老いない魔女8

■8 老いない魔女と紅葉の家路

◆屋外。老人のお墓参りに来た魔女と青年の掛け合いです。
◆キャラクターは三人ですが、台詞は二人分のみ。
 
◆魔女
お墓参り終了ーっ!
よーしっ!
助手君、お昼食べよっ、お弁当お弁当っ!
 
◆青年
墓地でピクニックもないでしょ……。
せめて向こうの公園まで行きませんか?
大した距離じゃないんですから。
 
◆魔女
なんだよぉー。
いつから人目を気にするようになったんだぁー?
 
◆青年
そういうわけじゃないですけど……ん?
なんです? 変な顔して。
 
◆魔女
あ、いや……デジャヴ?
まあとにかく、お墓だろうと何だろうとお昼はお昼でしょー?
食事は自然の摂理なんだからっ。
チビ魔女ちゃんだってお腹空いたって顔してるぞー?
 
◆青年
趣味で食事してる人が、摂理も何もないでしょうよ……。
っていうか、その子をダシに使わないでください。
大人げないですから。
 
◆魔女
う、うるさいなぁー!
いいじゃん、いいじゃん!
もうシート広げちゃうからねっ!
 
◆青年
あ、こらっ!
まったく、もう……あなたって人は。
一応、賢者とか生きた伝説とかそういう人でしょ……。
 
◆魔女
えぇー? だってみんなが勝手に言ってるだけだし。
それよりさっ!
ほらほらっ、お弁当お弁当っ!
 
◆青年
あーはいはい、わかりましたよ。
そんなに期待しないでくださいよ?
急だったから、あり合わせで作っただけですし。
ええと……まずサンドイッチ。
左からハムとチーズ、野菜とタマゴ、ツナマヨにタマネギですから。
一つずつですよ。
 
◆魔女
チビ魔女ちゃん、ツナいる?
ハムのと交換でいいよ?
 
◆青年
……作らせた人が好き嫌いしないでくださいよ。
こっちがナゲットと、あとブロッコリーが余ってたんで茹でてきました。
それから水筒にオニオンスープ。
 
◆魔女
やった! それってあれだよねっ!
玉ねぎ丸ごと入ってるやつ!
 
◆青年
全部食べちゃダメですからね?
言っときますけど。
 
◆魔女
うわぁ、信用ないなぁー。
ほらほら、チビ魔女ちゃん、食べてみ?
美味しいでしょ? それが美味しいってことだかんね。
 
◆青年
ふふっ、強引すぎじゃないです?
作った甲斐はありますけどね。
 
◆魔女
美味しくないわけないんだから、いいんだよ。
実際、助手君の料理は美味しいわけだし。
……ツナ抜いてくれればもっといいんだけど。
 
◆青年
実をいうと、魔女様用のはツナの代わりにポテサラになってますよ。
 
◆魔女
あ……助手君、好き。
 
◆青年
ははっ、オーバーだなぁ。
 
◆魔女
えへへ……ところでさ。
 
◆青年
はい?
 
◆魔女
……いいの? 私たちと一緒にいて。
 
◆青年
ああ、いえ……あはは、孫としては複雑な心境じゃありますよ。
急にあんな手紙渡されたら、まあ多少は。
 
◆魔女
……恨んでる?
 
◆青年
え? 祖父をですか?
 
◆魔女
っていうか、ええと……。
 
◆青年
……魔女様たちを?
 
◆魔女
だってさ、元はと言えば私のせいなんだし……。
弟子の責任取るのも、師匠の役目ってところがあったり……。
 
◆青年
いいじゃないですか。
 
◆魔女
え?
 
◆青年
そりゃ、あの呪いで苦労したことはありますよ。
祖父にだって、思うところがないわけじゃないですし。
……でもあの人が抱えてた葛藤は、本物なんですから。
 
◆魔女
それは……そうかもしれないけど。
 
◆青年
もし祖父が、祖母や僕たちを蔑ろにして研究してたんなら、きっと難しいですけどね。
だけど僕の覚えてるあの人は……。
少なくとも、家族に対しても真剣だったんです。
魔女様に向けていたのと同じくらいに。
……だから、この手紙もお返しします。
 
◆魔女
……いいの?
 
◆青年
ええ。だいたい、祖母が許してるようなものなんですから。
ほとんど公認じゃないですか。
なのでこの手紙は、ちょうど祖父が眠っている場所ですし。
魔女様が引き受けてくれるなら……。
ここにある祖父の魂は、然るべき方法で送ってあげてください。
 
◆魔女
……うん。
すぅー……ふぅー……。
木星、2番。
かの義は永久に朽ちず、かの善は永久にうたわれる。
……ありがと、バカ弟子。
 
◆青年
……終わったんですか?
 
◆魔女
うん、おしまい。
ちょっと後悔してる?
 
