見出し画像

【短編小説】ロマンスの日

 目の前に掲げられた大きな花束。色とりどりのバラの花に、目がチカチカする。差し色の緑が目に優しいなぁなんてちょっと現実逃避。
 あなたは何の花が好きですか?なんて聞かれたのはもう何年も何年も前の話。何度目かのデートで、ショッピングモールの中を回った時に花屋さんの前を通りかかって、私はふぅん綺麗だねって普通の感想しかなかったんだけど、ちょっといい?ってキミの方が足を止めた。
 ここのお花はどれも生き生きしていて素敵だったのでって言いながら、ちょっと恥ずかしそうに店の中をくるりと一回り。そこそこ大きな花屋さんだったみたいで、普段みるようなガーベラやなんかから、名前も知らない熱帯の植物まで、沢山の色が溢れてた。
 この花が好きなんです、と人差し指が指し示したのはかすみ草。小さくてほわほわして可愛くて。ああ、雰囲気が似てるな、なんて思ったんだった。
 その時に、私にも聞かれたのが冒頭の質問。あなたは何の花が好きですか?って。
 花は綺麗で素敵だなと思うけど、特にどれがというこだわりも無かったから、焦ってぐるりとそのあたりを見まわして、えーっとね、と探してる風の声を出して。ぱっと目についたのは豪華なバラ。花束の王道だし、好きな人も多い。それに種類も沢山あるんでしょ?だから、とりあえず、で答えたんだった。
 そうしたら、ああ、いいですねって笑顔になったから、正解を答えられた安堵感と、ちょっぴりの申し訳なさと。でも、間違いではなかったんだろう、と思っていたのだけれど。
 それから順調にお付き合いが進んでいくうちに、その時の自分の答えを後悔した。
 記念日やなんでもないけど向こうがふと思い立った日にプレゼントしてくれるのが、バラの花になったから。
 正直貰えるのならどの花だって嬉しいし、向こうの好きなかすみ草だって良かったのに、わざわざお高いバラを買って来てくれる。しかもそれを持って立っている姿が本人の見目の良さと相まって、一枚絵のようにキマっているものだから、待ち合わせ場所へ行くと視線が痛い。
 ああ、失敗したな、なんて申し訳なさが先に立って。でも笑顔ではいって渡してくれるから、そこは嬉しくて、ありがとうと心からの感謝を言いながら毎回受け取った。
 今日も、何の日なのか、わかんないけど、バラの花束が目の前に差し出されて、また私は少しだけきまりの悪い思いをしてしまう。でも、玄関の中だから、周囲の人目を気にしなくていいのは助かった。
「今日って何の日だっけ」
「今日はね、ロマンスの日なんだって。だから、ロマンチックな事をしたいなと思って」
「そっか。……うれしい、ありがとう」
 ちょっとの居た堪れなさと、でも嬉しいという感謝を合わせた顔はどんなだろう。わずかの逡巡の間に相手が、ふふ、と笑ってた。その顔は凄く嬉しそう。
「なんで、そんな嬉しそうなの」
「んー、だって、いっつもちょっと申し訳ない、って顔をしながら、それでも最後には嬉しそうな顔してくれるから。私の事を思ってくれてるんだなって思って」
「え」
 バラの花束を持ったまま、玄関先でまだ向こうは靴も脱いでない状態なのに、ぴしりと固まってしまった。
「知ってたよ。別にどの花でもいいって思ってたでしょ。でも、私がいっつもバラを買ってくるから、申し訳ないなーって顔するのが可愛くて。ついついいつもバラにしちゃってた」
 開いた口が塞がらないとはこのことか。いや、咄嗟に言ってしまったでまかせと、その後もらうたびに感情を隠せていなかったのがそもそもの原因だろうけど。
「ごめんね、でもいつも喜んでくれてありがとう。また次も……バラがいい?それとも違う花にする?」
 居た堪れなさと、恥ずかしさとでバラの花束に顔を埋める。だってさぁ、申し訳ない顔が可愛いってどんなよ?ほんと、申し訳ないけど、でも嬉しいんだよ。キミが選んでくれるならなんだっていい、と口をついて出かけたけれど、でもそれは今求められてる答えじゃないし、言いたい答えじゃない。
「……次も、バラがいい」
 キミからのバラは特別なもの。
 こんなにもドキドキさせられて、まさにロマンチックを味わった今日を忘れないためにも。
 また、何度でも、バラをくれる?
 そう返事をしたら、満面の笑みで、もちろんって返ってきた。


 本日は「ロマンスの日」だそうです。日本記念日協会様より。

 文中では性別をあまり感じさせないように書いたつもりです。どちらがどちらの性別でもいいだろうし、どんなパターンもありえるしあってほしいと思いましたので。
 ロマンティックなお話ってどんなだろうと思い、王道は花束でしょ!と。花束ってなかなかもらう機会はないですよね。何かの記念日が多いでしょうか。でも実際に貰う側となると、いつ貰っても嬉しいものではないですか?戸惑いはするかもしれないけれど、でもキレイなお花たちをみると、自然と顔は綻ぶでしょうし、なによりそれをくれた相手の思いが嬉しいものですよね。
 母の日も終わり、父の日も終わったので、あとは各々の誕生日やカップル毎の記念日が贈り物の日の定番になってくると思います。が、時には何もない日でも、小さな花束をそれこそ500円のワンコインだって、花屋さんで軽くまとめてもらう事もできるでしょうから、大切な人へ贈ってみてはいかがでしょう?きっと喜んでもらえると思いますよ。

いいなと思ったら応援しよう!

ぺん
小説を書く力になります、ありがとうございます!トイ達を気に入ってくださると嬉しいです✨