朗読用小説 ぬるい夜
*お題「コーヒー」のテーマで書きましたっ。
短くまとめようとして空回りした感がないでもないです…。
次は台本形式でやりましょっか!
ぬるい夜
風が凪いだ、静かな夜。そんな夜に、私は時折眠れなくなる。
微かな家鳴りや遠く聞こえる車の音、あるいは自分の吐息ですら。眠ろうとする私の前を横切って、落ちそうになった眠りの沼から引き上げてしまう。
物心つく前は、毛布をかぶって葛藤し、そして結局、寝不足な顔で朝を迎えていた気がする。
けれど今はというと、私はベッドを抜け出し、冴えてしまった目のままキッチンの明かりをつけるのだ。
電気ポットでお湯を沸かし、マグカップをひとつ。インスタント・コーヒーをスプーンで一杯、砂糖を二杯。カップの半分に届くかどうかまでお湯を入れたらなら、あとはたっぷりのミルクを注げば出来上がる。
ぬるく甘いコーヒー牛乳は、別に普段から飲んでいるわけではない。眠れない夜だけの、思い出に浸るための飲み物だ。
まだ私が学生だった頃。
風邪をひいて寝込んでいる私の隣で、五つ離れた姉が、今の私と同じものを飲んでいた。普段と変わらず、そっけない態度の姉。気遣うような言葉をかけてもらった記憶はない。
だけど熱で朦朧とした意識の中、ぼんやり目を覚ますと姉はいつもそこにいて、私の傍からいなくなるということがなかった。
これを飲んでいると、その時の記憶がよみがえる。
コーヒーなんて飲めないクセに、朝まで寝ずにいようと、少しずつカップを傾ける姉の姿が。誰もいない静かな夜、姉の思い出だけが私に寄り添い、孤独を忘れさせてくれる。
もっとも、その頃のことなんて、きっと向こうは忘れているに違いない。
カップを片手に寝室へと向かった私は、しかし自分の部屋でなく隣のドアを開けてみる。まだ私と二人暮らしをしている、姉の部屋。
やはりと言うべきか。ひどい寝相でいつものように蹴飛ばしている毛布を、起こさないようそっとかけ直す。むにゃむにゃと寝言を呟く子供じみた寝顔へ、私は苦笑を送り、自室に戻った。
無愛想で子供っぽい寝相のままな姉。妹としては、せめて風邪などひいてほしくない。
深みを増してゆく夜の中、傾けたコーヒーもどきのぬるい熱は、姉が時折見せる優しさのようで、もうしばらくしたのなら、安らかな眠りの中へと沈んでいけそうな温かみを宿していた。