声劇用フリー台本「聖木の森」 1

■前書き
ファンタジー物、男女2人の掛け合い台本です。
以前書いた「老いない魔女」っていう台本と、ちょっとだけ繋がってる感じでしょうか。
書いたら思いのほか長くなってしまいましたので、分割で載せていきます。
よろしければアドリブなどご自由にお使いください。

■キャラクター
◆ルチア
16歳の少女。見習い魔法使い。
魔法使いの中でも癒し手(いわゆるヒーラー)を目指してる。

◆シルヴェストロ
壮年の男性。盲目の魔法使い。
辺境で守り手(森番みたいなイメージ)をしながら、ルチアの師匠を引き受ける。



■1
◆幕間。
◆ルチア(独白)
私が生まれたこの世には、魔法使いと呼ばれる人たちがいた。
科学と共存しながら、人ならざる力を使役する彼等。
時に尖兵として戦い、時に学徒として探求する魔法使い。
癒し手と呼ばれる治療師も、そんな魔法使いの生き方だった。
私は、そうなりたいと願っていた。
だからあの人のもとを訪れたのだ。
聖木(せいぼく)の森と呼ばれる精霊たちの領域で、守り人を担う癒し手を。
あの頃の私は、その人の背中にただただ憧れ続けていた。
 
◆場面転換。シルヴェストロの小屋。
◆ルチア
あの、すみませーん。あのう…誰か、いませんか?
 
◆シルヴェストロ
…騒がしいぞ。
 
◆ルチア
ひゃ…!?
 
◆シルヴェストロ
なんだそれは。訪ねておいて、ずいぶんな礼節ではないか。
 
◆ルチア
あ、す、すみません…! 急だったから、私、つい…。
 
◆シルヴェストロ
私にとっては、キミの訪問こそ急だがね。
さて…この世捨て人に、どんな用向きがあるというんだ?
 
◆ルチア
あ、っと…私、その…。
 
◆シルヴェストロ
…無理に聞こうとは思わんさ。
失礼するよ、お若いの。庭仕事が残っているのでね。
 
◆ルチア
あっ…! あのっ! サー・シルヴェストロ、ですよね…?
 
◆シルヴェストロ
…さて、どうだったか。
 
◆ルチア
だって…そう、ですよね?
翆碧街(すいへきがい)の英雄で…。
帝都の内乱では、サー・ティスデイルと戦功を立てられたっていう…。
 
◆シルヴェストロ
ティスデイル…ああ、久しぶりに聞いた名だ。
 
◆ルチア
じゃあ、やっぱりあなたが…。
 
◆シルヴェストロ
どうだろうな、その名は広く知られたものだ。
私が嫌っている男の名でもある。
 
◆ルチア
う、それは…ええと…。
 
◆シルヴェストロ
仮に、私がシルヴェストロだとして、お嬢さんの用向きはなんだね?
 
◆ルチア
あ、えっと…わ、私、ルチアって言うんですけど、翆碧街に入りたいんです。
癒し手になりたくて…。
それには師匠が必要で…あ、も、もちろんご存知とは思うんですけど。
 
◆シルヴェストロ
摩天楼ひしめく、魔法使いの都か。
あそこで学ぶものは、基礎でなく応用の類だったな。
つまりは他所で、基本を学ばねばならない、と。
 
◆ルチア
は、はい…! それで、サー・シルヴェストロに師事を仰げないかと…。
 
◆シルヴェストロ
仰げんだろうな。
 
◆ルチア
い、いえあのっ! 私、頑張ります…! 家事でも何でも…!
 
◆シルヴェストロ
キミがどうだという話ではないよ、お嬢さん。
その魔法使いは、弟子を取りたくないそうだ。
大人しく帰りなさい。
 
◆ルチア
でも…! だけど…。
 
◆シルヴェストロ
はぁ…。
…帰れとは言っても、じきに日が暮れるか。
 
◆ルチア
え…?
 
