老いない魔女6

■6 老いない魔女と知らずの魔女
 
◆一人称小説風になっています。
◆魔女の視点が中心。名前が「」は会話、『』は独白になります。
 
◆『魔女』
覚めてほしい、と。
いつも祈っていた夢は唐突に、恐ろしいほどの早さで離れてゆく。
今日は、心の軋む名残惜しさを抱かせて。
目を開ける時、私は自分の目尻に涙すら滲んでいるのを感じた。
かつて見た紅葉が、不意に頭の中で蘇り……。
そして二度とは見られないのだと。
私のうなじの辺りで、現実がそう囁く。
そんな寂しさ。
きっと、だから見間違えたのだと思う。
 
◆「青年」
魔女様……?
 
◆『魔女』
まぶたを開けてから少しの間、そこに紅葉があると思った。
私の顔を覗き込んでいる、彼の眼差し。
どこか不安を漂わせたそれが、つい一瞬前まで語らっていた紅葉と重なってしまう。
 
◆「魔女」
……おはよ、助手君。
 
◆『魔女』
つい口から出そうになった別の名前を、寸前で飲み込み、微笑んだ。
浮かべた後で後悔する。
無意識に取り繕ってしまった微笑みだから。
 
◆「青年」
大丈夫なんですか?
あれから、ずっと眠っていたんですよ……?
 
◆「魔女」
うん、平気平気。
っていうか、ごめんね? 助手君こそ怪我なかった?
 
◆「青年」
いえ、僕は全然……。
 
◆「魔女」
そっか。
あははっ、ならよかった。……よかったよ。
……で、その子は?
 
◆「青年」
あ、ああ、ええと……。
 
◆『魔女』
どう説明したものか。
どこか可愛げのある困惑を浮かべ、彼は口ごもった。
この青年のすぐ傍らに、じっと私を見つめる小さな人影があったのは、最初から……。
いいや、目覚める前から気付いていた。
一人の少女だった。
私よりひと回り幼い外見の、知らない、と表現するのはためらってしまう少女。
何しろその子は、お互いを見比べなくともわかってしまうほど、私に近くて、そのものだ。
永遠に続く呪いを受ける以前の、まだ人並みの時間の中にいた頃の……。
彼女は、かつてそうだった私の姿をしている。
 
◆「青年」
あの後、いつの間にかいたんです。
喋れないみたいで、事情はわからないんですけど。
それと、この子が現れてから……。
 
◆「魔女」
助手君の呪いが治った。
 
◆『魔女』
彼は無言で頷いた。
動かなかったはずの片腕を、無意識に隠して。
心なしか申し訳なさそうにしているのは、律儀すぎる人柄の表れだ。
思えば彼の祖父も、そういうきらいがあった。
家族を作り、時を刻む。
そんな当たり前があることに、負い目を感じることなんてないのに。
助けてやってほしい……と。
夢の終わりに聞いた言葉が、私の胸にぽつりと落ちた。
 
◆「魔女」
……あはは、どうなってんだろうね。
全然わかんないや。
 
◆「青年」
ええと……どのことです?
 
◆『魔女』
途方に暮れかけた心を振り払いたくて。
無理やり浮かべた苦笑を引き継いでくれた彼へ、私も続ける。
 
◆「魔女」
全部だよ、ぜーんーぶー。
その子のことも、助手君の呪いが治ったのも。
……っていうか、何がどうなって呪いが人間になってるのやら。
 
◆「青年」
呪い……ってことは、この子やっぱり……。
 
◆「魔女」
そだよー、薄々わかってたんだ?
……ま、どう見たって私だもんね。
理屈としてはさ。
助手君の呪いは、元はおじいちゃんのもの。
で、さらに元を辿ると、おじいちゃんの呪いは私にかけられている呪いの一部。
だから助手君から切り離された呪いが実体を作る時、とりあえず私になる。
……っていうのは、まるっきりわからない話じゃないけどね。
 
◆「青年」
そもそも、なんで実体になったのか。
というか僕から離れたのか、ですか?
 
◆「魔女」
そういうこと。……おいで。
 
◆『魔女』
幼かった頃の私は、一瞬だけ彼と私を見比べてから、こちらにそっと歩み寄った。
単に私の姿を模しているわけじゃない。
この子にはどうやら人格があって、彼になついているようだ。
まるで妹を見ている、そんな気分になる。
 
◆「魔女」
この子、食事は?
 
◆「青年」
必要ないみたいで、何も。
 
◆「魔女」
私とおんなじかぁ。
 
◆「青年」
魔女様は食べるじゃないですか。
 
◆「魔女」
食べるよ、食べるけどね。
あれは趣味みたいなものだから。
私はほら……不老不死なわけだし。
 
◆『魔女』
化け物、と言いかけて、不老不死、と言葉を変えた。
この少女の前で、その手の自嘲を口にしたくないと思う。
実際、この子は私の妹のようなものなのだろう。
姿かたちだけでなく、不老不死という点でも共通しているに違いない。
私と違って食べない理由も、わかる気がした。
私が食事をするのは、今の姿になるまで当たり前の人間だったから。
つまり私は、食べるという楽しみを知った上で、不老不死の呪いを受けた。
だけどこの子は、生まれた時から老いもしないし死にもしない。
ただ、ここにいる。
そのことが、ひどく物悲しく思えた。
 
◆「青年」
……何か作りましょうか?
 
◆「魔女」
うん、そだね。……ん?
 
◆『魔女』
気遣うように彼が訊いたところで、少女が不意に一枚の便せんを差し出した。
ずっと握りしめていたらしい。
端が少しシワになった、一通の手紙だ。
 
◆「青年」
ああそれ、この子が現れた時から持ってたんです。
見せてもらったんですけど、何も書いてなくて。
 
◆「魔女」
何も?
……ああ、だろうね。
 
◆「青年」
魔法ですか?
 
◆「魔女」
うん。あぶり出しってあるでしょ?
レモンとかミルクとかで文字を書いて、軽くあぶるとメッセージが出てくる仕掛け。
これはその魔法版。
特定の魔力に反応して、文字が浮かぶっていうものなんだけど……おっ。
 
◆「青年」
出ました?
 
◆「魔女」
……うん。私宛てだ。
 
◆『魔女』
浮かび上がった懐かしい筆跡に、私はそれ以上、何も言えなくなっていた。
じっと読みふける私の横顔は、二人にはどこか不安だったのかもしれない。
やがて私の頬から水滴が伝い落ち、手紙に染みを作る。
私が読み終えたのは、ちょうどその頃だ。
 
◆「青年」
魔女様……?
 
◆「魔女」
ううん、大丈夫。
……助手君さ、お弁当作ってくれる?
 
◆「青年」
え? ええそれは、全然構いませんけど……どうして?
 
◆「魔女」
ちょっとお出かけ。三人でね。
ピクニック行こ。
 
◆『魔女』
まだ困惑気味な彼に笑いかけると、私はそっと少女の髪を撫でた。
知らず知らず、彼が与えてくれた私の救いの、その髪を。
私にある楽しいを、この子にも教えてあげられたらいい。
そんな想いに気付いたのかどうか。
少女は私と彼へ、そっと微かな笑みを浮かべた。

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