声劇用フリー台本「老いない魔女」まとめ版
同名作品を番外編含めてひとつにまとめたものです。
内容自体に変化はありません。
アドリブ・改変含めてよろしければご自由にお使いください。
■キャラクター(基本的に男女二人劇ですが、登場人物は五人います)
◆魔女…メイン1。不老不死の少女。明るく活発なイメージ。
◆青年…メイン2。魔女と暮らす助手。やや大人しそうな雰囲気。
◆老人…サブ1。青年の祖父で、魔女の弟子。どことなく疲れた感じ。
◆少女…サブ2。ラストに登場する、魔女の跡継ぎ。
◆少年…サブ3。ラストに登場する、青年の子孫。
■1 老いない魔女と揺り椅子の連れ合い
◆老人の部屋。軽くノックして魔女が入って来る。
◆老人は若干後ろめたそうに苦笑しながら。魔女は静かに微笑みながら。
◆老人
ああ……来てくれたか。
◆魔女
うん。久しぶり。
元気そうだね。
◆老人
思ったよりは、だろう?
◆魔女
うん。思ったよりは。40年ぶりだっけ。
◆老人
そうとも。40年だ。
君の方は……相変わらず、少しも変わらない。
◆魔女
変わりたくても、ね。これでも化け物だから。
◆老人
そうだったな……。
こうして面と向かって、実感したよ。君は、本当に老いない。
◆魔女
ふふっ、なんだねなんだねー? 信じていなかったのかねぇ~?
◆老人
いやいや、ははっ……。そうであったら、私はもういくらか健康だろうよ。
ああ、座ってくれ。酒が……酒があったはずだ。
◆魔女
取るよ。
へえ、蒸留酒……こんな強いの飲むんだ?
◆老人
師匠の影響か……それとも、歳を食ったせいかな。
味がわかるようになったよ。
足が動かない分、舌は肥えなきゃならんからね。
◆魔女
自分で言うかな。
◆老人
説得力は増したろう?
◆魔女
そうかもね。……あそこの写真。
◆老人
うん?
◆魔女
まだ飾ってるんだ?
◆老人
ああ。記念だよ。
写真嫌いの連れ合いが、唯一撮ってくれた。
◆魔女
40年前に、たった1枚だけね。
あの子が今や、ねえ……。
一緒にお酒飲む日が来るとは、思わなかったよ。
◆老人
君には退屈かもしれんが。
見ての通りだ。
すっかり、くたびれてしまったから。
◆魔女
それがいいんじゃない。
老いの渋みは、定命の特権。
私じゃ、真似したくても出来ないよ。
◆老人
だが、未練があればまた別だ。
……見てみろ。
これで連れだって外を歩けば、老人と孫だ。
◆魔女
ははっ、いつから人目を気にするようになったの?
◆老人
そういうわけではないよ。
だが……すまないなぁ。
◆魔女
なぁーに謝ってるのさ。
◆老人
謝るとも。
私は……僕は、約束を守れなかった。
不老不死の呪い……君のそれから、君を解くと。
約束したのに、この有り様だ。
◆魔女
手あたり次第、呪物の解析なんかするからだよ。
40年経っても、無茶なのは相変わらずか。
学習してるんだかしてないんだか…。
◆老人
どこぞの世捨て人と違って、社会常識程度は学んださ。
……すまんな。
◆魔女
謝んないでってば。
◆老人
いや……また別の話だ。
孫たちには会ったろう?
◆魔女
……それ込みで、謝ることじゃないんだって。
けど……奥さんは、いつ……?
◆老人
去年の秋だった。
見抜かれていたよ。
私も、もう長くないのだから……君に会っておけ、と。
未練は残さず、遺産を残してやりなさい。
そんなことを言われたよ。
ああ、出来た人だった。
◆魔女
……そっか。
◆老人
何か、変わっただろうかな。
◆魔女
ん?
◆老人
君が街を出た日……私も、君と共に行っていれば……。
そうしたら、今とは、何かが……。
◆魔女
変わらないよ。
あの日の旅が一緒でも、いつか、私は君を置いて行った。
そしてきっと、君は誰かと結ばれて……だから、変わらなかったよ。
◆老人
そうか。ああ……そうだろうな。
そうだろうと思う。
君は、これからどうする?
◆魔女
さあねぇ……。
根無し草なのは変わんないよ。
でも、そうだな……。
家でも建ててみようかなって思う。
歩き回るのは、少し疲れたから。
湖のそばで、小さな木の家で……。
朝は釣りして、昼はひなたぼっこして……。
あっ、絵でもやってみようかな。
◆老人
ははっ、魔女の描いた絵か。
そういうのもあるんだったな。
いいな、それは。
◆魔女
うん、いいでしょ。
だから、ってわけじゃないんだけどさ。
……私にとっても、旅はここで終わりなんだ。
最後が君で、本当に嬉しかった。
◆老人
ああ、私もだ。
……あの写真、持って行ってくれ。
◆魔女
……いいの?
◆老人
私より君に必要だろう?
◆魔女
うん、ありがと。
……私さ。
今日、また会えて……よかった。
また来るから。
きっと、きっとまたいつか……!
◆老人
いいや。
いつか、は……もう言わないことにしたんだ。
◆魔女
……そっか。
じゃあ、さよならだね。
◆老人
ああ、さよならだ。
とはいえ……。
◆魔女
わかってる。
高いお酒を残して、帰るわけにはいかないでしょ。
乾杯しよっか。
◆老人
ああ……湖畔の魔女に。
◆魔女
初恋の……。
◆老人
うん?
◆魔女
初恋の終わりに。
■2 老いない魔女と湖畔の家
◆青年が湖畔のコテージを訪れる。
◆青年
ごめんください。……あのぉ、すみません。
◆魔女
聞こえてるよ。
◆青年
わっ……!
◆魔女
悪いけど裏に回って。
そのドア、建てつけ悪くってさ。
◆青年
は、はぁ……。
◆魔女
ふぅ……いい風。こんにちは。
◆青年
こ、こんにちは……あ、あの……魔女様、ですよね?
◆魔女
どうだろ、どうかなぁ……君はどう思う?
◆青年
え、いや……魔女様、だと思います。
◆魔女
じゃあ、どうして疑問形?
◆青年
そ、それは……ええと……想像というか、思ってたより……。
◆魔女
その辺の女の子っぽい?
◆青年
い、いや! そんな、そこまで乱暴な括りは……!
◆魔女
大丈夫、わかってるから。
そりゃま、魔女って雰囲気じゃないよね。
杖も使い魔も大鍋もなし。
湖のほとりで、揺り椅子に座ってひなたぼっこ。
百歩譲って魔女だとしてもさぁ、様は付けらんないでしょ?
◆青年
そ、そうなんですか?
◆魔女
そうは思わない?
◆青年
僕は……別に。
噂には尾ひれが付きますし……。
あなた以外に、魔法使いという人を見たことがないですし……。
こういうものなのかな、と。
◆魔女
賢明だねぇ。聡明って言うべきかな?
ところで、君はどちら様?
