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「オリジナル小説」 『 ハロウィンパーティー』
「これは嘘だ…」
私が人の本当の気持ちを読み取れる能力があると分かったのは、7歳の時だった。
学校が終わり、走って家に帰っていた。
学校から家に帰るためには歩道橋を渡らなければならない。
渡りきればすぐ目の前に家がある。
階段をスタスタと駆け足でのぼっていき、残すは下り階段だけ。
勢いに任せ、足を階段に移した…
はずなのに、足は地面を踏んでおらず、気づいた時には階段の下まで転び落ちていた。
痛みを感じながらも、意識は遠のいていった…
目が覚めた。
ベッドに横たわる私を、白衣を着た眼鏡の男性と母親が覗き込んでいる。
ゆっくり辺りを見回すと、点滴やその他の医療器具などが置いてあり、私は病院に運ばれたことを知った。
「気がついたのね。よかった」
目元を潤ませながら母が私を抱き寄せる。
母は私をシングルで育ててくれていて、1日中私のために働いてくれているものの、経済状況はカツカツだ。
背中付近に感じる母のあたたかな手を、握ったまま前に持っていき、「治療費かかってごめんね…」と謝った。
母は「何言ってるの。気にしないでいいのよ」といつもの優しい口調でささやく。
ホッとしたちょうどその時…。
母の顔面が黒いモヤで覆われた。
「今お金ないのにどうしよう」
「なんでこのタイミングで大きな怪我をするのよ…」
脳内で母の声がこだまする。
同時に、涙を浮かべ、手をぐーっと握りしめて何かしらの感情をこらえている母の様子が映像として脳内に流れ込んできた。
さっきの母の柔らかい口調や表情はまるで幻だったかのように……
私は突然の出来事に、パニックになった。
急変した私を、母や病院の先生が必死に落ち着かせようとしてくる。
動悸や息切れで再び意識がもうろうとしていく中、最後に目に入ってきたのは、
お金がないのにどうすればいいの
この一文と殴り書きでお金の計算をしている、床に落ちていた1枚のメモだった。
間違いなく、母の筆跡だった……
まもなく退院したのだが、母の本心を読み取ってしまったことで、自分にはそういう能力がある事に気づいてしまった。
学校に復帰すると、2人の仲良くしてくれていた子たちが心配そうに駆け寄ってきてくれた。
しかし、そのうちの1人の顔面は、母と同じような黒いもやで覆われていて、「もう少し長く入院してくれれば、2人でもうちょっと仲良くできたのに…」という落胆した声が私の脳を思い切り殴った。
あんなに楽しかった毎日はどこか遠くへととんでいき、闇の世界に閉じ込められてしまったのだと、私は悟った。
あの歩道橋で転ぶ前まで、私は積極的に人と仲良くなれるタイプだったが、あれ以降人がとんでもなく怖くなった。
人への恐怖感はますます大きくなり、それは消えることのないまま高校生になった。
高2の秋、「ハロウィンパーティーへの招待状~出席者は仮装必須~」と書かれたチケットがクラス皆に配られた。
主催者はクラス中で人気があって、顔も爽やかでイケメンな男の子。もちろんモテている。
「あの子がいるなら行こうかな」
「行こいこ!キャー!楽しみ!」
テンション高めの女の子たちの声が響き渡っている。
実は私もその男の子のことが気になっていないわけではなかった。
ただ、顔を直視したことは1度もない。
そもそもいつも女の子たちに囲まれていて、私が入れる隙がない。
しかも私の心まで奪ってしまいそうなあの子の顔を見れたとしても、黒いもやで覆われているのに気づいてしまった時、もうこの世の中では生きていけないと思ってしまいそうだったからだ。
人が怖くて、クラスにも友達はいないため、ハロウィンパーティーに参加しない方向で考えていたが、仮装をすれば、違う自分として参加できるのではないかと思い、行くことに決めた。
ハロウィンパーティー当日。
時刻は夜7時。
私はカボチャの着ぐるみ着て、会場に向かった。
扉を開くと、たくさんのお皿が並べられている。
その上には、白とピンクのぐるぐるキャンディ、個包装で丁寧に包まれているチョコレート、キャラメルがかかったビスケットなど、お菓子がたくさんのっていた。
少し遠くに目をやると、いつものように複数人の女の子たちに囲まれているあの子らしき姿が見えた。
何かのアニメで見たことのあるヴィランのコスプレをしていた。
顔はあまり見えない、むしろ見ないようにしているけれど、それでもかっこいいオーラだけは十分に伝わってきた。
「皆さん自由に席に座ってくださーい!」
あの子の声が室内に響き渡った。
20個くらい円状に並べられている丸椅子。
円状だと、いつも気配を消して幽霊人間として
クラスの中にいる私は、どこに座ればいいのか分からない。
しばらく悩んでいると、席はなくなっていた。
1人分椅子が足りていなかったのだ。
立ち尽くす私に冷たい視線が集まっていることが、顔を上げなくても分かる。
「え?きてたの?うけるんだけど」
「いっその事もう帰れば?」
鋭いナイフが次々に私の心臓をえぐってくる。
いても立ってもいられず、その場から逃げ出そうとした。
その時…!
