図1

「月がきれいですね」シナリオ④

【テーマ】
大麦こむぎさん 『月がきれいですね』

【シナリオ】
○東高校・正門
  チャイムが鳴っている中正門をくぐる美琴(17)。
  息を切らして走っている。
美琴「はあはあ……」

○同・2年C組
  教師、転校生の金之助(17)を紹介している。
教師「みんな仲良くしろよ……そして今日もあいつは遅刻か……」
  と、教室の扉が開いて美琴が飛び込んでくる。
美琴「セーフ……」
  親友のクライメイトの百合がすぐに反応する。
百合「全然間に合ってないから!」
金之助「……」
  笑うクラスメイト達。
教師「そうだぞ、これで遅刻何回目だ……」
美琴「しょうがないでしょ!冬のJKの身支度は大変なんだって!」
教師「まあいい……授業始めるぞ……(金之助をみて)悪いがあいつの隣の席に座ってくれるか」
金之助「……わかりました」
  金之助、百合の隣の席に行く。
美琴「誰?あんた?」
百合「転校生!名前は金之助くんだって!」
美琴「昔っぽい変な名前(笑って)」
金之助「……よろしくお願いします」

×     ×     ×

  クラスは英語の授業の真っ最中。
  美琴、机につっぷして寝ている。
  教師、黒板のいくつかの英文と共に『I love you』と書いている。
  と、美琴のいびきが響き、クラスメイトが美琴をみる。
百合「あーあ、やっちゃった……」
金之助「……」
百合「(小声で)美琴!起きて!」
  百合、美琴を揺すって起こす。
美琴「ん?ん?」
  美琴、眠そうに目を覚ます。
  と、教師が美琴の席に近づいてきて。
教師「流石にこのサービス問題はわかるよなー?」
美琴「え」
  美琴、必死に周りを見渡す。
  百合、黒板を指している。
美琴「!!」
  美琴、黒板をみると『I love you』の文字が書いてあるのをみつける。
美琴「あなたのことが好きです!」
  百合、頭を抱える。
  笑いだすクラスメイト。
金之助「……」
美琴「……え?違うの?」
教師「そんな簡単な問題出すか……もう俺はお前の進学が心配でならない……」
美琴「……まだあと1年あるでしょ受験まで?余裕っすよ(笑って)」
教師「もういい(呆れながら)とにかく残りはちゃんと起きてろよ」
  美琴、ちゃんと授業を聞く態勢になり百合にごめんのポーズをする。

○同・校庭(夕方)
  部活動にいそしむ生徒達。

○同・2年C組
  美琴、百合、女子生徒達がお喋りしている。
百合「この後カラオケ行こうよ!」
女子生徒「いくいくー!」
百合「美琴も行くでしょ?」
美琴「ごめん今日だめだわ」
百合「何で?」
美琴「今日うちの家族の帰り遅くて私がうちの可愛いわんこに餌あげたりしなきゃなんだ」
百合「そういうとこ真面目か(笑って)授業にも活かして欲しいわ(冗談ぽく)」
美琴「明日とかは全然いけるから行こ!」
  美琴、クラスメイトに手を振って出て行く。

○同・玄関
  夕日が差し込んでおり、うっすら空には月が見え始めている。
  玄関に走ってくる美琴。
美琴「わ!」
  廊下の曲がり角で金之助とぶつかる。
  金之助、持っていた教科書や資料を落とす。
  落ちた中に原稿用紙がありそれが美琴の横に落ちる。
美琴「ごめん……」
金之助「……いえ……僕も不注意でした……」
  美琴、落ちたものを拾い始める。原稿を拾い、書いてある文を読み上げる。
美琴「吾輩は猫である……名前はまだない……これってなんだっけ……」
金之助「いいですか?」
美琴「あ、はい!(原稿を渡す)」
金之助「……月がきれいですね」
美琴「え」
金之助「いえ、今日の授業の『I love you』の訳ですが、日本人は言わないと思うんです……『あなたのことが好きです』みたいな直接的な言い方」
美琴「そう?」
金之助「お互いに向き合って言うのではなく……ほら今ちょうど月が出ていますよね(玄関からみえる月を指さす)」
美琴「うん」
金之助「恥ずかしがってお互いの顔は見ないけど二人で同じものをみて同じ気持ちになる……それが日本らしい奥ゆかしさがあっていいじゃないですか……ね?」
金之助、美琴に対してニコッとする。
美琴「……(ドキッとする)」