◆青年
あ……ええと、すみません。
祖父から、あなたを尋ねるように教えられて……。
◆魔女
おじいちゃん?
◆青年
ええ。手紙を渡せば伝わると。
あ……て、手紙はこれです、この手紙。
◆魔女
ふぅん……ああ、そっか。
君が、あの時の……あの子の、お孫さんかぁ。
◆青年
僕、あなたに会ったことあるんですか?
◆魔女
ん……ずぅっと昔にね。
彼、いつだった?
◆青年
……15年になります。来週が命日で。
◆魔女
そっか。……じゃ、すぐあとか。
◆青年
……元気か、とは聞かないんですね。
◆魔女
そりゃね。
不老不死って言っても、時間の感覚は変わらないからさ。
あれだけ小さかった君が、今こうしているんだもの。
そりゃ……わかるでしょ。
◆青年
そう、ですか……そう、ですよね。
◆魔女
んで、君の方は?
◆青年
え?
◆魔女
だからさ、君、呪われてるんでしょ?
手紙に書いてあったよ。
昔のやんちゃが原因で、孫にまで呪いが飛び火した。
発症したら私のとこに行かせるから、助けてやってくれ、ってさ。
◆青年
す、すみません、勝手な祖父で……!
◆魔女
いいのいいの。
で、君の呪いは?
この天気で長袖ってことは、腕かな?
◆青年
は、はい……左腕です。
◆魔女
おお、こりゃまた。
◆青年
麻痺っていうのか、なんていうのか。
親指は少しだけ動くんですけど、他はまったく……。
それから、こっちの腕だけ怪我をしないんです。
切っても叩いても、何ともないっていうか。
◆魔女
だろうね。見事に私のが跳ね返っちゃってるから。
◆青年
あなたの?
◆魔女
そうそう、不老不死の呪いっていうのがさ。
君のおじいちゃんが研究してた、私の呪い。
こっちの腕だけにくっついてるね。
◆青年
……父は、なんともなかったんですけど。
◆魔女
よく言うでしょ。
親より祖父母に似るってさ。
◆青年
あの、本当にそんな理屈なんですか……?
◆魔女
そういう適当なものなんだよ、魔法だなんだって。
……治せるかどうか、まだわかんないな。
ひとまず調べていい?
◆青年
そ、それはもちろん……お願いします。
あ……でも僕、報酬とか……!
◆魔女
ああ、いいからいいから。
そだなぁ……住み込みで家事の手伝いしてくれたら、それでいいよ。
◆青年
家事……って、え!? 住むんですか!? あなたと!?
◆魔女
だって楽じゃんよ、お互いに。
なになにぃ?
見た目がこんな若くて可愛いだと照れちゃうかぁ?
◆青年
そ、それは、その……じゃなくて!
いや、まあ……じゃあ、ひとつ教えてください。
◆魔女
ん? 何かな?
◆青年
……祖父って、どういう人でしたか?
◆魔女
……君、難しい質問するねぇ。
◆青年
え……そ、そうです?
◆魔女
だって、どうって言われてもなぁ。
例えばさ。この辺、秋になると紅葉がすごいわけさ。
◆青年
はぁ……? そうなんですか?
◆魔女
うん。で、君はそれを見たとして、どう思う?
◆青年
どう、って……綺麗?
◆魔女
だよね。
じゃあ、その中で一番綺麗な一枚を見つけようとしてさ。
すぐ見つけられる?
◆青年
……難しい、と思います。
というか見分けがつくかどうか。
◆魔女
そうそう。超難しい。私が言ってるのは、そういう難しいさよ。
でも……ああ、そっか。
◆青年
え?
◆魔女
や、今喋っててわかったよ。
そんな、綺麗が多すぎる中で、ひとつだけ……。
難しいのに、ひとめでわかる。
……そんな人だったなぁ。
◆青年
……好きだったんですか? 祖父のこと。
◆魔女
さて、どうかなぁ。
あ、でも君にも言っとくかぁ。
◆青年
何をです?
◆魔女
じいちゃんみたいに、惚れんなよ?
■3 老いない魔女と軋む微笑
◆2から一週間後。青年中心の視点。『』内の台詞は独白です。
◆『青年』
祖父の友人だったという魔女様の小屋へ住み始めて、そろそろ一週間
いつの間にか、僕はすっかり助手扱いされている
食事を作ったり、本を探したり、掃除をしたり
助手というより雑用だけど、それでも、誰かに必要にされるのは……
◆青年
あ、そろそろか。
魔女様。起きてください、魔女様。
◆魔女
んー、うぅ……?
あぁー、助手くんかぁ……。
◆青年
ええ。おはようございます、魔女様。
◆魔女
おふぁー、んにゃ……おはよー。
◆青年
顔拭いてください。濡れタオル、用意しておきましたから。
◆魔女
んー、あんがとー……もう三日たったんだぁー?
◆青年
そうですよ。きっちり72時間。
ははっ、ふにゃふにゃですね。
◆魔女
まーねぇー……んん? 今笑ったなぁー?
◆青年
いやだって……ぷっ、そんなふにゃふにゃの顔されてたら……ふふっ。
◆魔女
わーらーうーなーっ。
そんなだと、もーっとじいちゃんに似ちゃうぞー。
◆青年
ああ、祖父にも笑われたんだ。
◆魔女
そーだよー、まったくひどい弟子だったんだからぁー。
ふわぁ、んにゃ……まいっか。
◆青年
コーヒー飲みます?
◆魔女
んー、ありがとー……えへへ。
助手くんは良い子だねぇ、良い子のままでいてほしい。
◆青年
祖父みたいな度胸がないだけですよ。
でも大変ですね、魔女様。魔法を使う度に眠っちゃうんですか?
◆魔女
まあ、うん……反動みたいなもんだよ。
私って魔法が下手だからさ。
◆青年
下手……? 魔女様なのに?
◆魔女
そうそう。魔力とかマナとか、呼び方はいろいろあるけどさ。
私、それが極端に少ないのよ。
たぶん、潜在的には助手くんや助手くんのじいちゃんのがずっと上だよ。
◆青年
またそんな……マジですか?
◆魔女
マジマジ、超マジ。……あ、マジックだけに!
◆青年
……は、ははっ。
◆魔女
さすがに誤魔化す技は覚えたけどねー。
◆青年
あ、流すんですね。
◆魔女
うるさいよっ!
……ま、まあともかく? 総量はホントに少ないのよ。
だから大きめの術やる時は、代わりに生命力使ってるんだー。
◆青年
生命力……そっか、死なないから。
◆魔女
そういうこと。
まあ死なないってだけで、見ての通り反動は来るんだけどね。
回復するまで寝ないと、さすがに連続で使えないし。
◆青年
……あの、本当にすみません。
そこまでしてもらって。
◆魔女
おいおいー、そんな暗くなるとこじゃないぞー?
それに三日なら軽い軽い。
前に魔王さんと殴り合った時なんてさー、100年だよ、100年?
