声劇用フリー台本「空を映す水面」
リハビリを兼ね、お友達の美音さんイメージで書かせていただいたフリー台本ですっ♪
純粋に会話劇で恋愛っぽい感じになります。
敬語キャラ同士のこういうの、いいですね…!
最後の一節も美音さん作の短歌になりますっ♪
文字数は7000字くらい。
アドリブ・改変含めて、よろしければご自由にお使いください。
■キャラクター
◆ソラ…女性。灯台守をしているセイレーン。
◆ミナモ…性別不問(一応、男設定)。各地を旅している巡回神父。
■本文
◆馬車を降りて忘れられた海に向かうミナモ。
◆ミナモ
いや助かりましたよ。
この馬車が通りがかっていなかったら、どうなっていたことか…ははは。
それじゃあ、どうもありがとう。
機会があれば、またどこかで。
ふぅ…さて、と。
変わりませんねぇ、ここの風景は。
潮騒(しおざい)に海風、渡り鳥の鳴き声…そして。
◆ソラ
そしてセイレーンの歌声、ですか?
◆ミナモ
キミは歌を使わないでしょう。
久しぶりですね、ソラさん。
◆ソラ
ご無沙汰しています、ミナモ神父。
生きていらっしゃれば、そろそろ来られると思っていました。
◆ミナモ
幸いにして、勤め先へと召される機会はなかったので。
◆ソラ
何よりです。
すぐうちの方へ?
◆ミナモ
よろしければ、少しばかり見て回っても?
道すがら、あなたのお話でも伺いながら。
◆ソラ
もちろん、構いませんよ。
ですが…ふふっ、そろそろ来られると、なんて言いましたけど、
てっきり、さすがにもうどこかに定住されたかと。
まさか、まだ旅を続けているなんて。
◆ミナモ
いやいや、お恥ずかしい。
こればかりは性分というやつでしてね。
私自身、聖職者とはいうものの、特定の宗派に属しているわけではないですから。
◆ソラ
でなければ、巡回など出来ませんものね。
訪れた地域の信仰に合わせて職務をこなし、ひと段落したら次の土地へ。
いろんな神様に浮気しているから、ひとつの土地にも落ち着けませんか。
◆ミナモ
はっはっは、言い得て妙ですね。
強権派の宗教貴族にも、それくらいの理解が欲しいものです。
◆ソラ
風当りは今もお強いまま?
◆ミナモ
ええ…まあ、これも世の仕組み、ことわりなのでしょうね。
王が民を律するのに、信仰ほど手っ取り早いものはない。
◆ソラ
であれば必然、優秀な説教者は重宝される。
構図は変わりませんね。
◆ミナモ
変わりませんよ。
それが争いを引き起こしこそすれ、治まる世があるのも、また事実ですから。
例外といえば、翆碧街(すいへきがい)くらいでしょうね。
◆ソラ
噂に名高い、魔法使いたちの都ですか。
◆ミナモ
あそこは帝国の一部でありながら、唯一の自治領ですからね。
自由なものです。
信仰、学問、いずれも魔法学の発展を優先しているので、縛りがない。
知識の水準を上げる可能性なら、何者も拒まず…。
あなたのような方々も、数多くおられますよ。
◆ソラ
ふふっ、聖職者からリクルーターに転職ですか?
◆ミナモ
あなたを見ていると、つい。
いや失礼、これはお節介の言い分でしたね。
◆ソラ
そんなことは思いませんけど。
ですが、そうですね…。
いずれ神父様の仰るように、翆碧街や他のどこかへ移るかもしれない。
けれどそれは、いつかであって今日や明日にはなりません。
◆ミナモ
責務ですか?
◆ソラ
愛着です。
私、やはりこの土地が好きです。
◆ミナモ
…忘れられた海。
太古の怪物がひしめく魔の海域を望む、この世で最も恐ろしい土地のひとつ。
一人を除いて、定住する者のいない奥辺境。
それに愛着を持ちますか。
◆ソラ
ええ、忘れないでいてくれる方がいますから。
神父様が旅は性分だと仰るように、私にはこの仕事が性分ですよ。
忘れられた海の灯台守。
中々、気に入っているんです。
◆ミナモ
ふぅ…そうまで、何の未練もなく言い切られてしまうと…。
◆ソラ
ふふ、寂しくなりますか?
