声劇用フリー台本「聖木の森」6
■6
◆シルヴェストロの小屋。*ルチアの存在は、シルヴェストロには認識できていない状態。
◆ルチア
マスター? 起きてますか、マスター?
朝ですよ、マスター・シルヴェストロ。
◆シルヴェストロ
ああ…もう朝か。
おはよう、ルチア。
◆ルチア
おはようございます、マスター。
ふふっ、やっぱりマスターって、朝が弱いですよね。
◆シルヴェストロ
歳を取ると、あちこちガタが来ていかん。
…そろそろ引退を考えるべきかもしれんな。
◆ルチア
またそういうことを。
街の人、マスターを頼りにしてるんですよ?
◆シルヴェストロ
弟子が精霊になどならなければ、私が往診する必要もなかっただろうに。
◆ルチア
う…そ、それは…。
◆シルヴェストロ
もうそろそろ一年だったか。
厄介なものだ。
目が戻ったせいで姿は見えん、声も聞こえん。
果たしてお前は、どこにいるやら、いないのやら…。
◆ルチア
…ごめんなさい。
◆シルヴェストロ
謝ってはくれるなよ。
◆ルチア
あ、あはは…お見通しですか…。
◆シルヴェストロ
ふぅ…ルチア。
◆ルチア
…はい。
◆シルヴェストロ
お前は、そこにいるのだよな。
◆ルチア
…はい。
◆シルヴェストロ
見えなくとも、聞こえなくとも…お前は、いるのだよな。
◆ルチア
…ええ、マスターのお側に。
◆シルヴェストロ
道を決めるには早すぎる、と。
最初に教えたというのに。
◆ルチア
ずるいですよ。
すっかり忘れてたクセに。
◆シルヴェストロ
…だがそれが、お前の決めた道なのだからな。
ないがしろには出来んだろう。
…もっとも、師に世界を教えたいとは、どうにも…。
◆ルチア
生意気、ですか?
◆シルヴェストロ
…いいや。
万事を知ったつもりで、世捨て人を気取るには…私は確かに未熟なのだ。
…世界は広い。
街ひとつ往診するのも手一杯なほど。
◆ルチア
キリがないですよね。
人嫌いだった聖木の元守り手が、無条件で治療してくれるんですから。
◆シルヴェストロ
毎日毎日、満足に休む暇もない。
だが…これも忘れていた。
人の感謝に、己も救われるということを。
…ルチア。
◆ルチア
…はい、マスター。
◆シルヴェストロ
ありがとう。
私を救ってくれて。
お前は、もう立派な癒し手だ。
◆ルチア
…ええ。
ふふっ、師匠の教えがいいんです。
◆シルヴェストロ
ふぅ…では、行くとするか。
◆ルチア
ええ。
あ、マスター、これ忘れてますよ。
◆シルヴェストロ
うん?
…ああ、あの護符か。
もう忘れるな、と…教え子に言われるとはな。
…忘れないとも。
◆ルチア
…ええ、わかってます。
◆シルヴェストロ
それにしても…。
◆ルチア
なんです?
◆シルヴェストロ
今日も、いい日差しだ…。
眩しいほどに。
◆ルチア
ええ…眩しいくらいに。
そろそろ行きましょうか、マスター・シルヴェストロ。
みんな待ってますよ。
◆シルヴェストロ
行くとしようか、ルチア。
あまり待たせるわけにもいくまい。
◆場面転換。
◆ルチア(独白)
私が生まれたこの世には、魔法使いと呼ばれる人たちがいた。
科学と共存しながら、人ならざる力を使役する彼等。
時に尖兵として戦い、時に学徒として探求する魔法使い。
癒し手と呼ばれる治療師も、そんな魔法使いの生き方だった。
私は、そうなりたいと願っていた。
だからあの人のもとを訪れたのだ。
私に光を与えてくれた、あの人に。
あなたに示してもらった世界には、そんな光がたくさんあったと伝えたくて。
そしてどうか、あの人にもそんな世界で生きてほしい。
今も私は、この人の背中をただただ見守り続けている。
聖木の森の、サー・シルヴェストロの守り手として。