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戦国時代の「夜討」戦術の有効性と作法について【『軍法侍用集』窃盗巻、『兵法雌鑑』夜軍】
戦国時代の合戦の多くは攻城戦であり、野戦は少なかった。敵国に軍事侵攻をする部隊は、まず境目(国境)にある敵城を落として徐々に領土を拡大して行くことになる。まずは敵城に対して昼合戦を仕掛け、これで落とせない場合は一時退却し陣(ベースキャンプ)を築き、長期戦を視野に入れ戦うこととなる。初日の合戦で城を落とせないとき、多くの場合は水攻め(水の手を断つ)兵糧攻めに作戦を切り替えるそうだ。しかしながら、長期戦は金がかかるし兵の士気も低下する。城方は防御に徹し援軍が到着するまで持ち堪えれば勝機となるので、タイムリミットもある。総合すると城攻めは短期決戦がローコストでメリットが高く、長期戦はデメリットが大きくなるだろう。
攻城のための夜討
そこで初戦の昼合戦で城を攻め落とせなければ、作戦は長期戦(兵糧攻め)を視野に入れつつ、並行して「夜討(=夜襲)」という戦術を取ることになる。
夜討は夜闇に紛れて敵城陣に奇襲を掛ける戦術で、敵の物理的防御の薄さと心理的油断の隙を突く優位性を持つ。昼合戦では城方は城の防御設備という地の利を活かした戦いができるため、相対戦闘力において優位性を持っているが、夜討はこの優位性をひっくり返すことができ、短期戦で決着をつけられる可能性がある。
積極的防衛のための夜討
対して城方もやられっぱなしで守るだけでは勝負がつかない。戦はどちらかが勝たなければ終わらない、従って防御側の城方も攻勢に出なければ、攻城軍を撃ち破り終戦に辿り着けない。
城方が勝つには、①攻城軍を城に引き付けて防御設備(地の利)を活かし壊滅させるか、②城守備隊が逆襲に出て攻城軍を討ち破るか、③籠城戦(長期戦)に持ち込み援軍に攻城軍を撃破してもらうかしかない。
この中で②の勝利目標を達成するのに効果的な戦術が「夜討」である。夜闇に紛れて城守備隊が出撃し、攻城軍の陣に奇襲を仕掛けてこれを撃破し戦を終わらせる。
夜討の戦術的メリット
では「夜討」の戦術的メリットは具体的に何なのかを考えてみよう。ここでは、夜討を“する側”と夜討を“される側”の二つの視点に立って、夜討の有効性を整理していく。
“される側”の視点に立ったメリットは
⑴夜討部隊の規模がわからない。
→数的な有利不利が判断できない。これにより物理的な兵力差による優位性は失われ、事実上一対一もしくは多対一の状況に持ち込まれてしまう。
⑵いつ攻撃を仕掛けられるかわからない。
→夜討部隊は必ず兵が心身疲労し油断するタイミングに合わせて攻めてくるため即応防戦できない。
⑶どこから攻撃を仕掛けられるかわからない。
→城陣の物理的・心理的に防御の甘い場所から攻め込まれるため接敵時劣勢になる。
⑷どうやって攻めてくるかわからない。
→敵が夜討をいつどこから仕掛けて来るかがわからないため、夜討部隊の動きを予想できず先回りした作戦計画を立てられない。
“する側”の視点に立ったメリットは
⑴夜討部隊の兵の規模を隠せる。
→兵数的な不利を隠せる。
⑵敵の身体的疲労、心理的油断の隙を突ける。
→敵の身体的・心理的に弱ってるところを攻撃できる。
⑶敵の物理的・心理的に防御の手薄な場所から攻め込める。
→防御の弱い場所から攻撃し始めることで一定の損害を与えられる。