喧嘩して起きたら一世紀過ぎてんだから。
いやぁー、びびったよねぇー。
あの頃は私も魔王さんもやんちゃしてたなぁー。
青春だねぇ。
◆青年
魔王と決戦なんて、青春の1ページには重すぎますよ……。
え、でも魔女様、魔王を倒したって伝えられてましたっけ?
活躍した、みたいな伝説は聞いたことありますけど……。
◆魔女
あー、あれね。正確には倒したわけでもないんだけど……ほら、私は寝てるわけじゃん?
◆青年
はあ。
◆魔女
寝てたら祝賀会もできないでしょ?
◆青年
まあ。
◆魔女
だから、一緒にいた王子とか騎士が倒したことになってんの。
◆青年
詐欺じゃないですか!
完全に手柄横取りされてるじゃないですか!
◆魔女
えぇ~、そんなことないよぉ~。
実際、私あの時は切り札扱いだったからさ~。
魔王さんち行くまでは仲間任せだったし、9割あの人たちの手柄なんだから。
四捨五入すれば嘘じゃないってー。
◆青年
四捨五入で伝説を片付けないでください……。
◆魔女
まあまあ。ともかく、助手くんが気にすることないよ?
でも、ふふっ……ありがとね。
そういうところは、じーちゃん似だぁ。
◆青年
い、いえ……それは、別にいいんですけど。
◆魔女
照れるなよ~。
んー、だけどごめんね。今回は収穫なしだわ。
◆青年
……大丈夫ですよ。最近、ここの暮らしにも慣れてきましたから。
今すぐ腕が治って、じゃあお疲れ様……とか言われても。
そっちの方が困りそうですから。
◆魔女
……親御さんと揉めちゃった?
◆青年
揉めた、というか、なんというか……。
祖父は……魔法のことばっかりでしたから。
僕みたいな孫以外で祖父に接してたのは……たぶん、祖母だけですよ。
だからその、僕は祖父に似てるみたいだし、呪われてるし。
あんまり、顔合わせたくないみたいですね、あはは……。
◆魔女
それ、私の……ううん。なんでもないや。
◆青年
ええ……なんでもないことに、しておくてください。
食事、何か作ってきます。
◆魔女
……うん、ありがと。
■4 老いない魔女と覚めない夢
◆3の翌日。魔女中心の視点、詠唱描写あり。『』内は魔女の独白です。
◆『魔女』
魔女様、と。そう呼ばれるのが怖かった
私には、まるで魔法しかないみたいに思えて……。
たとえ本当のことだとしても、私には魔法が怖くて仕方ない。
讃えられ、恐れられ……自分が化け物だと思い知る。
そもそも私が知っている賞賛は、みんなにとって単なる過去だ。
求められたことをした代償が……私をまた眠らせる。
この才能を使う度、私はまた、みんなの時間に取り残される。
ああ、また、目覚めない、夢の中にいる……。
◆青年
……魔女様……魔女様……。
◆魔女
んん、んう……?
◆青年
起きてください、魔女様。
◆魔女
んあ? ああ、ふわぁ……なんだぁ、助手君かぁ。
◆青年
またご挨拶ですね、開口一番でなんだとは。
◆魔女
ごめんごめん。って、もしかして今……。
◆青年
ええ、もしかしなくても朝ですよ。
よくもまあ、座ったまま器用に寝れますよ。
◆魔女
あははっ、ただの慣れだよ。
◆青年
どういう慣れですか。というか、何してたんです?
◆魔女
んん? 何って、見ての通り?
◆青年
と言われても、キャンバスに絵筆?。
魔女様って絵も描くんですか? 絵の具がないけど。
◆魔女
描くって言うか、移すっていうか。
◆青年
移す?
◆魔女
うん、そうそう。魔法だよ、これもね。
◆青年
絵を描く魔法……ですか?
◆魔女
そんなとこ。まあ見てて。
絵筆を持って、キャンバスに触れる。自分の心の一部を、こっちに映すイメージでね。
そうすると……。
◆青年
わっ! なんか浮かんできた!
◆魔女
うんうん。いいねぇ、素直な反応だねぇ。
これが、いわゆる命を植えた絵。生景(しょうけい)魔法ってやつ。
封印術の応用……というか、まんまだけどね。
記憶や知識なんかを、キャンバスに直接封じるんだよ。
◆青年
ああ、聞いたことありますね。へえ、これが……。
◆魔女
どうだー、すごいだろー?
って言っても、私のスペックだと……。
◆青年
あ、消えた。
◆魔女
固定しないと戻っちゃうんだ。
はぁー、これが悩みの種だよ。
君の呪いについて、情報整理したくってさぁ。
これ使っていらない記憶を一旦移そうと思ったんだけど……ねえ。
◆青年
ええと……魔女様の魔力量だと、固定する前に眠っちゃう。
だから移したくても移せない……と?
◆魔女
理解が早くしてよろしいー!
ま、そういうわけよ……もー諦めた! ご飯食べよっ!
◆青年
あ、ああはい、出来てますよ。
◆魔女
ありがとーっ! ……助手君、やってみる?
◆青年
え?
◆魔女
だから、これ。生景魔法。命を植えた絵。
◆青年
い、いやいやいや! 何を簡単に言い出してるんですか、あんたは!
◆魔女
えー、簡単だよぉー。私には無理だけどさ。
君ってほら、じいちゃんそっくりじゃん? たぶん魔力量とか並みはあるからさぁ。
◆青年
いやそんな言われても、魔法なんて使ったことないですし……。
◆魔女
大丈夫だって。ほら、座って座って。
絵筆握って、キャンバスに向かう。あとは教えた通りにやってみ?
◆青年
は、はぁ……わっ、なんか浮かんできた……!
◆魔女
そうそう、その調子。
そんな感じで、自分の切り離したいものを移してくの。
じゃ、私ご飯食べてくるから。
◆青年
え、ちょっと! この後どうするんですか!?
◆魔女
大丈夫、大丈夫。しばらくかかるから。食べたら固定の仕方教えるよー。
さーてっ、ごっはんー、ごっはんーっ♪
……ん?
◆『魔女』
私、なんかやらしかしたんじゃ?
絵に出来るのは作者の内面……。
精神性や魂に左右される魔法も、当然含まれる。
助手君はたぶん無意識に、一番切り離したいものを移す。
あの子が切り離したいものは……呪い?
で、その呪いは元は私の中にあった、超ド級の……。
◆魔女
ってことは……!
◆青年
魔女様!? ちょっと! なんか変ですよこれ!?
◆魔女
やばい! 助手君ッ!
ああ、バカだ私は! 切り離された呪いが暴走する……!
◆青年
ま、魔女様! なな、なんかキャンバスが光って……!
◆魔女
ごめん、私のせい! 手を離して私の後ろ!
動かずそのままじっとして!
◆青年
は、はい!
◆魔女
火星の6……いや木星5番!
私は自ら手足を切り落とし、私の骨を見渡し、数えるッ!
助手君、伏せて!
◆数秒の間。
◆青年
た、助かった……?
◆魔女
う、うん、助かった、ねえ……。
死ぬかと思った……死ねないのに。
◆青年
何を余裕っぽいこと言って……え?