◆ミナモ
いささか。
なんというか…いえ。
◆ソラ
…? どうされました?
◆ミナモ
ええ…いやなに、エゴを悟っただけのことです。
◆場面転換。ソラの家。
◆ミナモ
いつ来ても、立派な畑だ。
魔力に溢れる土地での農耕は、魔法使い以外に不可能だと思っていましたが。
◆ソラ
コツがあるんです。
ここの魔力は、ある時期に海で溢れ、潮風によって流れ着くものですから。
同じタイミングで、真逆の波長をぶつければ防げます。
◆ミナモ
はは、常人には出来ない芸当ですよ。
◆ソラ
元々、ここの灯台守はそのためにいますからね。
◆ミナモ
魔力による汚染を封じれば、海の怪物が陸に上がることもない。
理屈はわかりますが、なんともはや…。
それを単身でこなしてしまうところが、すさまじい。
◆ソラ
ふふ、私だって一応、太古の怪物に連なる者ですからね。
普段はこんなですけど。
お茶が入りましたよ。
◆ミナモ
どうも。
これは…緑茶ですか?
◆ソラ
街の人からいただいたんです。
新しい品種が完成したので、おすそ分けにと。
◆ミナモ
いい香りだ。
…こういう所作があるからでしょう。
ついあなたの立場を失念してしまう。
魔の海域の神秘、セイレーンの姫君。
あなたの歌声は魔法であれ奇跡であれ、この世のあらゆる超常を打ち消す。
その気になれば、文字通り海を支配することさえできるのでは?
◆ソラ
買いかぶりですよ。
この喉にそういう力があるとは、聞いたことがありますけど。
だからと言って試そうとは思えない。
言った通り、今の暮らしが気に入っていますから。
海の中では、お茶も入れられないでしょう?
◆ミナモ
なるほど。
この香りを楽しめるのは、地上なればこそ…ですか。
◆ソラ
だいたい、神父様だって似たようなものじゃないですか。
魔獣で溢れる土地を単身で渡り、強権派の言い分を実力で黙らせる。
聖職者であって唯一無所属の巡回神父…。
あなたこそ、やろうと思えば宗教貴族なんて支配も壊滅も出来るんじゃありません?
◆ミナモ
ははは、どうでしょうね。
試したことはありませんので。
◆ソラ
だけど否定もなさらない。
◆ミナモ
ええ、それは…なるほど。
あなたの仰る通りですね。
私も、今の暮らしが気に入っている。
◆ソラ
あなたには旅を、私にはこの海風を。
たまに訪れてくれる人がいれば、私にはそれで充分なんです。
…外はどんな様子ですか?
◆ミナモ
さて、どうでしょうね。
人は移ろい、国も変わる。
善が起これば悪も生じる。
あなたのように知性ある存在が討伐される光景は、見かけることなくすんでいますが。
あなたが興味をひきそうな話とすれば…そうですねぇ。
ああ、不老不死の魔女はご存知で?
◆ソラ
老いることのない、あの彼女?
◆ミナモ
ええ、その彼女。
面識がありましたか?
◆ソラ
一度だけ。
私も、不老ではないけど不死ですから。
不老不死の呪いを解く手段を探しに、ここを訪れてくれましたよ。
結局、手がかりにはなれなかったけど…ふふ、可愛らしい方でした。
風の噂に、どこかの湖畔へ落ち着いたと聞きましたけど。
◆ミナモ
ええ。
湖畔の傍らの、小さな家で…今は、そのまま眠りにつかれましたよ。
◆ソラ
…いつ?
◆ミナモ
二年ほど前になりますか。
恋人と共にあの呪いを解き、そのまま。
◆ソラ
…そうですか。
◆ミナモ
ソラさん…?
◆ソラ
いえ…寂しい、とは思いますし、またお会いしたかった、とも考えてしまいますけど。
だけど、そうでしたか。
見つけられたんですね、彼女。
探していた場所を…よかった。
◆ミナモ
ええ。
…ああですが、会うことは出来るかもしれませんよ。
彼女、弟子を残していきましたから。
◆ソラ
お弟子さん?
