【短編小説】バザーの日/恋人の日
良く晴れた…とまではいかないものの、曇ったり太陽が出たりしてそれなりに暑い天気になった今日。目の前に広げられた細々した物品たちを物色する人々の瞳はキラキラだったりワクワクだったり、総じて楽しそうに見える。
「これ、未使用ですか?」
左前に座り込んで見ていたお母さんが、キャラクターもののお弁当箱を指さして聞いてきた。
「あ、そうです。その辺に置いてあるやつは基本未使用品です。UFOキャッチャーで取ったはいいけど使う事がなくって」
なるほど、と呟きながらうんうんと頷く様子を見せたお母さんは、指さしたお弁当箱とその近くにあったプラスチック製のボトルを手にしてこちらに差し出した。
「これお願いします」
「はーい、二つで600円です」
ビニール袋をガサガサと広げようとしたらお母さんはマイバッグを振って見せてくれたので、助かりますと言いつつ笑顔を見せる。客商売は笑顔がなんぼだ。不愛想でも熟れるかもしれないけれど、愛想がいいに越したことはない。余計なトラブルも呼びにくいし、お互いに気持ちよく終われる事の方が格段に多い。
ややあって差し出された小銭を受け取り、もう一度ありがとうございました!と高めで元気よく聞こえる、少し通る声を意識して出してお礼を言ってお母さんを見送った。バザー開始から30分てところ、今のお母さんで5組目。ぼちぼちの売れ行きかな。
「ね、その声どっから出てんの?」
隣に座る友人がぼそりと呟くように聞いてきた。
「そんなもん、この喉からにきまってんでしょ」
先ほどとは打って変わって、低い男性かと間違われるような声で返す。こちらが私の、いわゆる地声だ。
「めっちゃ変わるじゃん」
「キミに可愛い声使ってもねぇ」
「違いない」
並んで座る二人でぶつくさ言っている間にも、お客さんはやってくるから、要らない会話は手短に終わらせた。あんまりこっちで喋ってると印象が良くない。それにあれこれ物色する手元を一応軽くチェックしておかないと。バザーは手癖悪いのがたまにいるからね、気を付けておくのは大切。
たまに、これとこれ買うから100円まけてと値段交渉されたりしながら、ええーお客さんまだバザー始まったばっかりですよ?まけるのはもっと後にしたいなー。なんて軽口を返して、お互いに様子を窺ったり。
お客さんとの近い距離を楽しみながら、家にあった未使用品や、何度か使ったけどまだまだ綺麗で使えそうだったモノたちを手早く売りさばいていく。いい天気だからか人出がそれなりにあって、お客さんがひっきりなしだ。チラと隣を見るとそちらも何人ものお客さんを相手していて、今日来てもらって良かったとホッとした。
同じ学部で、最初に隣に座ったことからたまに挨拶するようになって。いつだかの講義の時間、そこそこに埋まった教室のなか、隣良い?どぞー、と座った時だった。たまたま持ってたシャーペンに書かれてたタイトルが、よく見知ったどころか私の好きなアニメだったことで私が食いついて学食で昼をおごるついでに喋り倒し、呆気にとられた表情を見てやっちまったと思ったのもつかの間。
『俺はユリ推しなんだけど、そっちは?』
と引くでもなく食い気味でもなく、ノーマルに話の続きを乞われたのはあれが初めてだった。
まぁ、そっからずっと話すようになって、わりとつるむことも増えて。こういう、緊急時に人手がほしいからお願い!と頼めるくらいには仲良くなった、と思ってる。
性別が違うことはあんまり意識してなかったけど、今日、隣にいてもらってる事で恩恵がかなりあるから、そういう場面に遭遇すると、ああ、ちゃんと男の人なんだなぁってたまに意識してしまう。
女性の店番だけだと、結構ね、酷い態度とってくるお客がいるんだ。でも、今日はそれがまだ一回もない。別にあしらえない訳じゃない、それでもトラブルは無い方がいいし、悔しいけど男性のありがたみを感じて、それでさっきのホッでもあった訳。
そんな色々を考えてる余裕は、すぐにまたひっきりなしにやってくるお客さんの相手をするうちにどこかに消えてった。
「今日はありがとね」
「どういたしまして。なんだかんだ楽しかったし」
「それは良かった。お礼は夕飯でいいんだっけ?」
「んー、それさ、希望って聞いてもらえる感じ?」
「何、デザートも食べたいとか?ファミレスいく?」
「いや、そうじゃない、んだけど」
「なにさ妙に歯切れ悪いな。どっちにしろこの荷物を家に置いてきてからになるけど、希望は早めによろしく」
「あー……のさ、晩飯、俺が作るって言ったら?」
「……は?」
「料理は趣味だって前言ったろ?」
「言ってたね、写真も見せてもらったことある」
「だから、さ、今日、結構人多かったし、天気も良かったし、疲れてるだろうから、どっちかの家で……ってか、そっちの家で、俺が作らせてもらってもいいなら、……って思って……」
「や、あの、いちおう、私にも、危機管理能力は備わってるのですよ」
「ちが、いや、ちがわないんだけど、それはそう、ってか、それは持ってて。それに気にしてるような事は何もしないからってそうじゃなくて、そうなんだけどさ……あの、」
「何?」
「……はぁ……お互いの家に遊びにいける理由が欲しいなぁ、と」
「うん?」
「あー…………ハァ。好きでもない相手に、丸一日店番付き合ってほしいなんて言われても、俺イヤだって断るんだよ」
「……あー、ウン、そっか」
「で?」
「……今日さぁ、声、どっからだしてんのって聞かれたじゃん。割と結構仲良くて気を許してる相手じゃないと、地声で話す事って無いんだよね」
「……うん、そっか」
「夕飯、頼んで、い?」
「……おっけ。着いたら冷蔵庫の見して」
「ん」
まだ外の通りで、すぐそこに知らない人がいるから、言わない。
帰ったら、聞かせてほしい。
きっと二人とも頬は赤い。でも、夕焼けがきっと隠してくれてる。
出来立ての恋人は、何を作ってくれるんだろう。冷蔵庫の中は、一応野菜とかあったはず。
売れ残った少しの荷物を背負って、気恥ずかしさを胸に抱えて、でも平静を装って並んで歩く二人は、さっきまでと変わらなく見えるはず。
手は、埋まってるからまた今度。そうだなぁ、次はバザーじゃなくて、共通の趣味のイベントに行くのもいいかもね。
でも、バザーがあるときもやっぱり彼に頼もう。
隣に並んでいるのが、心地よい時間だったと言ったら、きっと彼もわかると言ってくれるに違いない。
本日は「バザーの日」と「恋人の日」だそうです。今日はこちら「今日は何の日~毎日が記念日~」さまより。
複数絡めるとどうしても長くなりがちですね。そして恋愛小説大好きな私なので、恋愛にしがちですが、まぁ、テーマがテーマですからね!
バザーの売り子になった事はないので、かなり想像のみになりますが、まぁ、女性店主だけだと強い態度でやってくるお客さんは居そうだなぁって…思いまして。男性の目があるって、かなり抑止力になるんですよね。こういう時、女性であるという性差にちょっぴり悲しくなるので、そこを出しつつ、のお話でした。