○とある道
  一緒に歩いて帰っている美琴と金之助。
金之助「さっきの話色んな場面に当てはまるんです……例えば……」
  と、犬の散歩をしている人が通りすぎる。
金之助「美琴さんは犬を飼っていますか?」
美琴「え?うん……」
金之助「犬の名前はなんていいますか?」
美琴「ユキ……」
金之助「例えば僕たちが中学生の時にお付き合いして高校は別々になったけどたまたま駅とかで再会したとするじゃないですか?そしたらなんて言いますか?」
美琴「うーん……久しぶり?とか元気だった?とかかなー」
金之助「やっぱりそうなっちゃいますよね……けど例えばそれが、僕が『ユキ元気?』と聞いたとして美琴さんが『今も帰ったら尻尾振ってる』って答えたらどうでしょう」
美琴「……」
金之助「それだけで、あ、この二人はユキを含めて一緒に同じ時間を過ごしてて、『今も』って言っているってことは未練が少しあるんだなって感じになりません?」
美琴「……」
金之助「こういう奥ゆかしさが素敵だなって僕は思うんです」
美琴「変な人(少し笑って)」
金之助「そうですか?(笑って)美琴さんはもう少し授業真面目に聞いた方がいいと思いますよ(からかう)」
美琴「転校生が転校初日に生意気だなー(冗談ぽく)」
  笑い合う二人。

○美琴の家(夜)
  ユキと戯れながら1人でテレビをみている美琴。
  テレビではクイズ番組をやっている。
MC「では問題!I love youを『月がきれいですね』と訳した日本の文豪は誰?」
美琴「あいつと同じこと言ってるじゃん(笑って)」
回答者「夏目漱石!」
MC「正解!」
美琴「あれそういえばあいつの苗字って何だっけ?」

×     ×     ×
  フラッシュ。2年C組。
  黒板に書かれた金之助の名前。
  苗字は『夏目』と書かれてる。
×     ×     ×

美琴「夏目だ……まさか末裔とか?そういえば『吾輩は猫である』ってのも確か……」
  美琴、スマホで夏目漱石を検索する。
  と検索結果に『吾輩の猫』の作者が夏目漱石と書かれている。
美琴「やっぱり!じゃあ末裔なんだきっと……」
  とさらに検索結果をよくみる。
美琴「え……」
  ページには『夏目漱石 本名は夏目金之助』と書かれている。
美琴「金之助って……あいつじゃん……」

○東高校・通学路(朝)
  パンをかじって走っている美琴。
美琴(声)「いや、まさか、そんなはずは……けどあいつが人の言葉を請け負って言う感じでもないし……とにかく聞いてみなきゃ」
  と、また道角で金之助とぶつかる。
  美琴倒れそうになるが金之助に支えられる。
金之助「大丈夫ですか?」
美琴「……う、うん(ドキドキしている)」
美琴(声)「なによこの感情……静かにしてよ私の心臓……」
  美琴、金之助から少し離れて。
美琴「……あのさ……聞きたいことがあって……」
金之助「何ですか?」
美琴「昨日書いてたあの原稿って……」
金之助「……あ、少し読んじゃいましたもんね」
美琴「……」
金之助「じゃあ美琴さんにだけ内緒で話しますけど、僕、今オリジナルで小説書いてるんです……」
美琴「オリジナル……」
金之助「はい(笑顔で)あ、学校遅れちゃいますよ!急いでいきましょう」
  金之助、美琴に手を伸ばす。美琴その手を握る。
  走り出す二人。
美琴(声)「間違いない……この人はどういうわけか……本物の夏目漱石だ……」
  手を引かれている金之助をみる。
美琴(声)「……この人には『好き』が通じない……」

×     ×     ×
  フラッシュ。東高校玄関。
金之助「――月がきれいですね」
×     ×     ×

  徐々に顔が笑顔になる美琴。
美琴(声)「17歳。高2の冬。私は……夏目漱石に恋をしました――」

(つづく)