◆ミナモ
先代の足跡を追って、今も各地を旅しているとか。
いつかここを訪れることもあるでしょう。
◆ソラ
それは…うん、楽しみですね。
みんな変わってゆくけど、だからって…無くなってしまうわけじゃないですよね。
◆ミナモ
…ええ。
信仰を持たない私でも、今のあなたの言葉は信じたくなる。
◆ソラ
…信じますよ、私は。
誰かに何かを言われたとしても。
…ミナモさん、今度はどれくらい居られるんですか?
◆ミナモ
…名残り惜しくなる前に、でしょうか。
生き方を変えてしまっては、私は私を信じられなくなる。
◆ソラ
そう、ですよね。
わかってるんです…わかってるんですよ。
…食事は、期待してくださいね。
美味しいもの作りますから。
◆ミナモ
ええ、期待しています。
お土産としてはなんですが、レシピをいただいてきましたよ。
後ほどお教えしましょう。
◆ソラ
助かります、神父様。
…せめて今だけは。
◆場面転換。夜。
◆ソラ
神父様…? まだ起きてらっしゃいますか?
◆ミナモ
ん…ええ、どうしました?
◆ソラ
ああいえ、すみません、こんな夜更けに…。
◆ミナモ
構いませんよ。
屋根を借りているのはこちらですし。
何をするでもなく、地図を眺めるばかりでしたから。
それで、ご用件は?
◆ソラ
ああいえ、大した用では…。
ただ…。
◆ミナモ
ソラさん…?
◆ソラ
…明日は新月です。
だから今夜のうちは、星がよく見えます。
今は雲もありませんし。
ですので…いかがですか?
今宵は、ご一献。
星見酒でも。
◆ミナモ
…良いですね。
ご相伴にあずかりましょう。
星見というなら、上で?
◆ソラ
ええ。
少しだけ夜空に近いところで。
どうぞ、こちらに。
◆ミナモ
ふふ、そういえば初めてでしたね。
◆ソラ
…?
◆ミナモ
忘れられた海の灯台。
あなたの、この家を幾度も訪れているというのに。
私はまだ、あなたが守ってきた塔を登ったことがなかった。
◆ソラ
そんなものでしょう、何事も。
私も、ここを訪れたあなたの姿しか知りません。
伝え聞こえる風の噂はあっても、あなたの…ミナモ神父の実像とは違います。
私が知っているあなたは、あなたの半生の、ほんのひと欠片にも満たない一瞬だけ。
◆ミナモ
お互いに、です。
…ままなりませんね。
遠く見えれば多くを求め、近くにありすぎれば見えなくもなる。
◆ソラ
だけど私、少しだけ…その不自由が心地良いんです。
まだ知らない姿がある。
知らないからこそ寄り添える。
何もかもわかってしまったら、きっと…。
きっとその時の私は…。
わかったつもりでいる私の中のあなたを、本当のあなたに当てはめてしまいそうで。
◆ミナモ
それは…。
◆ソラ
ふふ、独り言ですよ。
誰かに宛てたわけじゃない、独り言。
…つきましたよ。
足下、気をつけてください?
◆ミナモ
これは…あぁ、なんと…。
海に、星がまたたく…。
◆ソラ
澄んだ星空、凪いだ海。
条件の揃った一夜に垣間見れる、海の星空です。
◆ミナモ
見事ですね…いつか聞いた、師の言葉を思い出します。
◆ソラ
神父様の、お師匠?
◆ミナモ
ええ…はは、私が勝手に慕っていただけですけどね。
この世でたったひとつと称せる景色は、多くない。
それを見たことが、果たして幸運だったか否か…と。
◆ソラ
知らずにいればこそ。
伝聞に留まっていればこそ、ですか。
◆ミナモ
それでも私は、あなたにもらったこの景色を、生涯忘れはしないでしょう。
この海は、他の何よりも美しい。
◆ソラ
…私も。
◆ミナモ
うん…?
◆ソラ
私にとっても、そうであればと…願わずにはいられません。
…どうぞ、ご一献。
◆ミナモ
これはどうも。
ほう、変わった酒ですね。
◆ソラ
ふふ、いただきものですけど。
どちらで作られたものか、当ててみますか?