◆シルヴェストロ
ルチア、だったか。来なさい。
こんな辺境にわざわざ出向いたのだから、一晩、屋根を貸す理由にはなるだろう。
そのついでに、話しだけは聞くとしよう。
 
◆ルチア
あ、ありがとうございます…サー・シルヴェストロ。
 
◆シルヴェストロ
礼などいらんよ。
それよりも考えておきたまえ。
 
◆ルチア
考え…って、何を…?
 
◆シルヴェストロ
私を説き伏せられるか否かで、夜明けにキミの道は変わる。
 
◆ルチア
…はい。
 
◆シルヴェストロ
では上がりなさい。
椅子は…その隅だな。適当に使うといい。
 
◆ルチア
お、お邪魔します…わ…っ。
 
◆シルヴェストロ
どうした?
 
◆ルチア
あ、いやその…思ってたより、なんていうか…。
 
◆シルヴェストロ
物がない、かね?
 
◆ルチア
す、すみません…。
 
◆シルヴェストロ
謝罪はいらんよ。食事は…黒パンとシチューで構わんかね?
 
◆ルチア
は、はい…! あの、ありがとうございます…。
 
◆シルヴェストロ
構わんよ。今のところ、キミは客人だ。
さて…それで?
 
◆ルチア
え?
 
◆シルヴェストロ
魔法使いの庵(いおり)というものは、どんな形相を考えていた?
 
◆ルチア
それは、ええと…たくさん本があったり、とか…?
 
◆シルヴェストロ
では、なぜそうではないと思う?
 
◆ルチア
…たぶん、意味がないから。
あなたには、本が…。
 
◆シルヴェストロ
加えて、邪魔にもなる。
つまづいてしまっては、シャレにならんからな。
 
◆ルチア
じゃあ、やっぱり…。
 
◆シルヴェストロ
ああ、見えんよ。私は盲人だ。
 
◆ルチア
病…ではないんですよね?
 
◆シルヴェストロ
呪いの類だ。ここには目玉でなく怨念がある。
幸いというべきか、どうか…魔法のおかげで、最低限の知覚は代用できるがね。
…さあ、出来たぞ。食べなさい。
 
◆ルチア
い、いただきます…あむっ…むぐっ!? にがっ!?
げっほ! なんですかこれ…!
 
◆シルヴェストロ
シチューだ。木の根を使った。
ここで暮らすには、これが一番だ。
 
◆ルチア
それにしたって…けほっ、もうちょっと味付けとか…。
 
◆シルヴェストロ
調味料の類は置いてないのでな。
食べておけ。流し込めば、あとは胃がどうにかしてくれる。
 
◆ルチア
うぅ…は、はい…。
 
◆シルヴェストロ
…素直なものだ。
それで、なんだったか。
ああ、そうだ。この盲人に何を教えろと言うんだ?
 
◆ルチア
それは…癒し手になりたいから、そのために魔法を…。
 
◆シルヴェストロ
必要なのは基礎なのだろう?
他にいくらでも学べる。
ここまで訪ねてきた手間賃に、書いてやってもいい。
 
◆ルチア
書く…?
 
◆シルヴェストロ
推薦状をだ。
サー・ティスデイルでも誰でも。
翆碧街なら、煙の魔女宛てでも構わん。
あの魔都を統べる者だ、不足はあるまい。
もしくは…キミはいくつだ?
 
◆ルチア
え、っと…16です。
 
◆シルヴェストロ
では湖畔の魔女というのもいる。
不老不死の輩だが、年齢より外見に中身が比例した女だ。
気が合うだろう。
…いや、あれは別に弟子を取ったのだったか?
 
◆ルチア
あ、あのっ!
 
◆シルヴェストロ
うん?
 
◆ルチア
わ、私は…サー・シルヴェストロに師事を仰ぎたいんです…!
 
◆シルヴェストロ
…わからんな。なぜこだわる?
 
