね、って思う。


今日はね、あの頃の私は全然わかっていなかったっていう「鉛筆」の話。


***


✴︎前回のお話し



シニヨンに気持ちを支えてもらって、私が新しいバレエの教室に通い続けて数ヶ月。

小さな心の支えというのは案外に大きなもので、どんなに心細い時でも顔をあげてまっすぐ立ちこつこつと続けていくうちに、次第に動きにもその教室の空気にもついていかれるようになっていった。

 気持ちって、大きいんだ!


相変わらずクラスのみんなとは会釈をするくらいで楽しくお話をする雰囲気はないしまだまだ毎回緊張しながらだったけど、ちょっとずつ、ちょっとずつ、変わっていくのを実感していた。
気持ちを支えにして少しずつでも進んでいかれる自分を発見できたことは嬉しかった。

そしてもうひとつわかったこと。
バレエの基本のレッスンというのはひたすら地味な訓練の繰り返しなのだということ。

そりゃそうだ。
この時の私たちは、まだ基礎を叩き込む大事な段階。
踊るというのはまだまだ先のこと。

もう毎回毎回ずっと基礎の訓練を続けていった。
ずらりと並んでバーにつかまって。
足を曲げて、伸ばして。腕を美しく使って。
力強く、柔らかく、しなやかに。
毎回同じ動き。同じルーティン。
いつもいつも繰り返し繰り返し。



そんなある日。新しいことが追加された。

 削っていない新品の鉛筆。


ん?
動きじゃなくて?
アイテム?

バレエのレッスンにどう使うのだろうと思うでしょう?
私も思ったし、教室のみんなも首を傾げてた。
さすがにその時は、いつも静かな雰囲気が崩れて、どう使うんだろうね、と笑いと会話が出たくらい。


先生の説明によると、手の指の形を正しい形に覚えていくために使います、ということだった。
「削っていない鉛筆を2本持ってきてください」と。


早速、次のレッスンから鉛筆を使いながらのお稽古が始まった。


どう使うのかっていうと、まず、腕を決められたポジションにすっと伸ばす。そうして伸びやかに指先まで力まずに伸ばしたところで、揃えた指先に鉛筆を挟む。
少し内側に曲げた中指の背中に鉛筆をのせて、人差し指と薬指でそっと押さえているような感じで。

そのまま、バーレッスンの間どう腕を動かそうとどんなに柔らかく手を使おうとも、落とさないように。
同時に、ぎゅっと挟み込んで指に力が入らないように。


さぁ、説明を受けて、小枝に止まる鳥たちのようにずらりと鏡前のバーにつかまる私たち。
手にはもれなく鉛筆を挟み込んで。
足を一番のポジションに開き、すっと顔をあげて、ピアノの音に合わせて大きく呼吸をしながら膝を曲げていく、、、

 カタン!
 カタン!

静かな教室に響く鉛筆の落ちる音!

あっちの子が、こっちの子が、もちろん私も、身体の動きに気を取られすぎると鉛筆がするりと指から離れてしまうのだった。

新しいことに緊張しながら、誰かの鉛筆が落ちる音が聞こえるたびにドキッとして。

ついに先生たちも
「その鉛筆、削ると芯が折れちゃっているわね」
と苦笑して言って、みんな大笑いになった。


本来ならば、正確な使い方で伸びやかに腕を伸ばす延長線に指がくるので自然と定まる形というのがあるはずなのだけれど、なにせ、説明してもまだ伝わるかどうかあやうかろうというこどもたちのこと。ならば形から覚えていくというのも方法のひとつと先生たちは考えたに違いない。


そして私たちといえば、全身気をつけることがたくさんで、足に意識がいくと手がおろそかになって、手を意識すると足はぶらぶらしてくる、、。


それでもしばらく続けていくうちに鉛筆を落とす回数はみんな次第に少なくなっていったし、少しずつ全身をひとつに意識することも覚えてもいったけれど、笑っちゃうのは鉛筆を外すと指の形が崩れちゃうっていう子が案外多いことだった。もちろん私も含めて。

そして、鉛筆に気を取られすぎて肝心の身体の使い方を忘れそうになることも、実はあったりもした。

先生たちもいろんなことを考え、試しながら教えてくれていたんだっていうことを思うようになったのは、ずっとずっと後のこと。


視点を変えて意識を変えれば、指や腕の使い方やそこからつながる全身のつながりを深く考えるきっかけになるアイテムにもなったと思うけれど、残念ながらこの時の私にはそこまで及ばなかった。

中にはこの意図をきちんと理解していった子もいたのかもしれないけれど、私はといえば挟んだ鉛筆を落とさないようにすることに一生懸命になったりしていて、先生の狙いを想像するようになったのは完全に大人になってからのことだった。


この鉛筆作戦は1年くらい続いて、私たちを毎回緊張させて、そして、笑わせてくれた。
きっと私の鉛筆の芯はかなり折れているだろう、とお互いに言い合ってはよく笑っていた。

指の使い方が良くなったかどうかはわからなかったけれど、会話が増えたことは鉛筆効果だった。


四季がめぐるごとに
私たちの身長はすくすくと伸びていた。

+++

〜作者より〜

今回もお越しくださりありがとうございます。
この鉛筆作戦(というのは勝手に私が名づけて呼んでいるだけなのですが)。
実はどこのお稽古場でもやっていることだと長いこと思っていたのです。だいぶ大人になった頃にどうやら独自のお稽古方法だったのだ、とわかりました。

この時の鉛筆。まだ確か手元にあるのです。
芯が折れてしまっていて削るのが怖くてというのもありましたが、今となっては思い出の鉛筆にもなっていて。
いとこのお姉さんにもらったバレリーナのイラストの鉛筆です。

このお話の主人公「きこ」もきっと同じように今でもその鉛筆を持っているのではないかなと思っていますが、どうでしょうね。案外気にしないで使ってしまっているかも。


さて。
ひとつお詫びを。
前々回の『作者より小話』で、「感想やお気づかい本当に励みになりありがたくいただいておりますどうぞ気になさらずに」と書いたことが「ご遠慮ください」と伝わることがいくつかあってしまったようで大変申し訳なく思っています。

いただいているお気持ちは本当にありがたく嬉しく、同時に受け取り下手な私は「何をお返ししたら良いのやら、でもでも本当に嬉しいです有難く大切に受け取ります」とういう気持ちと、「だからと言って「みんな必ずしてね!」ということではないのです読んでくださるという方がいることが本当に嬉しいです」という両方を伝えたかったのですがそれが、、
なかなか文章というのは、気持ちを伝えるというのは難しいものですね。

誰に頼まれたのでもない勝手に始めて続けている連載で。毎回のことですどうかどなたもご無理になることのありませんように、とも願いつつ、、

この拙いお話を購入してくださったり感想をお寄せくださったり、その優しさのひとつひとつに心救われながら書き続けていられていることも事実です。(いただいたサポートでは美味しいコーヒーをいただくことにしています。)

お詫びと、心からの心からのお礼を、改めて。
どこか何かの場所でお返しができるように心に置きながら。続けて書いていこうと思います。

(だからといって「そうしてね!」というわけではなくて、、。あぁ、本当に気持ちというのは複雑で伝えるって難しくもどかしい!)



今回もお読みくださりありがとうございました。
次回は来週土曜日4/22公開予定です。


✴︎1話目からはこちらにまとめています

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