◆青年
まさか。
呪いより、いろんなものを貰いましたから。
祖父のおかげでチビ魔女様に出会えたり。
それから……ふふっ、魔女様の苦手な食べ物も覚えられましたよ。
 
◆魔女
うわぁー、可愛くないなぁー。
 
◆青年
これでおあいこってことで、どうです?
一切合切、何もかも。
 
◆魔女
んー……うん、そういうことにしときましょ。
助手君、これからどうするの?
 
◆青年
どう、って何がです?
 
◆魔女
いやほら、そもそも呪い解くのが目的だったわけでしょ?
今はもう治ったわけだし、その……。
 
◆青年
あ、そういう……そうですねぇ。
実家に帰るっていうのは気が引けるけど、働きながら学校行くとかいいですね。
 
◆魔女
あ……う、うん、そだよね。
やっと普通の人生過ごせるんだから、そりゃあ……。
 
◆青年
でも一個だけ、気になるところがあるんですよ。
 
◆魔女
え……な、なに?
 
◆青年
いえ、これはある人の話なんですけどね。
その人、魔法とかには結構詳しいのに、家庭人としては壊滅的なところがあるというか。
なのに最近、小さい子の面倒見ようとしてるんですよ。
 
◆魔女
え? ちょ、ちょっと、それ……。
 
◆青年
まあ栄養失調とかの心配はないと思うんですが。
だとしても、そんな人に丸投げして、その子がズボラに育ったらどうしようかなぁと。
 
◆魔女
やっぱ恨んでるよね!? ねえ、そうでしょ!?
 
◆青年
ちゃんと匿名で話してるじゃないですか、ひどいなぁ。
 
◆魔女
具体的すぎるでしょうよ……!
だいたい助手君はねぇ! いつもいつもそうやって!
 
◆青年
まあまあ、つまりですよ。
結局、根無し草なのは変わりませんから。
いろいろあったし、しばらくゆっくりしたい気分なんです。
例えば、そうだなぁ……湖のそばにある、小さな木の家とか。
 
◆魔女
それって……。
 
◆青年
うちに帰りましょうよ、三人で。
 
◆魔女
……ホントにいいの?
 
◆青年
馴染んじゃいましたからね。
だいたい、ピクニックとは聞いたけど、送別会なんて聞いてないですよ。
 
◆魔女
……平気なの?
私も、この子もさ……助手君と違って、時間なんてないんだよ?
 
◆青年
とはいえ、若いですから。
祖父が間に合わなかった研究だって、三人なら別の答えがあるかもしれない。
そうでしょ?
 
◆魔女
だけど、きっと迷惑かけるよ……?
 
◆青年
だから生活力のある人間が必要でしょう?
惚れるなって釘刺されたけど、あはは……やっぱり僕は、じいちゃん似らしいです。
僕にとっても、ここが帰る場所なんですから。
 
◆魔女
……うん。
 
◆青年
魔女様、もしかして泣いてます?
 
◆魔女
う、うるさいなぁ……!
ボロクソ言ってイジメるからだよっ!
チビ魔女ちゃーん、助手君がイジメるーっ!
 
◆青年
またそうやってダシにするんですから。
……ところで、魔女様の方は結局どうだったんです?
 
◆魔女
うぅ、ぐすっ……何が?
 
◆青年
祖父のこと。
どう思ってたんです?
 
◆魔女
どうって……そりゃ、さあ。
大事な人だよ。
昔も、今だって。
勝手に無茶しちゃうところは、結局変わらなかったけどね。
だけどそれも含めて……。
 
◆青年
好きだったんですか?
 
◆魔女
あはは、どうだろ。
なんて言えばいいのかな。
うーん……ん?
チビ魔女ちゃん、どした?
……もみじ?
 
◆青年
来る時、服に引っかかったんですかね。
そろそろ夏も終わりですから。
あーこらこら、それは食べられませんよ。
……魔女様?
 
◆魔女
あ、ううん。なんでもないよ。
ないけど、そっか。
やっとわかった気がする。
 
◆青年
祖父のことですか?
 
◆魔女
うん。私はさ、あの人を紅葉だと思ってたんだ。
他の何よりも綺麗に時間を刻んだ、たくさんの中からでも見つけられる、たった一人。
あの人を眺められなくなったのが寂しい。
そう思ってたけど……違ったみたい。
私も、刻みたかったんだ。
みんなみたいに。
あの人と同じ枝で。
勝手だし、捻くれてたけどね。
本当は、一緒に連れてきたかったんだと思う。
……ふふっ、ただのもしも、だよ?
もしもこうだったらっていう、夢の話。
もしそうなってたら、助手君に……この子とも会えなかった。
 
◆青年
……ええ、わかってます。
 
◆魔女
うん。……ね?
ちょっと膝貸して?
 
◆青年
昼寝ですか? あ、さっき魔法使ったから?
 
◆魔女
ううん、眠りたい気分なだけだよ。
起きても二人がいてくれる。
そうでしょ?
 
◆青年
ええ、コーヒーも持ってきてますよ。
起きて一息ついたら、家に帰りましょう。
暗くなる前に。
 
◆魔女
うん、約束だね。
おやすみなさい、二人とも。

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