「やめなよそんなこと言うの!」
一瞬体が震えるほど迫力のある低い声が、その場を黙らせた。
声がした方に目玉を動かすと、さっき見た黒いヴィランの服が視界に入ってきた。
気まづい空気が流れる。
私がそもそもここにこなければよかったんだ…
私のばか。なんで行くことにしちゃったの
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ドクドクと動悸が激しくなっているのが自分でも分かる。
心が凍ってしまいそうだよ…
その瞬間腕をグッと掴まれ、扉の方に、そして扉の向こうの世界に引き込まれて行った。
「は?何あれ…」
そんな声なんか聞こえていないかのように、扉を開けて奥へ、奥へと私たちは走った。
がむしゃらに走りきったその先には海があった。
砂浜にはランタンが並べられていて、程よい明るさだった。
そんなことよりも、今がどういう状況なのか全く掴めておらず、私をここまで連れてきた人の斜め下の方に目をやると、さっき見た黒のヴィラン…つまりあの子だった……
「今日せっかく来てくれたのに、嫌な思いさせちゃったよね。ごめんね」
優しい口調で囁いた声が耳に入ってきた。
こうやって人と面と向かって話すのは、久しぶりすぎて。また、よりによって密かに憧れていたあの子と2人きりでこの空間を堪能できるなんて、、
いろいろな感情が私の中に出ては入ってを繰り返し、落ち着かない。
「俺、君に来てもらいたくてハロウィンパーティー開いたんだよ」
優しく漂う声が続いた。
嘘だそんなわけない…
だって私はクラスの中でも、おどおどしていて気持ち悪い存在だ。
それに、いつも人気のあるあの子が私なんかのこと気にかけているわけがない。
これは冷やかしだ…もう最悪だ…
「俺の言葉、嘘だと思ってるでしょ?ねえ、目見てよ」
私のあごに大きな手が添えられ、視界が斜め下から上へと移ろいゆく。
久々に人の目を、私の目が捉えてしまったことに焦り、元の位置へと顔の角度を戻そうとした…
けれど強くて、でも痛くない力が私のあごをたくましく支え続けている。
「やっと目を見てくれたね。嬉しい。俺、ずっと君のことが気になってたんだ」
彼の顔に黒いもやは、かかっていなかった。
目鼻口が適度なバランスで配置されており、
韓国アイドルのような、きれいな顔立ちだけが
私の目の前にある。
「君は人が嫌がることを率先して行ってるでしょ?例えば掃除とかうさぎのこととかさ。」
そうなのだ…。
私は、お昼休みの後の掃除の時間、みんなが嫌がるトイレの清掃を毎日したり、学校で飼われているウサギ小屋に放課後は向かい、エサをあげたり掃除をしたりしていた。
もしかしたらこの闇の世界から抜け出せるかもという、淡い期待を抱きながら…
でも、まさか彼に見られているとは思わなかった。
彼が見てくれているなんて…思わなかった。
私なんて誰にとっても、空気と同じような存在なんだろうと思っていた。
それなのに、彼はいつも迫り来る女の子たちの渦に吸い込まれることなく、私という存在まで認識してくれていた。
それだけでとっても嬉しい…
彼の顔には1度も黒いモヤはかからない。
ああ、彼の言葉は嘘じゃないんだ…
信じてもいいんだ…
「俺ね、そうやって影で頑張ってる子が好きなんだ。仲良くなりたくなる。でも、君は俺の目見てくれないからさ。どうしようって考えた時、ハロウィンパーティーを思いついたってわけ。でも、結局悲しい思いさせてしまってごめんね」
彼の言葉は心地いい。
流れゆく美しい旋律が、これまでの経験を浄化してくれているような感覚だ。
彼のことが好きだ…
はっきり気づいてしまった。
ドクドクと胸元から音がする。
これはさっきの動悸とは全く別で、いわゆる❝ ドキドキ❞だ。
ああ、もう彼になら何されてもいい。
『 弱っている時につけ込んでくる男には気をつけろ』とどこかで聞いたことがあるが、そんなのも、もうどうでもよかった。