⑷作戦行動そのものを隠せる。
→敵にこちらの動きが察知されない。
夜討の作法(『軍法侍用集』『兵法雌鑑』より抜粋)
夜討の有効性は、いつ・どこで(どこから)・誰が(どんな規模で)・どのように(どんな行動で)の3W1Hを隠すことができ、相手の心理的・物理的に弱まっている時間と場所へ攻撃を仕掛けられることがポイントになっている。
これを踏まえて、兵法書や忍術書に記載される夜討の作法について確認し、当時の夜討がどのように行われたかを具体的に詰めていければと思い、以下に『軍法侍用集』と『兵法雌鑑』における夜討の作法を記載する。
『軍法侍用集 巻第七 窃盗の巻中』
第一、夜討の習いの事
一、夜討には、忍者に、案内を頼み討つべし。第一なりといえども、その役人なき事もあるべし。ただよくよく足場などを覚えて討つべし。さて夜討せんと思う時は、昼の戦に心を尽くし、身を働くべからず。敵の疲れを見て夜討をすべし。大勢にて夜討の時は、三手ばかりに分けて、一手は景気の武者、これは鬨の声をあげ、鳴物をならして、敵を驚かする役なり。一手は忍びの武者、これは敵の手の抜けたる所を討ち取る役なり。一手は表裏の武者、これはここかしこに飛び巡り敵の前後を心懸けるなり。かくの如くする時は、敵味方の小勢をも大勢に見なし、狼狽え敗軍する事多し。また忍びなどに引かれ、ようよう百騎にも足らざる人数にて討つ時は、手火矢(焙烙火矢)などを撒く役人多く、ここかしこに撒き、敵の騒ぐ所を一揉み、二揉みもさっと討ち取る事もあり。惣別夜討ちはしたるく(ぐずぐずと)すべからず。早く引き取る事もっともなり。
第四、心見の夜討ちの事 付けたり敵を狩るという事
ー、心見の夜討とは、二夜も三夜も敵近くへ押し寄せ、鬨の声などあげて追い出す時は早く引き取り討ち得ざる体を見せ、敵の気を詰めさせ、一両日も間を置き、敵気をくつろげ、油断したる所を伺い、押しかけ利を得る事あり。また敵の忍びを狩るとて、我が陣に夜う討ちの触れをして、度々用意の体を敵より入りたる忍びに見せ、或ひは馬などを嘶かせ、敵に気をつめさせて、右のごとく油断したる時、忍びやかに用意して討つ事もあり。
第五、表裏の夜討の事
一、夜討には種々の心得ありといえども、ことさら表裏の夜討とて、敵の付け入りを望むと知りながら、わざとその方に討ちて敵を偽引き(おびき)出す事、功者の技たるべし。その時は我が方の城陣所など用心固く伏蟠などを所々に隠し置き、合印なども、よくよく堅めて、あるいは百・二百の勢にて、彼の待ちかけたる所に討ちかけ、軽々と引く時、わざと人数をばしどろに見するなり。この時敵付け入りをせば、難所か引橋の方へ連れよせ、かの伏蟠を以て、押し包み討つなり。これは自然の儀なり。生心得にては、引ざまに味方乱るる事あるべし。また敵の先手へ一夜に二・三度も軽々と夜討する事あり。この時は夜討の大将も惣勢も度々に替えるべし。これは敵をくたびれさせんがためなり。自然不覚の敵は、敗軍のこともあり、多分は昼の戦に利を得るべき表裏なり。
『兵法雌鑑 人事巻 第廿二 夜軍』
夜軍に出立つべき様子二ヶ条の事
ー、上着・胴肩衣白かるべき事。
二、指物は差さず、白き練りを一尺二寸に切り、兜の後ろに付けるべし。これを笠印というなり。
同諸軍に申し聞かせるべき五ヶ条の事
一、敵地へ働入り敵を討たりとも、首を取ること不可。討ち捨てに仕るべき事。
二、例えば敵と斬り結びたりとも、引き上げよとの合図あらば、早々に引き取るべき事。