◆魔女
ど、どうしたぁ、助手君……っていうか、ごめん……マジでごめん……。
あと、フラフラする……。
◆青年
い、いや魔女様、あれ! キャンバスの前……!
◆魔女
えぇ? だから……どう、したって……なっ!?
◆青年
子供、倒れてますけど。なんか、ちっちゃい魔女様みたいな……。
◆魔女
あぁ、やばい……やらかし、たぁ……。
◆青年
え!? 魔女様!? ここで眠っちゃうんですか!?
ちょっ……起きてくださいよ!
■5 老いない魔女と夢闇の書斎
◆1話と同じロケーション。気がつくと老人の書斎に立っている。
◆魔女
あれ? ここ、この部屋……。
あの人、の……?
◆老人
どうしたんだね?
◆魔女
え? あ、え……君、なんで……。
◆老人
狐にでもつままれたような、と。そんな顔じゃないか。
急に呆然として、どうしたんだ?
◆魔女
あ、ああ……や、別に。
夢……見てたのかも。
◆老人
白日夢か。得意分野だものな。
◆魔女
うん……そう、だね。そうかも。……あはは、変だね。魔法も使ってないのに。
◆老人
元があやふやなのだから、そういうことも、ままある。
そんな講義をしてくれたのは、いやはや……ふふっ、誰だったかな。
◆魔女
昔のこと引き合いに出すのはマナー違反、って教えとくべきだったなぁ。
◆老人
至らぬ師、とは自称しないでくれよ?
◆魔女
出来過ぎる教え子も考えものだねぇ。
ああでも……どんなだったかな。
◆老人
その、夢のことかな?
◆魔女
ん……誰かが居たんだよ。
大切な誰かがいなくなって、その誰かに託されて。
誰だったかな……君に似てる子だったんだよ。
その子に言ったんだ。一面の紅葉の中で、たったひとつだけ……すぐに……。
◆老人
……すぐに?
◆魔女
すぐに、見つけられる……そんな人。
……あの写真は? 写真、そこになかったっけ?
◆老人
まだあるとも。今ではない、ここに。あれは君に必要なものだった。
◆魔女
ああ……うん、そっか。夢は、こっちの方か。
◆老人
寂しげに言うものだね。
◆魔女
そりゃ寂しいでしょ。一瞬、期待したんだから。
私はまだこの書斎に居て、君も変わらずここにいる。
私が見ていた何日かは夢で、本当はただ……居心地のいい場所にいる。
でも、そっか……これは夢か。
◆老人
木星の守護、第5番。アドリブでやるにしては大袈裟だ。
並みの魔法使いなら、反動で命を落としても不思議じゃない。
眠るだけで済んだのは、幸運と呼べるんじゃないか?
◆魔女
どうだか。……ていうかさ。
◆老人
うん?
◆魔女
君、私にとりついてたの?
◆老人
それほど未練に尽くせる人間だったなら、私は家族を作っていないよ。
◆魔女
でも君はここにいる。この書斎も。再会した、あの日のままだよ。
◆老人
根本的な、誤解というのかな。
君の知っている私はここにいる。だが決して私になり得ない。
私は君の問いに答えられるし、物の見方は変えられる。
けれど君の知らない方程式を、私が答えることはできない。なぜなら……。
◆魔女
……虚像だから。私が知ってる君についての記憶……思い出でしかないから。
◆老人
すまないな。……酷なことを言わせている。
◆魔女
謝んないでよ。夢の中でも律儀なんだからなぁ。
木星5番……起きた時には三日後かな。
◆老人
まばたきする間だね、まさしく。
あれはどうかな。
◆魔女
助手君? いい子だよ。じーちゃんみたいに捻くれてないし。
ふふっ、誰に言ってんだろ。
◆老人
だとしても、安心したよ。置き土産というのは、あの子に悪いかな。
◆魔女
雑な言い方だなぁ。まあでも、また迷惑かけちゃった。
元気にしてるかなぁ……。
◆老人
楽しんでいるよ。
◆魔女
……わかるの?
◆老人
この私は、言ってしまえば神経のようなものだ。
君という意識の外にあるものを拾える。
だから……ああ、これは中々面白そうだ。
◆魔女
何の話よ。
◆老人
君の助手で、私の孫。それからもう一人。
◆魔女
もう一人……? ちょっと、それって……!
◆老人
やっていけるさ。君は、私の憧れなんだ。
どうか助けてやってほしい。あの子だけじゃなく、私の師匠を。
残すのなら未練でなく遺産を、と。
これを教えてくれたのは、君でなく妻の方だったな。
■6 老いない魔女と知らずの魔女
◆一人称小説風になっています。
◆魔女の視点が中心。名前が「」は会話、『』は独白になります。
◆『魔女』
覚めてほしい、と。
いつも祈っていた夢は唐突に、恐ろしいほどの早さで離れてゆく。
今日は、心の軋む名残惜しさを抱かせて。
目を開ける時、私は自分の目尻に涙すら滲んでいるのを感じた。
かつて見た紅葉が、不意に頭の中で蘇り……。
そして二度とは見られないのだと。
私のうなじの辺りで、現実がそう囁く。
そんな寂しさ。
きっと、だから見間違えたのだと思う。
◆「青年」
魔女様……?
◆『魔女』
まぶたを開けてから少しの間、そこに紅葉があると思った。
私の顔を覗き込んでいる、彼の眼差し。
どこか不安を漂わせたそれが、つい一瞬前まで語らっていた紅葉と重なってしまう。
◆「魔女」
……おはよ、助手君。
◆『魔女』
つい口から出そうになった別の名前を、寸前で飲み込み、微笑んだ。
浮かべた後で後悔する。
無意識に取り繕ってしまった微笑みだから。
◆「青年」
大丈夫なんですか?
あれから、ずっと眠っていたんですよ……?
◆「魔女」
うん、平気平気。
っていうか、ごめんね? 助手君こそ怪我なかった?
◆「青年」
いえ、僕は全然……。
◆「魔女」
そっか。
あははっ、ならよかった。……よかったよ。
……で、その子は?
◆「青年」
あ、ああ、ええと……。
◆『魔女』
どう説明したものか。
どこか可愛げのある困惑を浮かべ、彼は口ごもった。
この青年のすぐ傍らに、じっと私を見つめる小さな人影があったのは、最初から……。
いいや、目覚める前から気付いていた。
一人の少女だった。
私よりひと回り幼い外見の、知らない、と表現するのはためらってしまう少女。
何しろその子は、お互いを見比べなくともわかってしまうほど、私に近くて、そのものだ。
永遠に続く呪いを受ける以前の、まだ人並みの時間の中にいた頃の……。
彼女は、かつてそうだった私の姿をしている。
◆「青年」
あの後、いつの間にかいたんです。
喋れないみたいで、事情はわからないんですけど。
それと、この子が現れてから……。
◆「魔女」
助手君の呪いが治った。
◆『魔女』
彼は無言で頷いた。
動かなかったはずの片腕を、無意識に隠して。
心なしか申し訳なさそうにしているのは、律儀すぎる人柄の表れだ。
思えば彼の祖父も、そういうきらいがあった。
家族を作り、時を刻む。
そんな当たり前があることに、負い目を感じることなんてないのに。
助けてやってほしい……と。
夢の終わりに聞いた言葉が、私の胸にぽつりと落ちた。
◆「魔女」
……あはは、どうなってんだろうね。
全然わかんないや。
◆「青年」
ええと……どのことです?
