声劇用フリー台本「聖木の森」 2
■2
◆幕間。
◆シルヴェストロ(独白)
あとになって思い返せば、私は…なぜ、あの娘を弟子に取ったのか。
それが、私にはわからない。
あれはただひたむきなだけの、ありふれた少女に過ぎなかった。
どこにでもいる、ただの少女。
あの娘が魅入られる理由など、どこにもないはずだった。
◆場面転換。シルヴェストロの小屋。
◆ルチア
マスター? …マスター・シルヴェストロ?
◆シルヴェストロ
…ああ。聞こえているよ。
朝かね?
◆ルチア
ええ。おはようございます、マスター・シルヴェストロ。
朝食、出来ていますよ。
◆シルヴェストロ
ふむ…。
◆ルチア
…マスター? どうかしたんですか?
◆シルヴェストロ
…いいや。お前が首を傾げるところではないよ。
◆ルチア
…?
◆シルヴェストロ
気にするな。さあ、いただくとしよう。
◆ルチア
あ…はいっ、マスター。
今朝はちょっと豪華ですよ。
昨日、買い出ししてきた甲斐がありました。
ライ麦パンに、スープはゆうべの残りですけど、ベーコンとスクランブルエッグも。
◆シルヴェストロ
…私も、清貧をよしとするわけでないがね。
胃がもたれても知らんぞ。
◆ルチア
い、やぁ…? それはその…。
◆シルヴェストロ
ついでだ。たっぷり食べておけ。
この後は薬草学を、完成品は自分で試してみなさい。
◆ルチア
わ、私が飲むんですか!?
◆シルヴェストロ
癒し手になるのだろう?
お前は患者に、信用に値しない治療を施すつもりか?
◆ルチア
うぅ…わかりました…。
◆シルヴェストロ
ふむ…ルチア、お前は…。
◆ルチア
なんです?
◆シルヴェストロ
変わり者だな。
◆ルチア
うっ…ひ、ひどくないですか、マスター。
◆シルヴェストロ
貶したり嘲っているのではない。
ここにお前が来て、そろそろひと月だったか。
料理が出来るのだから、薬の調合など簡単だろうに。
◆ルチア
…それを言うなら、マスターだって同じじゃないですかぁ。
薬は作れるのに、なんで料理だけひどいんです?
◆シルヴェストロ
それほどひどいものでも…。
◆ルチア
ありますっ!
◆シルヴェストロ
…そうか。
◆ルチア
そうです。
◆シルヴェストロ
ふむ…善処しよう。
◆ルチア
ええ、なんならお教えしますよ、マスター。
…ぷっ、ふふっ、ふふふっ。
◆シルヴェストロ
…屈託なく笑うものだな。
◆ルチア
だって、ふふっ…私がマスターに、お教えします、なんて。
あ、でもすみません。お気に障ったり…?
◆シルヴェストロ
であれば、ひと月前に追い出しているよ。
変わり者なのは、ひと月前と同じままだが。
…食べ終わったら材料を用意しなさい。
庭園にあるはずだが、くれぐれも…。
◆ルチア
森には近づかない、ですよね。
◆シルヴェストロ
そうだ。
順調に進めば、昼食はお前に教わるとしよう。
◆ルチア
ええ。ふふっ、期待していてくださいね、マスター。
■場面転換。小屋の裏手。庭園で薬草を取るルチア。
◆ルチア
ええと、胃薬だから…あれ? マスター?
◆シルヴェストロ
どうした? レシピを忘れたか?
◆ルチア
いえ、そうじゃなくて…どっちの水薬にすればいいんでしょう?
ワームウッドか、それともカモミールか。
◆シルヴェストロ
ワームウッドは、胃を洗浄して毒素を追い出すために用いる。
カモミールは消化を促すためのものだ。
胃がもたれた時に欲しいのは、どちらだと思う?
◆ルチア
えーと…カモミール?
◆シルヴェストロ
そこまでわかれば、問題あるまいな。
ああ、材料を間違えるんじゃないぞ。
◆ルチア
大丈夫ですよ、もう。
ミントは…これくらいかな?
あとはカモミールを…。
…え? マスター?
◆シルヴェストロ
どうした?
◆ルチア
今、私のこと呼びました?
◆シルヴェストロ
いいや。何か聞こえたか?
◆ルチア
あ、いえ…聞こえたというか、聞こえなかったような…。
今…誰かが、呼んでたみたいに…。
◆シルヴェストロ
ルチア。
◆ルチア
誰か…おいで、って…。
私、呼ばれて…森に…森の向こう、に…。
◆シルヴェストロ
ルチア。
◆ルチア
…っ!? …マス、ター?