三、引き取る時、何道具にても敵地の道具、その所に有り合う物を取り来るべき事。
四、合言葉よく申し聞かせるべき事。
五、合言葉始めに申し聞かせ、またその砌(時節)に改める事もあるべき。
右五ヶ条共に口伝深し。
夜討・夜軍仕るべき時分の事
一、始めて合い会う時、一二三日までの事。口伝。
二、大敵切所を越え構え、長陣を張り諸軍気疲れ、退屈の所を討つべきなり。口伝。
夜軍物見二ヶ条の事
一、夜軍仕るべきには物見を出し、その地形の険難、あるいは敵の厚薄、陣屋の掛けよう、ふけ・池・田きれ、よく見せ、その地形に寄りて慣らし肝要の事。
二、敵怒るか驕るはこの方を卑しむるか、または己が大将を嘲るか、この所を忍びをもって見計るべし。但しその国郷談の忍びを用いるなり。いずれも口伝。
夜軍に出るべし前方武略の事
一、味方出入の事。
二、味方境目の城に、よき侍大将の二心無く釣り合いの能兵を籠置、敵の来て攻る所を討つべき事。
右この二ヶ条は、敵大軍にして、味方の国を攻る時の事なり。また小敵をうつに、引き取ると見せて、夜軍を用いる事あるべし。さりながら、これ常に用いる事にはあらざるなり。口伝。
夜軍作法九ヶ条の事
一、厚きを討て薄きに出る事。口伝。
二、控え軍出すべき事。口伝。
三、一町一火、あるいは控え軍提灯松明の事。口伝。
四、鉄砲撃たせ様の事。口伝。
五、凱の声あわせやうの事。口伝。
六、忍び馬の事。口伝。
七、回し備えの事。口伝。
八、勝って後、味方締める所を定める事。口伝。
九、引き取りて、敵味方の人数に紛れ来るを選び出す事。
右夜軍の仕様大形この如く。しかるに 夜軍というものは、その作法よき時は、例えば敵知りたりというとも、不案内の敵は遅れを取り、味方の利運に成る者なり。必ず備の締まり集め納りを幾重にも内慣らしして働くべし。例えば、侍大将成りとも、一かはの侍見とどけざるもの、あるいは釣り合いのなき家老には、夜軍のならし聞かする事なく、不意を懸て討つべきなり。勝つべきという事なし。
疑う事なかれ。
私の夜軍の儀は、伊豆平氏大聖院氏康公、河越御一戦の様子を覚えるべきと、古師申し伝え被なり。
その様子は、委しく甲陽軍鑑めうこの巻にこれ在るなり。
味方敵国へ働き入り、夜軍仕掛けられざる仕様五ヶ条の事
一、敵地へ深く働入り、陣取は方よう、あるいは魚鱗の陣取を用い、捨篝を焼き、張番を出し、相詞をもってその出入改めるべき事。
二、陣取蹴出しに掻き上げあるいは逆木の事。
三、夜軍をいとう役者の備あって、自余の働きには構わざる事。
四、一町一火 相図の篝 松明、口伝。
五、夜軍をいとう備の陣取、井楼の事。口伝多し。
右いずれも夜軍をいとう軍法なり。大概斯くの如く覚えて、これよりよき作法は将の工夫出るべき者なり。口伝。
これらの兵法における夜討の作法を一個ずつ具体的に検討・検証し、それら検証結果を統合することで戦国時代に実際に行われていた夜討の姿と有効性を確認することができると考えている。
しかし、夜討の実際を暴くには、夜討だけを調べても意味がなく、その戦いのフィールドとなる城や地形、戦闘に関わる武士や足軽、また戦闘そのものに関わらない夫丸、昼合戦の作法、当時の社会規範・風俗などの情報を総合し、これを前提としなければならない。
本稿は夜討を知るための第一歩として整理したものである。第二歩へ続く…
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