◆『魔女』
途方に暮れかけた心を振り払いたくて。
無理やり浮かべた苦笑を引き継いでくれた彼へ、私も続ける。
◆「魔女」
全部だよ、ぜーんーぶー。
その子のことも、助手君の呪いが治ったのも。
……っていうか、何がどうなって呪いが人間になってるのやら。
◆「青年」
呪い……ってことは、この子やっぱり……。
◆「魔女」
そだよー、薄々わかってたんだ?
……ま、どう見たって私だもんね。
理屈としてはさ。
助手君の呪いは、元はおじいちゃんのもの。
で、さらに元を辿ると、おじいちゃんの呪いは私にかけられている呪いの一部。
だから助手君から切り離された呪いが実体を作る時、とりあえず私になる。
……っていうのは、まるっきりわからない話じゃないけどね。
◆「青年」
そもそも、なんで実体になったのか。
というか僕から離れたのか、ですか?
◆「魔女」
そういうこと。……おいで。
◆『魔女』
幼かった頃の私は、一瞬だけ彼と私を見比べてから、こちらにそっと歩み寄った。
単に私の姿を模しているわけじゃない。
この子にはどうやら人格があって、彼になついているようだ。
まるで妹を見ている、そんな気分になる。
◆「魔女」
この子、食事は?
◆「青年」
必要ないみたいで、何も。
◆「魔女」
私とおんなじかぁ。
◆「青年」
魔女様は食べるじゃないですか。
◆「魔女」
食べるよ、食べるけどね。
あれは趣味みたいなものだから。
私はほら……不老不死なわけだし。
◆『魔女』
化け物、と言いかけて、不老不死、と言葉を変えた。
この少女の前で、その手の自嘲を口にしたくないと思う。
実際、この子は私の妹のようなものなのだろう。
姿かたちだけでなく、不老不死という点でも共通しているに違いない。
私と違って食べない理由も、わかる気がした。
私が食事をするのは、今の姿になるまで当たり前の人間だったから。
つまり私は、食べるという楽しみを知った上で、不老不死の呪いを受けた。
だけどこの子は、生まれた時から老いもしないし死にもしない。
ただ、ここにいる。
そのことが、ひどく物悲しく思えた。
◆「青年」
……何か作りましょうか?
◆「魔女」
うん、そだね。……ん?
◆『魔女』
気遣うように彼が訊いたところで、少女が不意に一枚の便せんを差し出した。
ずっと握りしめていたらしい。
端が少しシワになった、一通の手紙だ。
◆「青年」
ああそれ、この子が現れた時から持ってたんです。
見せてもらったんですけど、何も書いてなくて。
◆「魔女」
何も?
……ああ、だろうね。
◆「青年」
魔法ですか?
◆「魔女」
うん。あぶり出しってあるでしょ?
レモンとかミルクとかで文字を書いて、軽くあぶるとメッセージが出てくる仕掛け。
これはその魔法版。
特定の魔力に反応して、文字が浮かぶっていうものなんだけど……おっ。
◆「青年」
出ました?
◆「魔女」
……うん。私宛てだ。
◆『魔女』
浮かび上がった懐かしい筆跡に、私はそれ以上、何も言えなくなっていた。
じっと読みふける私の横顔は、二人にはどこか不安だったのかもしれない。
やがて私の頬から水滴が伝い落ち、手紙に染みを作る。
私が読み終えたのは、ちょうどその頃だ。
◆「青年」
魔女様……?
◆「魔女」
ううん、大丈夫。
……助手君さ、お弁当作ってくれる?
◆「青年」
え? ええそれは、全然構いませんけど……どうして?
◆「魔女」
ちょっとお出かけ。三人でね。
ピクニック行こ。
◆『魔女』
まだ困惑気味な彼に笑いかけると、私はそっと少女の髪を撫でた。
知らず知らず、彼が与えてくれた私の救いの、その髪を。
私にある楽しいを、この子にも教えてあげられたらいい。
そんな想いに気付いたのかどうか。
少女は私と彼へ、そっと微かな笑みを浮かべた。
■7 老いない魔女と揺り椅子の手紙
◆6に登場した手紙の内容。全て老人の独白台詞です。
◆『老人』
親愛なる湖畔の魔女殿。
このような形であなたに言葉を残すことが、私にはいくらか卑屈に思えてしまう。
これから私が行なうことは、おそらくは私自身のエゴだとか妄執といった類のものだろう。
そしてこの手紙があなたの目に留まるとしたら、その妄執が形を得たということだ。
魔に通じる者の端くれとして、私があなたの呪いを調べていたことは今更であると思う。
私はその過程で呪いに蝕まれ、まもなく命を終えようとしている。
それがあなたの知る私の現状だが、実のところ、これは正確な事実ではない。
私は呪いの培養を試みた。
私自身の肉体と魂によって。
そうすることが、あなたの呪いを知り、時を戻す一番の近道だと考えた。
初めからそうしていたのではない。
妻の手が、私の指から滑り落ちたその晩に、私の中で決心がついた。
私が呪いを解析し終えるのが先か、呪いが私を蝕み終えるのが先か。
幸いにして……いや幸いであるよう祈るばかりだが。
私は、この呪いを私の魔力に適合させることに成功した。
願ったような結果ではない。
これが出来たからといって、あなたの時間を流すことは叶わないだろう。
だが代わりに、ひとつの可能性が目の前に現れた。
この呪いの具現化だ。
あなたと再び会った日、共に交わした言葉を覚えているだろうか。
あなたが街を出たあの日。
共に旅立っていれば、何かが変わったろうか、と。
あなたは、変わらないと行った。
いずれ私を置いて行ってしまう、と。
そうではない。
私たちが、あなたを取り残してしまう。
今の私には、もうあなたと共に旅をすることはできない。
だがそれだけが私にとって気がかりとなっていた。
私の願いは二つ。
あなたの呪いを解くか、あなたの孤独を埋めるかだ。
前者は、私の手に負えるものではなかった。
だから私はせめて、あなたの時を和らげたいと思う。
私の魔力を吸い変化した呪いは、血によって私の孫へと引き継がれるだろう。
私では足りない魔力を孫で補い、そしてあなたの魔力に触れた時、呪いは全く別の存在となる。
あなたにとって、これは迷惑な話かもしれない。
しかし私は、せめて彼女を残したいと思う。
あなたと共に歩める、もう一人の存在を。
それがせめて、あなたの生きる目的になってくれればいい。
眠ることを恐れずに済む、あなたの支えになってくれればいいと。
今はただ、それだけを願う。
どうか叶うならば、この手紙を読む日が、あなたの言う湖畔の小さな木の家の中であるように。
……追伸。
これは、私の孫に。
否応なく巻き込んでしまったことを、まず謝らせてほしい。
すまなかった。
私は私のエゴによって、お前の人生さえ歪めてしまうかもしれない。
そこまでわかっていてもなお、私はかつて追えなかった旅への未練を選んでしまった。
許せないというのなら、この手紙を処分してほしい。
これは私の、最後の魂を使って記したものだ。
今更何をと思うだろうが、祖父として、お前の旅路がどうか健やかであることを願う。
■8 老いない魔女と紅葉の家路
◆屋外。老人のお墓参りに来た魔女と青年の掛け合いです。
◆キャラクターは三人ですが、台詞は二人分のみ。
◆魔女
お墓参り終了ーっ!