◆ミナモ
はは、自慢じゃありませんが、酒の方が戒律よりは詳しいですよ。
透き通った薄い琥珀色、蒸留酒のようですが色合いが異なる。
香りは…ヒノキに似た、ほのかに甘い木の匂いへ、そっとハーブが寄り添う。
なるほど、となれば味は当然…うん、やはり甘めの軽い飲み口。
後味にミントが残る。
静月(せいげつ)のしずくですね。
聖木の森…この世で最も力を持った柊が自生する土地。
その地の守り手が作る酒、あるいは魔法薬でしょう?
◆ソラ
正解です。
以前、この海から聖木の森を目指した女の子がいて。
守り手を継ぎたいと。
無事にたどり着けたか心配していましたが、どうやら大丈夫だったようですね。
しばらく経った頃、お礼にと送ってくれました。
◆ミナモ
それはそれは…よほど素養のある魔法使いだったのでしょう。
翆碧街で鍛えた者でしょうね。
◆ソラ
いいえ。
むしろ翆碧街というか、帝国の内戦で、傷を負った方でした。
微かに呪いの痕跡が…。
だけど、きっと素敵な人に巡り合えたんでしょう。
力強いお守りを持っていました。
あんな護符があれば、この海も渡れるでしょうね。
◆ミナモ
その後、その少女は?
◆ソラ
…正確には、守り手にはなれなかったそうです。
師を助けるため、あの子は精霊と同化することを選んだ。
きっと今でも、師を助けているんでしょう。
この世のどこにでもいて、どこにもいない…聖木の化身として。
◆ミナモ
…外野が口を出すべき事柄ではありませんね。
その子は、自身が進める道を自ら選んで決断した。
◆ソラ
わかっています。
魔法使いだから、ではなく…怪物だから、でもなくて。
一人の存在として、選んだ道なんだと。
わかっているのに…だけど時々、いやに寂しくなるんです。
精霊になることを選んだ彼女や、天寿を手に入れた老いない魔女。
彼女たちだけでなく、同じように結末を辿った人々も含めて。
何もかもがいずれ終わってしまうのは必然でも、だけど…。
…もっと、幸せのまま終わる道はなかったのかと。
そんな風に考えてしまうこと自体、思い上がりなんだと理解しているつもりなのに。
◆ミナモ
…残ることを選んでいる側の、それは羨望ですか?
◆ソラ
わかりません、私にも。
ただ、そういう夜、ここに座ってこの海を眺めていると…。
いつか読んだ気がする本を思い出すんです。
◆ミナモ
それは…読んだのではないですか?
あなたの記憶にあるのなら。
◆ソラ
いえ、どこを探しても見つからないんです。
いつ読んだかも定かでなくて。
ひょっとしたら夢の中で読んだのかも。
ここでないどこか…隣り合っているのに遠い、いつかに。
◆ミナモ
どんな本なのです?
◆ソラ
小さな鳥の、それも夢の話でした。
自分も鳥なのに、他の鳥たちから蔑まれる小さな鳥。
彼は命を絶つことを決め、けれど最後に遠くまで…空の向こうへ飛ぼうとする。
だけど太陽に願っても、同情こそすれ手を引いてはくれない。
星座たちにすがっても、誰も相手にしてくれない。
それでも彼は、ただひたむきに飛び続け…やがて力尽き、眠りにつく。
けれど最後に目を覚ますと、彼は自分が美しい光になっているのだと気付いた。
夜空の中で輝き続ける、小さな鳥の星。
その星は、今でも静かに輝いている…と。
◆ミナモ
…いいお話です。
◆ソラ
ええ、いいお話だと思います。
だけど私は、こう考えてしまうんです。
星になんてならないでよかった。
彼がただ普通の…当たり前の鳥として、仲間と過ごす道はなかったのか。
◆ミナモ
…これを、私が言う必要はないでしょうが、それでもあえて言うのなら…。
例えどんな生き方であれ、悲しいの一言で論じるべきではないですよ。
でなければ彼らの一生は、ただ悲劇的というだけになってしまう。
魔女も、守り手も、その鳥も…。
残る側を選んだ私たちは、せめて尊重すべきでしょう。
◆ソラ
ええ…わかっています。
◆ミナモ
…覚えていますか?
