「優しさの報復」
【テーマ】
柴田百合子さん 『テレビ東京#100文字ドラマ(案)』
【シナリオ】
○栄湯・サウナ(夜)
揺れる空気。汗の滴る音。
女性達の間で中心に座って話す汗だくの商社受付の葵(22)
葵「―――絶対別れた方がいいと思いますよそんな人!私だったら浮気されたらもう好きになれないですもん!」
葵の話を聞きながらうなだれている女性①。
女性①「でも私はおばさんだから旦那いないと生活できないし……ほらあなたみたいに年齢も若くないし……」
葵「女の価値なんて年齢じゃないですよ!自分の気持ち大事にしてください!」
葵、女性を鼓舞するように熱心に説得する。
女性①「……そうだよね……ありがと!私、話してみる!」
葵、部屋を出る女性を見送って。
葵(声)「ウケる、あのおばさん!あんたが今から離婚したって賞味期限切れだって!あんな言葉真に受けるとか本当にアホ。もし万が一あなたがどうなっても私はあなたの名前も何もしらない赤の他人……初対面の知らない人だからこそ言いたいこと言える……それが銭湯よ」
にやにやしている葵をみている女性②。
女性②「どうかしましたか?嬉しそうに」
葵「いえ、ただ銭湯って気持ちいいなーって(笑って)」
○同・玄関
人が掲示板の前にぞろぞろと集まっている。
葵、気になって掲示板の前に行く。
葵「!!」
と貼り紙が貼られ『経営難につき閉店のお知らせ』と書かれていた。
葵「……」
○同・外
呆然としている葵。
その前をモデルのようないでたちの受付の同僚加奈と梨奈が通る。
首に会社の社員証がかけられている。
加奈・梨奈「あ、葵ちゃん!」
葵「どうも……」
葵のバッグには加奈と梨奈と同じ社員証がある。
加奈と梨奈、お風呂上がりの葵の様子をみる。
加奈「葵ちゃんは銭湯に行ってたの?(嫌味っぽく)」
葵「……」
梨奈「もう早く合コンいこうよ!今日は医者の日でしょ!(笑って)それに……」
梨奈、葵をチラッとみて。
梨奈「貧乏くさいのが移る(小声で)」
葵「……(聞こえている)」
加奈「ダメだって(笑って)じゃあまた明日仕事でねー!」
加奈と梨奈、その場を立ち去って。
葵(声)「だめだ……銭湯なくなったら私が目立てる場所なくなっちゃう……」
○葵のマンション(夜)
葵、リビングのドアをあけて。
葵「ただいまー」
が、部屋には誰もいない。
葵「?」
と、シャワーの音が聞こえる。
葵「お風呂か……あいつも銭湯行かせてお金落としてもらわなきゃ……」
と、スマホの通知音が聞こえる。
なった先をみると机に彼氏のスマホが置いてある。
葵、スマホのメッセージをみると
『昨日は楽しかったです♡』『次いつ会えますか?♡』と女性からのメッセージと二人がベッドで撮ったと思われる自撮りのツーショット写真が送られている。
葵「何これ……」
呆然とする葵、スマホを机に置く。
と、扉を開けてお風呂上がりの彼氏の亮二(25)が入ってくる。
小柄で小太りな見た目。
亮二「あ、葵帰ってたんだ!お帰り!(ニコッと笑う)」
葵「……ただいま」
亮二「今日のご飯作るから待っててね!」
葵(声)「何よ……なんでこんな見た目もイケてないこいつが浮気してんのよ……こいつはお金があって主夫もできて……女の心配なくて私を楽にしてくれるから良かったのに……」
亮二、料理を始めている。
葵「ねえ……」
亮二「うん?」
葵「今度銭湯いこっか……掃除とか沸かすのとかなくて気楽だし……」
亮二「銭湯か……いいね!僕もずっと行ってみたいと思ってたんだ!」
亮二、料理を進める。
葵(声)「汚れたあんたを一緒のお風呂になんて入れてやるもんか……これからのお風呂は全部銭湯よ……たっぷりお金落としてもらうんだから……」
○栄湯・サウナ
いつもの通り初対面女性優子(33)と里美(36)等女性達が日常の会話をしている。葵も輪の中にいる。
優子「それでようやくこないだプロポ―スされたんです!(嬉しそうに)」
里美「えー素敵!私の旦那なんかプロポーズちゃんとしなかったらやり直させたよ(冗談ぽく)」
優子「ほんとですかー(笑って)」
女性達、楽しそうに笑っている。
葵、浮かない顔をしている。
葵「……あの」
優子「どうしたの?」
葵「……私の話も聞いてもらってもいいですか?」
里美「もちろん!初対面だから話しやすいこともあると思うし!私達お姉さんが相談に乗るわよ!」
× × ×
優子「浮気するとか意味わかんないね!私もし今の婚約者が陰でそんなことしてたら即効別れる!慰謝料もぶんどる!」
里美「彼氏さんってさっきあなたと一緒に来てた人?」
葵「……そうです」
里美「きっと勘違いしちゃったんだろうね……あなたと彼氏さんだったら明らかにあなたがずば抜けて可愛いし、きっと他の女の子にも好かれると思っちゃったんだよ……本当男ってしょーもな……」
優子「なんか私がイライラしてきた……ちょっと水風呂でさましてきます」
里美「私も行く!」
葵「……ありがとうございます」
優子と里美、部屋を出て行く。
葵「初対面なのにあんなに他人の彼氏怒れるってすごいな……でも……少し気楽になったかも」
○栄湯・玄関
顔が赤らんで外に出た葵。
と、亮二が半べそをかいてやってきて。
亮二「ごめん、僕が悪かった!!責任取って別れるから!!(泣きながら)」
葵「え」
亮二「葵は僕のこと支えてくれたのに……本当にひどいことをした……僕に一緒にいる資格なんてない!」
亮二、その場を立ち去る。
呆然とする葵。
と、奥からコーヒー牛乳を飲んでいる優子と里美が手を振っている。
優子「良かったじゃん、あんなクズ彼氏と別れれて(笑顔で)」
里美「ね!反省すべき!私たちがあなたの分も叱っておいた!(自信満々で)」
優子「効果ばっちりでしたね!(里美をみて)」
葵「そんな……」
里美「じゃあ私たちはここで!」
優子「また銭湯であったらよろしくね!」
その場を立ち去る優子と里美。
葵、二人の後ろ姿をみて。
葵(声)「違う……当事者はわたしなのに……怒りたいのは私なのに……ただ慰めて欲しかっただけなのに……別れようなんて思ってなかったのに……」
× × ×
フラッシュ。サウナ。
優子と里美に話をする葵。
× × ×
葵(声)「私の怒りを盗まれた……中途半端な善意なんてやめてよ……」
葵、拳を握りしめる。
葵「あの!」
優子と里美が振り返る。
葵、笑顔を繕って。
葵「皆さん次いつ来ますか?また相談乗って欲しいです!」
優子と里美、顔を見合わせ笑顔になる。
優子「週末はいつもきてるよ」
葵「わかりました!また週末よろしくお願いします!」
二人を見送る葵。
葵(声)「こいつら許さない……こうなったら……銭湯も……」
× × ×
フラッシュ。銭湯の『閉店』を知らせる貼り紙。
葵(声)「……彼氏も」
× × ×
フラッシュ。栄湯の玄関。
彼氏が走って立ち去る。
× × ×
葵(声)「……私の居場所を取り戻すまで絶対協力してもらうんだから」
(つづく)