よーしっ!
助手君、お昼食べよっ、お弁当お弁当っ!
◆青年
墓地でピクニックもないでしょ……。
せめて向こうの公園まで行きませんか?
大した距離じゃないんですから。
◆魔女
なんだよぉー。
いつから人目を気にするようになったんだぁー?
◆青年
そういうわけじゃないですけど……ん?
なんです? 変な顔して。
◆魔女
あ、いや……デジャヴ?
まあとにかく、お墓だろうと何だろうとお昼はお昼でしょー?
食事は自然の摂理なんだからっ。
チビ魔女ちゃんだってお腹空いたって顔してるぞー?
◆青年
趣味で食事してる人が、摂理も何もないでしょうよ……。
っていうか、その子をダシに使わないでください。
大人げないですから。
◆魔女
う、うるさいなぁー!
いいじゃん、いいじゃん!
もうシート広げちゃうからねっ!
◆青年
あ、こらっ!
まったく、もう……あなたって人は。
一応、賢者とか生きた伝説とかそういう人でしょ……。
◆魔女
えぇー? だってみんなが勝手に言ってるだけだし。
それよりさっ!
ほらほらっ、お弁当お弁当っ!
◆青年
あーはいはい、わかりましたよ。
そんなに期待しないでくださいよ?
急だったから、あり合わせで作っただけですし。
ええと……まずサンドイッチ。
左からハムとチーズ、野菜とタマゴ、ツナマヨにタマネギですから。
一つずつですよ。
◆魔女
チビ魔女ちゃん、ツナいる?
ハムのと交換でいいよ?
◆青年
……作らせた人が好き嫌いしないでくださいよ。
こっちがナゲットと、あとブロッコリーが余ってたんで茹でてきました。
それから水筒にオニオンスープ。
◆魔女
やった! それってあれだよねっ!
玉ねぎ丸ごと入ってるやつ!
◆青年
全部食べちゃダメですからね?
言っときますけど。
◆魔女
うわぁ、信用ないなぁー。
ほらほら、チビ魔女ちゃん、食べてみ?
美味しいでしょ? それが美味しいってことだかんね。
◆青年
ふふっ、強引すぎじゃないです?
作った甲斐はありますけどね。
◆魔女
美味しくないわけないんだから、いいんだよ。
実際、助手君の料理は美味しいわけだし。
……ツナ抜いてくれればもっといいんだけど。
◆青年
実をいうと、魔女様用のはツナの代わりにポテサラになってますよ。
◆魔女
あ……助手君、好き。
◆青年
ははっ、オーバーだなぁ。
◆魔女
えへへ……ところでさ。
◆青年
はい?
◆魔女
……いいの? 私たちと一緒にいて。
◆青年
ああ、いえ……あはは、孫としては複雑な心境じゃありますよ。
急にあんな手紙渡されたら、まあ多少は。
◆魔女
……恨んでる?
◆青年
え? 祖父をですか?
◆魔女
っていうか、ええと……。
◆青年
……魔女様たちを?
◆魔女
だってさ、元はと言えば私のせいなんだし……。
弟子の責任取るのも、師匠の役目ってところがあったり……。
◆青年
いいじゃないですか。
◆魔女
え?
◆青年
そりゃ、あの呪いで苦労したことはありますよ。
祖父にだって、思うところがないわけじゃないですし。
……でもあの人が抱えてた葛藤は、本物なんですから。
◆魔女
それは……そうかもしれないけど。
◆青年
もし祖父が、祖母や僕たちを蔑ろにして研究してたんなら、きっと難しいですけどね。
だけど僕の覚えてるあの人は……。
少なくとも、家族に対しても真剣だったんです。
魔女様に向けていたのと同じくらいに。
……だから、この手紙もお返しします。
◆魔女
……いいの?
◆青年
ええ。だいたい、祖母が許してるようなものなんですから。
ほとんど公認じゃないですか。
なのでこの手紙は、ちょうど祖父が眠っている場所ですし。
魔女様が引き受けてくれるなら……。
ここにある祖父の魂は、然るべき方法で送ってあげてください。
◆魔女
……うん。
すぅー……ふぅー……。
木星、2番。
かの義は永久に朽ちず、かの善は永久にうたわれる。
……ありがと、バカ弟子。
◆青年
……終わったんですか?
◆魔女
うん、おしまい。
ちょっと後悔してる?
◆青年
まさか。
呪いより、いろんなものを貰いましたから。
祖父のおかげでチビ魔女様に出会えたり。
それから……ふふっ、魔女様の苦手な食べ物も覚えられましたよ。
◆魔女
うわぁー、可愛くないなぁー。
◆青年
これでおあいこってことで、どうです?
一切合切、何もかも。
◆魔女
んー……うん、そういうことにしときましょ。
助手君、これからどうするの?
◆青年
どう、って何がです?
◆魔女
いやほら、そもそも呪い解くのが目的だったわけでしょ?
今はもう治ったわけだし、その……。
◆青年
あ、そういう……そうですねぇ。
実家に帰るっていうのは気が引けるけど、働きながら学校行くとかいいですね。
◆魔女
あ……う、うん、そだよね。
やっと普通の人生過ごせるんだから、そりゃあ……。
◆青年
でも一個だけ、気になるところがあるんですよ。
◆魔女
え……な、なに?
◆青年
いえ、これはある人の話なんですけどね。
その人、魔法とかには結構詳しいのに、家庭人としては壊滅的なところがあるというか。
なのに最近、小さい子の面倒見ようとしてるんですよ。
◆魔女
え? ちょ、ちょっと、それ……。
◆青年
まあ栄養失調とかの心配はないと思うんですが。
だとしても、そんな人に丸投げして、その子がズボラに育ったらどうしようかなぁと。
◆魔女
やっぱ恨んでるよね!? ねえ、そうでしょ!?
◆青年
ちゃんと匿名で話してるじゃないですか、ひどいなぁ。
◆魔女
具体的すぎるでしょうよ……!
だいたい助手君はねぇ! いつもいつもそうやって!
◆青年
まあまあ、つまりですよ。
結局、根無し草なのは変わりませんから。
いろいろあったし、しばらくゆっくりしたい気分なんです。
例えば、そうだなぁ……湖のそばにある、小さな木の家とか。
◆魔女
それって……。
◆青年
うちに帰りましょうよ、三人で。
◆魔女
……ホントにいいの?
◆青年
馴染んじゃいましたからね。
だいたい、ピクニックとは聞いたけど、送別会なんて聞いてないですよ。
◆魔女
……平気なの?
