春になったら泣くために。
最近は髪型を直すためだけにトイレに向かうことが多くなった。分厚そうな窓ガラスからは東京の大半が見渡せる。実際は空模様しか気にしないのだけれど。
私が強がる日はいつも暖かい陽が差していた。
隣のマンションの屋上に人が見えた。輪に入りたかった。談笑でもしながらほんのり自分の悩みを打ち明けたりなんかして。
その人は私よりすこしだけ年上。というのを抜きにしても人生の先輩という感は拭えなくて、いつも寄りかかるばかりの私。
時折見せる弱さのような不安そうな顔をどうしても見過ごせなくて、寄り添いたくても気づけば私が寄りかかっている。
私が気丈に振る舞う日はいつも暖かい陽が差していた。
その強さを優しさだと勘違いした輩があわよくばを求めて彼に近づく姿をみても私はなにも思わない。振り向かないと分かっていても見過ごせなくて離れられない辛さを彼女らは知らないから。
それでも彼女らのような軽さが欲しかった。プライドが助けてくれて次へ軌道修正できる器用さが。
仕事が終わるとせっかく直した前髪が冬風に流されないように押さえながら駅までの短い距離を歩いた。その人はずっとポケットに手を入れて寒そうにしていた。
寄りかかったときの温もりを恋しく想いながら家路につく。平日はあっと言う間に過ぎる。休日はずっと苦しい。
月曜になるとわざと気だるい感じを出す。今日こそその人に寄りかかるのを辞めようと決めて家を出る。暖かい陽が差していた。
そんな生活とももうすぐさよならだ。これでのびのびと仕事に打ち込める。その人が教えてくれたずるいやり方をすこしだけ織り交ぜながら。
夜に泣くことも少なくなった。その人がいなくてももう大丈夫。冬の役割は春が引き継ぐ。渡せなかったカイロが封を閉じたまま鞄に入っていた。
崩れそうな日はいつも暖かい陽が差している。