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【短編小説】和菓子の日
ガラスケースの中に並ぶのは華やかだけれどどこか落ち着いた気品を見せる彩りだ。店内も並ぶ菓子の雰囲気に合わせてか、落ち着いた色合いと昔ながらの和を思わせるインテリアでまとめられている。
「おひとつからでもお包みしますので、遠慮なく仰ってください」
着物を着た、これまた落ち着いた声のお姉さんがにこやかな笑顔でそっと助言をくれる。ありがとうございますと返しつつ、いや1個じゃすまないから大丈夫ですと心の中で突っ込みつつ、ガラスケースの中に視線を戻した。
居並ぶどのお菓子たちも、その造形の見事さに感嘆の溜息しかでなくて、正直どれを選ぶかで迷いまくってしまって、とても一つには絞れない。
餡を丸めてから様々な色で形作られた練り切りも、まん丸の見た目と中身のもっちりさに引かれるかるかんやお饅頭も、すっと綺麗な直線を描く羊羹も、ぷるぷるのわらび餅も、その他のおかきやおせんべいにだって惹かれて仕方がない。
どれにしよう、どうしよう、という気持ちが店員さんにも伝わったのか、店員さんの笑顔が深まった気がした。
「お時間に余裕があるのでしたら、いくらでも待ちますので、どうぞご納得いただけるものをお選びください」
あああ、すいません、ほんと優柔不断で全然決められなくって。
お菓子は何でも好きで、洋菓子も和菓子もこだわりなく好きなので、家の近くのお菓子屋さんは全て網羅していて、週替わりで通っている。
今日来たこの和菓子屋さんも、何度も通っていて、もう店員さんとも顔見知りと言っていい。多少だけある好み(どちらかといえば最中よりも練り切りが好き)も知られていて、今日はどれにするのかな?という雰囲気で待たれてしまっている。
「あの、じゃあ、えと……この、季節の練り切りとかのこを一つずつと、あと、おかきを一袋下さい」
「はい、ありがとうございます。少々お待ちください」
承諾の意を示した店員さんの笑顔が一際うれしそうに見えたのは、季節の練り切りをお願いしたからかな。確か、季節ものは店の皆でアイデアを出し合うって前に聞いた気がする。紫陽花の花らしく、細かな四つ花弁の花が丸い表面にデザインされていて、職人さんの記述はすごいなぁとまた溜息が漏れた。
お待たせいたしました、と持ってきてくれた紙袋には、いつもありがとうございますと書かれたシールが貼られている。そのシールに、いつもとは違う、ちょこんと紫陽花の花のイラストが描かれていた。気が付いた瞬間に、バッと店員さんの顔を凝視しちゃったけど、ごめん。だってこんなの見ちゃう。そしたら店員さんはシーってちっちゃく人差し指を口元にあてて、いたずらっ子みたいな顔をしてた。
にまって自分の口元が緩んじゃうのがわかる。大好きなお菓子にオマケがついて、もっともっと嬉しくなっちゃう。いいのかな、嬉しい。商品のおまけとかじゃないから大丈夫なのかな。
「是非またいらしてください」
と笑顔で手渡されたから、思ってたよりも勢いよく
「また来ます!」
と大きな声で言ってしまった。そうしたら、レジカウンターの奥の窓から見える向こう側にいる職人さん達にも聞こえたみたいで、
「ありがとうございます!」
って笑いながら言う太い声が重なって聞こえてきた。うわぁ恥ずかしい。多分いま、真っ赤な顔になってる。でもだってここの和菓子はほんとにお気に入りだから、他のお店より来る日が多いんだ。
「あの、あ、っと、それじゃ」
逃げるようにして出てきちゃったけど、店員さんのありがとうございましたーって声が背中にかけられた。
今度、来た時に、お菓子の感想を伝えよう。美味しかったですって。
さっき、入口ドアのところに、店員募集の張り紙があった、よね。応募したら毎日あの素敵な空間に居られるかもしれない?もちろん仕事だから大変だろうし、思ってなかったこともあるかもしれないけど。でも、応募してみてもいいのかな。
季節の商品で、こんなのあったらいいな、と以前に思った案がふわり頭をよぎる。全然やったことない接客のお仕事だけど、チャレンジしてみるのもアリかもしれない。やってみなきゃわからない、よね?
手に持った紙袋をじっと見つめて、よし!と気合を入れる。これを食べて、元気をチャージしたら、履歴書を書いてバイトに応募してみよう。
店を出た時は恥ずかしさで早足だったけど、今走ってるのは高揚感から。
この後自分を待っているきっと楽しいだろう時間に思いを馳せた。
本日は「和菓子の日」だそうです。今日は何の日~毎日が記念日~様より。
あまりにも普通の、ただ和菓子を買いに行くワンシーンになってしまいました。わくわくする感覚を書きたいと思ったんですけど、難しいですね。
和菓子は少し重たいというか、餡やまんじゅうの感じからずっしりどっしりしたイメージがあるので、若い人たちにはあまり好まれないのかなぁと。私自身は練り切りが見た目も味も大好きなので、お店で売られているとついつい足がとまり、見入ってしまいます。そうですね…落雁などの干菓子は少し苦手かもしれません。水分必須。お茶のお供と考えればよいんですよね。書くために調べていたら食べたくなってしまいました。あとで買いに行こうっと。
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