わ、私…今なにを…。
◆シルヴェストロ
落ち着け。大丈夫だ。
薬草は揃ったのだろう?
◆ルチア
え、っと…はい、一応…。
でも、あの…っ。
◆シルヴェストロ
小屋に入っていなさい。調合の準備を。
◆ルチア
だけど今の…っ。
◆シルヴェストロ
その話は、小屋ですればいい。行きなさい。
◆ルチア
…はい、マスター。
◆シルヴェストロ
よろしい。
さて…あまり、呼びかけるな。
仮にも守り手の弟子だ。
あれには、すでに望む道がある。
何を言われようと、そちらに行かせてやるつもりはない。
■場面転換。小屋の中。薬を調合しているルチア。
◆ルチア
マスター、準備できましたよ。
始めていいですか?
◆シルヴェストロ
ふむ、やってみなさい。
◆ルチア
えっと…鍋にスピリッツを2杯分、軽く沸騰するまで火にかける。
ミントとカモミールを一緒に挽いて、鍋に入れる…と。
一度火を消して、スピリッツをもう1杯。
そしたらもう一度火をつけて…っと。
弱火のまましばらく煮続ける。
◆シルヴェストロ
火加減を間違えないように。
呼吸にも気をつけろ。また前のように酔っぱらっても、私は知らんぞ。
◆ルチア
そ、その節はお世話かけました。
…マスター、ところで、なんですけど。
◆シルヴェストロ
言うな。…いや、何を言いたいかはわかっているつもりだ。
森に呼ばれたか?
◆ルチア
…はい。そんな気がします。
森の方…ううん、森の奥から。見えないのにそこにいる。
誘われてるような、命じられてるような…。
マスターには、あれが見えてるんですか?
◆シルヴェストロ
視力をまじないで代用する、副産物と言うべきかな。
見えている。精霊だ。
◆ルチア
…冗談ですよね?
◆シルヴェストロ
嘘をついてどうなる。
お前が聞いたのは、精霊の呼び声だ。
聖木に宿るものたちだよ。
◆ルチア
なんていうか…イメージと違う、というか。
精霊って、魔法使いが使役するものじゃないんですか?
◆シルヴェストロ
吟遊詩人の歌でも聞いたかね?
その認識は改めなさい。
あれらを使役しようなどと…いや関わろうとすること自体が危うい。
◆ルチア
それは…たとえばマスターが薬を作る時、魔法を使わないのと同じことですか?
◆シルヴェストロ
お前は存外、よく見ている。
ルチア、そもそも魔法とはなんだ?
◆ルチア
ええと…ことわりの外にあるもの?
◆シルヴェストロ
そうだ。そして同時に、ことわりを歪めるものでもある。
水をワインに、石ころをパンに。
島を覆いつくすほどの排煙を出し、同時に御し得る。
それらは全て、法則を捻じ曲げ、成り立っている。
心しておけ、ルチア。
精製に魔力を用いた、いわゆる霊薬は、確かに効能こそ凄まじい。
だが霊薬の名で呼ばれる通り、本来なら人の世にあるべきものではない。
いかなる魔法であれ、例外ではないのだ。
◆ルチア
…わかる、と思います。なんとなくだけど、マスターの仰ることは。
だけど精霊っていうのは、自然の化身みたいなものなんでしょう?
使役というのは傲慢かもしれないけど、共生は出来ないんですか?
実際に精霊を用いる魔法使いはいるわけですし…。
◆シルヴェストロ
それが出来るのは、呼びかけに応じたものだけだ。
◆ルチア
応じた人…?
◆シルヴェストロ
あれらは共生のため呼ぶのではない。
人を依り代にしようという、本能によって呼んでいるだけだ。
精霊は自然の化身。だからこそ、そこには慈悲も理性もありはしない。
望むのはやめておけ。
憧れは、どこか遠くに仕舞い続けろ。
◆ルチア
…ごめんなさい。
◆シルヴェストロ
謝るな。あの声を聞いた魔法使いは、誰でも願う。
精霊の力…手中に収めれば、これほど恐ろしいものはない。
どんな病であれ、癒せぬものはあるまい。
…そうなった時、それは最早、人と呼べるものではないのだ。
だから覚えておきなさい。
お前が、癒し手の魔法使いでありたいと願うのなら。
近づきすぎて力を得れば、その代償はお前を変える。
◆ルチア
…はい。
◆シルヴェストロ
ふむ…火はそのあたりでいいだろう。蒸留を始めなさい。
◆ルチア
はい、マスター。
…ふふっ、今回はいい感じだと思いません?
◆シルヴェストロ
そうだな。
ふっ…40点といったところだ。