◆ルチア
十年ほど前まで、サー・シルヴェストロは…この土地の守り手となる前のあなたは、癒し手として各地を回っていたと聞きました。
多くの人を治癒されたと。
 
◆シルヴェストロ
あれは義務に過ぎん。
内乱の被災地を回っただけで、職務の延長線上にあるものだ。
 
◆ルチア
…それでも、大勢が助かりました。
私も、あなたのようになりたいと…そう思ったんです。
 
◆シルヴェストロ
ならば医者でもいいだろう。
魔法などというのは本来、人のことわりから外れた領域だ。
キミの目指す翆碧街が最たる例だぞ。
 
◆ルチア
…翆碧街は、魔法文明の集まる場所。
でも逆に言えば、魔法使いが隔離された場所でもある。
そういう話ですか?
 
◆シルヴェストロ
そう。その四方を、決して晴れることのない排煙で覆われた孤島。
魔力の残滓を含み、魔物のひしめく黒い海を作ったあれは、だから魔都と呼ばれ、羨望以上に忌避される。
 
◆ルチア
だけど…医術でしか救えない命があるように、癒し手でなければ救えない命もあります。
 
◆シルヴェストロ
キミが目指さなければならない、とは言い切れんよ。
 
◆ルチア
なります! だって…私も、救われました。
癒し手に…ずっと昔、呪いを受けた時、救われました。
だから…呪いに蝕まれる苦しみは、少しくらいわかってるつもりです。
だから治したいんです。あなたに教わって、治せるようになりたいんです…!
 
◆シルヴェストロ
…私が、必要とは思えんがね。
 
◆ルチア
え…?
 
◆シルヴェストロ
基礎というなら、もう出来ているはずだと言っている。
キミは、ここまでどうやって来た?
 
◆ルチア
どう、と言われても…。
 
◆シルヴェストロ
この土地がどういう場所か、魔法使いを志す者なら知っているだろう。
 
◆ルチア
あ、ええと…聖木(せいぼく)の森、ですよね…?
 
◆シルヴェストロ
この世で最も力を持った柊が、唯一自生している聖域だ。
こうした力のある土地は、一方でよくないものを引き寄せる。
人も霊魂も、様々に。
それらを避けるため、迷いのまじないをかけてあった。
突破しなければ、この小屋にはたどり着けん。
 
◆ルチア
守り手の魔法、ですか。
その…確かに、突破はしたんだと思います。
だけど私の力じゃなくて…たぶん、これのおかげかなって。
 
◆シルヴェストロ
ふむ…護符か。木星の6番。自作かね?
 
◆ルチア
いえ、貰い物です。私を治癒してくれた、癒し手だった人からの。
一度呪いにかかったら、魔力の影響を受けやすくなるから…と。
 
◆シルヴェストロ
賢明なことだ。
 
◆ルチア
っていうより、単に…幸運だっただけかもです。
 
◆シルヴェストロ
…それも含めて、実力と呼べるかもしれん。
ふむ…。
 
◆ルチア
あの…サー・シルヴェストロ?
 
◆シルヴェストロ
…部屋は、追々こさえるとしよう。
しばらくは居間で寝てもらう他ないが、構わんな?
 
◆ルチア
え?
 
◆シルヴェストロ
気が弱いのか強いのか、よくわからん娘だがな。
テコでも動かん、という顔をしている。
家の前で座り込みでもされたら、私としては面倒だ。
 
◆ルチア
じゃあ…! あの、それって…!
 
◆シルヴェストロ
家事も手伝ってもらうぞ。それから…。
 
◆ルチア
な、なんですか?
 
◆シルヴェストロ
そのシチューは、聖木の根を使っている。
残さず食べなさい。
 
◆ルチア
うっ…だけどこれ、食べ物の味じゃ…。
 
◆シルヴェストロ
護符だけでは、ここの魔力で体が壊れる。
わかったか、ルチア。
 
◆ルチア
うぅ…はい、マスター・シルヴェストロ…。
 
◆シルヴェストロ
ふむ…まあ、よろしい。

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