私も、この子もさ……助手君と違って、時間なんてないんだよ?
◆青年
とはいえ、若いですから。
祖父が間に合わなかった研究だって、三人なら別の答えがあるかもしれない。
そうでしょ?
◆魔女
だけど、きっと迷惑かけるよ……?
◆青年
だから生活力のある人間が必要でしょう?
惚れるなって釘刺されたけど、あはは……やっぱり僕は、じいちゃん似らしいです。
僕にとっても、ここが帰る場所なんですから。
◆魔女
……うん。
◆青年
魔女様、もしかして泣いてます?
◆魔女
う、うるさいなぁ……!
ボロクソ言ってイジメるからだよっ!
チビ魔女ちゃーん、助手君がイジメるーっ!
◆青年
またそうやってダシにするんですから。
……ところで、魔女様の方は結局どうだったんです?
◆魔女
うぅ、ぐすっ……何が?
◆青年
祖父のこと。
どう思ってたんです?
◆魔女
どうって……そりゃ、さあ。
大事な人だよ。
昔も、今だって。
勝手に無茶しちゃうところは、結局変わらなかったけどね。
だけどそれも含めて……。
◆青年
好きだったんですか?
◆魔女
あはは、どうだろ。
なんて言えばいいのかな。
うーん……ん?
チビ魔女ちゃん、どした?
……もみじ?
◆青年
来る時、服に引っかかったんですかね。
そろそろ夏も終わりですから。
あーこらこら、それは食べられませんよ。
……魔女様?
◆魔女
あ、ううん。なんでもないよ。
ないけど、そっか。
やっとわかった気がする。
◆青年
祖父のことですか?
◆魔女
うん。私はさ、あの人を紅葉だと思ってたんだ。
他の何よりも綺麗に時間を刻んだ、たくさんの中からでも見つけられる、たった一人。
あの人を眺められなくなったのが寂しい。
そう思ってたけど……違ったみたい。
私も、刻みたかったんだ。
みんなみたいに。
あの人と同じ枝で。
勝手だし、捻くれてたけどね。
本当は、一緒に連れてきたかったんだと思う。
……ふふっ、ただのもしも、だよ?
もしもこうだったらっていう、夢の話。
もしそうなってたら、助手君に……この子とも会えなかった。
◆青年
……ええ、わかってます。
◆魔女
うん。……ね?
ちょっと膝貸して?
◆青年
昼寝ですか? あ、さっき魔法使ったから?
◆魔女
ううん、眠りたい気分なだけだよ。
起きても二人がいてくれる。
そうでしょ?
◆青年
ええ、コーヒーも持ってきてますよ。
起きて一息ついたら、家に帰りましょう。
暗くなる前に。
◆魔女
うん、約束だね。
おやすみなさい、二人とも。
■9 老いない魔女のおとぎ話
◆8の何十年か後。バス停で出会った一人の少女と少年の話です。どちらも十代後半くらいになります。一応、魔女と青年とは別キャラですが……同じ感じだと思います。
◆少女
ふぅ……疲れたぁ。
えっと、次のバスは……。
◆少年
二時間後だよ。
◆少女
ん?
◆少年
次のバス。ここ、田舎だから。
一本逃しちゃうと長いんだ。
◆少女
ってことは、あなたもバス待ち?
◆少年
うん。明日のお祭りに備えて。
◆少女
お祭り?
◆少年
あれ? 違った?
てっきり、君も観光なのかと思ったんだけど。
◆少女
ああうん、観光客ではあるけどね。
お祭りなんてあったんだ?
◆少年
まあ、マイナーだから。
魔女のおとぎ話って聞いたことある?
◆少女
不老不死の魔女のこと?
◆少年
そうそう、昔この辺に住んでたっていう。
街のはずれにある湖に、何百年って生きる魔女が住んでいた。
ある時、魔女は親友の魔法で家族を得た。
一人の恋人と、一人の娘を。
◆少女
あれ、恋人っていうかなぁ……?
◆少年
あはは、弟子だったって説もあるからね。
◆少女
あ、うんうん、そういうこと。
◆少年
それで、その恋人……というか弟子と娘の助けを借りて、魔女は研究を続けた。
そして何十年か経った頃に、ようやく呪いを解く魔法薬を作り出す。
◆少女
……あれ作ったの、9割方パパだった気がするけど。
◆少年
え?
◆少女
や、なんでもないっ、あはは……。
それで?
◆少年
ああ……魔女はようやく、呪いを解いた。
家族と同じ時間の中で過ごし、もう年を取っていた恋人は先に亡くなった。
でも魔女は彼を想いながら時間を重ねて、やがて静かに眠りについた。
◆少女
湖のほとりの小さな家で、思い出の紅葉を眺めながら……。
◆少年
なんだ、知ってたんじゃん。
◆少女
あはは、そこだけね。
でも、それがお祭りと関係あるの?
◆少年
ああ、うん。
魔女とその家族は、街の人を何度も助けてくれたんだってさ。
そんな魔女様たちに感謝を、っていうことで。
この季節に、お祭りするようになったんだ。
ほら、魔女様が好きな、紅葉の時期だし。
◆少女
そっか、そういう……ふふっ、おとぎ話だねぇ。
◆少年
まあね。自分でも信じられないし。
◆少女
信じられないって、何が?
◆少年
いや、家系図によるとさ。魔女の恋人兼助手だった人は、僕の先祖なんだって。
◆少女
……!
そうなの?
◆少年
半信半疑だよ。言い伝えは聞いてるけど、ずっと昔の話だし。
◆少女
そっか。……それでか。
◆少年
え? なにが?
◆少女
ううん。詳しいからさ。
◆少年
でもこの話って、途中で娘がいなくなるんだよね。
その子も不老不死だったらしいんだけど。
魔女と一緒に、魔法薬を飲んだとか飲まなかったとか。
◆少女
んー……少しだけ飲んだんじゃないかな。
◆少年
少し? どうして?
◆少女
思ったより苦かったから……とか?
◆少年
えぇ? ははっ、いやまさか。
◆少女
わかんないよ~?
実際、めちゃくちゃ苦ったのかもしれないし。
それか……憧れたんじゃないかな。
◆少年
魔女に?
◆少女
っていうか、旅に。
湖に落ち着く、ずっと前。
旅の魔女として、あちこち歩き回った話を聞かされてさ。
背中押されたんじゃない?
チビ魔女ちゃんも旅を経験してみたら、って。
◆少年
チビ魔女って、そんな呼び方するかなぁ。
でも、それで少しだけ薬を飲んだってこと?
◆少女
うん。旅が出来る年齢まで、年を取れるように。
魔女にとってのたったひとつの紅葉を、いつか自分の目でも見つけたくて。
◆少年
……見つかったのかな。
◆少女
どうだろ。だってただの想像だし、おとぎ話だから。
よっ、と。
◆少年
あれ、バス待たないの?
◆少女
うん。歩こうかなって。
歩けない距離じゃないから。
◆少年
そっか。……ところで、君はなんで街に?