昼間、私が話したこと。
あなたに寂しくなりますかと聞かれて、言いかけたこと。
◆ソラ
エゴを悟った、と…そう言っていましたね。
◆ミナモ
私はね、ソラさん…嘘偽りなく言えば、あなたと過ごしたい。
この地に留まるにせよ、旅に戻るにせよ…隣にあなたがいてくれたらと思います。
◆ソラ
…同じ気持ちです。
でも、まずいでしょう?
仮にも神父が、怪物と一緒になってしまっては。
◆ミナモ
あなたらしからぬ物言いだ。
種族が隔てるものは、そう多くありませんよ。
…これも、言うまでもないのでしょうが。
◆ソラ
…生き方、ですか。
私とあなたの。
◆ミナモ
渡り鳥が、止まり木に…共に来てほしいと。
願うだけならまだしも、求めてはならない。
そうなれば、いずれ必ず後悔する。
…わかっているというのに、あの時、私はこの望みを口にしかけた。
◆ソラ
…嬉しいですよ。
あなたから、手を差し伸べてくださるのは。
他の何よりも勝る幸せです。
◆ミナモ
しかし、あなたは…。
◆ソラ
お誘いいただいて、今ようやくわかりました。
私、この海がどうしようもなく好きだったんですね。
波の音、潮風の冷たさ…ここであなたと眺める、空を映した水面(みなも)が。
…ここが至上ではないかもしれない。
旅に出たら、私の知らない風景があるんでしょう。
こことは違う美しさも、ここより鮮烈な風景も。
だけど私は、どうしても…。
◆ミナモ
…わかっています。
わかっているつもりです。
◆ソラ
はい、私もです。
私も、理解しているつもりです。
…少し、冷えて来ましたね。
◆ミナモ
これを。
◆ソラ
ふふ…私に上着を寄こして、風邪などひきませんか?
◆ミナモ
いやいや、はは…そういうことは、考えていなかったもので。
◆ソラ
それなら、もう少し…。
◆ミナモ
ん…?
◆ソラ
もう少しだけ、こちらに…。
半分ずつ、一緒に羽織れば…暖かくなりますよ。
◆ミナモ
…ええ、今だけは。
◆ソラ
はい、今だけは…。
今夜だけは、もう少しだけ…。
◆場面転換。朝。
◆ソラ
もう発たれるのですね。
◆ミナモ
名残り惜しくなる前に…それが私の決まりですから。
◆ソラ
わかってます。
道中、気をつけてください?
◆ミナモ
ご安心を。
これでも旅先で恥をかきこそすれ、しくじったことは数えるほどですので。
◆ソラ
その割に、今朝はずいぶん二日酔いのご様子でしたけど…?
◆ミナモ
いやいや、ははは…。
私は酒を生涯の友と思っていますが、どうやら酒の方はそうでもないようで。
◆ソラ
ふふ、ならこれを。
◆ミナモ
昨日の…いいのですか?
◆ソラ
旅の間、お友達ともう少しだけ歩み寄れますように。
飲み過ぎはダメですからね?
◆ミナモ
肝に銘じておきましょう。
◆ソラ
ええ、くれぐれも。
…次は、いつ頃いらっしゃいます?
◆ミナモ
そうですねぇ…断言は出来ませんが、出来たら次は新月の日に。
◆ソラ
それじゃ、あの海は見えませんよ?
◆ミナモ
この世でたったひとつと呼べる風景は、そう何度も見るべきではないでしょう。
◆ソラ
渡り鳥であるために?
◆ミナモ
いいえ。
広すぎる星を見慣れてしまうと、手前にある空を見過ごしてしまいそうですから。
◆ソラ
ふふ、お上手ですね、二日酔いの割には。
◆ミナモ
いやなに、良い恰好をしたいというだけですよ。
この海は、私にとって忘れられない海です。
…それでは。
◆ソラ
はい…いってらっしゃい、神父様。
◆ミナモ
行ってきます、海の姫君。
…今日過ぎて、音には聞こゆ、秋風の。
◆ソラ
…歌う窓辺に、咲く朔月夜(さくづきよ)。