たとえ、これから嫌なことをされても、この瞬間を味わえただけで…それだけでいい…
私のあごを支えていた彼の手が離れたと思ったら、顔を近づけてきた。
これは…///
覚悟を決め、目を閉じると頬に一瞬長い指が当たり、目を開けた時には彼の顔は遠くなっていた。
「ホコリついてたからとっておいたよ。こういうおっちょこちょいなところもいいね」
変な期待をしてしまっていた自分が恥ずかしくなり、ただただ俯くしかできない。
ただ、彼のこういうところも…好きだ……
「ん、これあげる」
私の手のひらに、どこかで見た1口サイズのチョコレートがのった。
「これは、、」
「そう。ハロウィンパーティーで出したチョコ。ポケットに余りを入れていたんだ。俺ら食べられなかったからさ、ここで食べちゃおうよ」
2、3回縦に首を動かす。
「せーのっ」
彼と同時に口に入れたチョコレートは、今まで食べたものよりもとろけるように甘く、舌の上ですーっと溶けていった。
卵色の丸い月が、ふふふと微笑む彼の顔をほんのりと照らしていた。
あのハロウィンパーティーの日以降、私と彼は学校がお休みの日に頻繁に遊ぶようになった。
公園に行ったり、ショッピングモールに出かけたり。
ただ、私たちの関係性は友達なのかそれともそれ以上なのかは分からずにいた。
それでも、こうやって仲良くしてくれているのが続くのであれば、それでいいと思った。
これ以上を望むことなんて、ダメだと思っていた。
それから時は流れ、今日は卒業式の前日だ。
久しぶりに、あのハロウィンパーティーの日に行った海に彼と来た。
ビニールシートを砂浜にひき、その上にちょこんと2人で座る。
数分沈黙が続いた。
いつもなら、彼がたくさん話しかけてくれるのに、今日は海に着くまでも口数が少なく、どこかそわそわしている感じだった。
どうしたのかな
私のことが嫌になったのかな…
彼との関係に危機感を抱いた私は、それに蓋をするように口を開こうとしたその時だった…!
「付き合ってください…!」
ビーズでつくったであろう指輪を、私の方に向ける彼の手は震えている。
気持ちよく吹いている風が私の頬を撫でる。
彼の顔を視界にしっかりと入れてみる。
やはり、黒いモヤなんてどこにもなく、キラキラと輝いて見える。
海の近くをとぶ鳥や元気に走り回る子供たちの声がとても心地よく聞こえる。
「ぜひ、お願いします…!」
お返事と共に、指輪も受け取った。
こんな幸せなことがあっていいのだろか…
この先も絶対に味わえないと思っていた幸せ
をちゃんと握りしめながらお返事したつもりだった。
けれど、声が震えてしまい、ますます頬を赤らめてしまっていそうで、まともに彼の目を見られない。
……っ!?///
唇にあたたかくて優しく、柔らかいものが一瞬当たった。
ほのかにあの日食べたチョコレートの味がしたような気がした。
嬉しすぎて、幸せすぎて。
どうにもならないこの感情を落ち着かせるために、
指輪の話をしよう。
「ねえ、これ指輪作ってくれたの?でもさ、指輪って結婚の時じゃないの?」
ビーズで作られているその指輪は、不格好で少し力を入れると切れそうなものだったが、私のために作ってくれたことを考えると、急に彼が可愛く思えて笑いが止まらなくなった。
「もう、なんだよ。いらないならあげない~」
少しムスッとした表情をした彼が、私の手から指輪を取り上げる。
「ねえごめんって、いるよちょうだい~」
駆け出そうとする彼を私は急いで追いかけようとする。
いつのまにか私は暗闇の世界から光の射す方へ
抜け出せている気がした。
これからは彼と共にたくさんの幸せを掴める。
そう信じて、彼の姿が見えなくなる前に、必死に彼のもとへ足を動かしていく。
広大に青く広がっている海と、秋とはいえギラギラと照らしつけてくる太陽が、これからの私たちを応援してくれているような気がした。
︎♡fin♡