お祭りが目当てじゃないんだろ?
◆少女
んー、里帰り?
紅葉を見に来たの。
ずっと前、私もあの街に住んでたから。
って言っても、街はずれだけどね。
◆少年
……気になってたんだけど、君がかけてるそのペンダントって薬瓶だよね?
◆少女
そうだよー。めちゃくちゃ苦くて、いつか飲み干す秘伝の薬。
◆少年
じゃあ、君って……。
◆少女
ん?
◆少年
……いや。
聞きたいんだけどさ。
たくさんの綺麗がある中からでもわかる、たったひとつのような……そんな人。
君はもう見つけられた?
◆少女
ううん、まだまだ探してる途中。
見たいもの、知りたいこと……。
魔女様、なんて呼ばれてたあの人には、全然届かないよ。
ね? あなたも、一緒に来る?
◆少年
……驚いたな。
魔女様は一人旅をするものなんだと、思ってたのに。
◆少女
誰かと歩くのって、きらいじゃないからね。
ああ、でも一応言っとくかぁ。
◆少年
ん? 何を?
◆少女
ふふっ、先代みたいに惚れんなよ?
■番外編 老いない魔女と小さな夢
◆魔女(独白)
これは私が湖畔の魔女と呼ばれるようになる、ずっと昔の話。
その頃の私には、救われる道がわからなくて。
縋れるような存在もいなくて。
時間から置き去りにされたまま、孤独を捨てることも出来ず、ただただ逃げ回っていた。
そんないつかの、小さな思い出だ。
◆街を散歩中の魔女
◆魔女
ふわぁー…んにゃ…眠ぅ…。
んー…ふぅ、目ぇ覚ますの、久しぶりだもんなぁ。
太陽ってこんな暑かったっけ…?
時間感覚とか体は前と同じなのに、変なとこでしっかり鈍ってるんだもんなぁ。
…変わっちゃったなぁ、この街。
ガラスなんて貴重品だったのに。
普通に家についてるし。
あれは…本屋かな?
大衆向けに本が売られちゃってる時代かぁ…ははっ、どうなってるんだろ。
まあ…うん、そっか。
二百年も経てば、そりゃ変わるかぁ…。
…ん? 何か見られてる?
…ああ、そっか。
二百年前の魔女が外歩いてたら、そうだよね…。
あーあ…ははっ、恨まれてるなぁー…。
…見ないでよ、そんな目で…。
はぁー…もういいや、どっか行っちゃうかぁ。
…月の3番。
第一の天使よ、願わくば我を救いたまえ。
第二の天使よ、速やかに我を連れ去りたまえ。
…どっか遠くの森、とにかく人のいないとこ。
最悪、人がいないだけでいいから。
転移開始。
◆場面転換。森に移動した魔女。
◆魔女
っとぉ…うわ、クラクラする…。
はぁ…魔力増やせたらいいのに。
不老不死っても、成長も何もないだもんなぁ…。
…どこだろ、ここ。
どっかの森かな。
危なくはなさそうだけど…はぁー…。
…みんな、白状だよねぇ。
仲間だとか、一緒にいるとか、言ってもさぁ…。
やっぱ先に死んじゃうし…。
みんなだけ、お墓の中にいるし…。
挙句に、さぁ…。
私が眠っちゃうってわかってて、大魔法で国ひとつ救わせといて…。
その後、別の災害が起きたからって…。
助けを求めても、目を覚まさなかったから、って…。
◆押し殺した泣き声。
あんな恨まなくてもいいじゃん…っ。
私、だって…っ。
好きで眠ってるわけ、ないじゃん…!
救われたくて…っ、でも救われなくて…っ。
だったら、誰か…っ、人助けすれば少しは…っ。
少しくらい、救われた気になれるんじゃないかって…!
はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ…ぐ、くぅ…!
置いてかないでよ…っ。
隣に、居てよ…!
◆泣き止んで意識が途絶える。
はぁー…はぁー…はぁー…。
あーあ…また、眠くなってるし…。
もう、さぁ…魔法使う度、こんな…死ぬことも、できないなら…。
…もう、目覚めないでよ。
ここで、このまま…このまま…。
◆場面転換。夢の中。魔女と夢(声は魔女のまま)
◆魔女
ああ…また寝ちゃったか。
…もう、このままでいいんじゃないかなぁ。
ここなら誰もいないし…求められないし…恨まれないし。
死ぬってこともないなら…せめて永遠に、覚めないままで…。
私の魔法って、ここでも使えるのかな。
…お、使えるっぽい。
んじゃもう、いいや。終わらせちゃおう。
月の5番。
立ち上がりて敵を散らし、我を憎むものを…我を、憎むものを…。
◆夢
やめといた方がいいよ。
◆魔女
…うるさいな。
◆夢
やめときなって。
ながい眠りの魔法なんて、使わないでおこ?
それ、二度と目覚めないよ。
◆魔女
…ぴったりじゃん。
私、もう起きたくないよ。
誰かを助けても疎まれて、憎まれて…友達になっても、次に起きたら誰もいなくて。
…私さ、なんで生きてるの?
◆夢
…生きたくないの?
◆魔女
…生きたいよ。
でも、ひとりで生き続けるのは…もうやだよ。
私だって、誰かと…。
◆夢
ん…一緒に生きていたいよね。
◆魔女
…当たり前じゃん。
だから止めないでよ。
なんで止めるの?
◆夢
…そうだなぁ。たぶん、私のカン?
今はさ、まだ眠らない方がいいと思うんだよね。
◆魔女
…なにそれ。未来視なんて、私、出来ないけど。
◆夢
ん…だから、ただのカン。
たぶんね。もう少ししたら、ちょっとずつ変わるから。
きっと弟子が出来るよ。
すっごい世話焼きで、おじいちゃんになってもお節介してくるのに、自分のことは考えない人。
そしたら次にさ、家族が出来るかも。
その弟子が残してくれた、最後の遺産。
私と一緒に生きてくれる、しっかり者で口うるさい子と、私を継いでくれる大事な子。
そんな家族が二人。
そんな二人と一緒にさ、湖のほとりに住んだりして。
釣りしたり、ピクニックしたり、魔法を教えたり、料理を教わったり。
そういう「楽しい」がね、待ってるような気がするんだぁ。
夢みたいだよね。
今の私じゃ、考えられないくらい。
大事な人が三人も出来るなんて。
…だからさ。どうせ諦めちゃったなら、信じてみてよ。
いいでしょ?
私の…自分のカンなんだから。
◆魔女
…そっか。
本当にそうなら…そうなってくれるなら…。
◆場面転換。元の場所で目覚める魔女。
◆魔女
ん…うぅ…あ、そっか。寝ちゃってたんだ…。
太陽は、ええと…朝っぽいから一晩かな。
今のって夢かぁ。
…夢じゃなくなったら、いいなぁ。
全部、本当に待ってくれてたら…。
…起きてなくちゃ、会えないもんね。
寝るには、まだまだ日が高い…か。
…もう少しだけ。もう少しだけ、だよ。これが本当に最後。
信じてあげる。私のカンを。