【連載小説】8話目 この子が、いたからじゃ、ないので
スッ……と音もなく閉じられた店へと通じる扉、しかしそのあとに彩矢達が着替えるのに使用している小部屋へバタバタと忙しない足音を立てて向かった彩矢は、今度は遠慮なくバタン!と大きな音をたてて閉める。そしてそのままドアに背を預けてずるずると崩れ落ちた。かろうじて向こうの扉は静かにできたので、それで許してほしい。
心の中は叫び声を上げたい気持ちで一杯だ。
っなんで?やだ、まって、どういうこと??なにあれ、何してたの?
いつも?いつもってどういう事?
えっ、だって、あの子達……明らかにイチャイチャしてた、よね???
「~~~~~~っ!?」
どんどん赤くなっていく頬と、恥ずかしさで声にならない音が生まれる喉。扉に背を預けたまま座り込んだ彩矢は両手で顔を覆って自らのトイの行動の恥ずかしさに悶えていた。
実をいえば、あのような行動をするトイは、成人の儀があった日以降、街で何度か見かけていた。
それは、所謂、恋人達だろう主人の傍にいたトイ達だ。
ご主人であるカップルが手をつないで仲良く歩く傍を、やはり手を繋ぎ、頬をすり合わせてついていくトイという光景を、この何日もで何件も目撃してきた。
少しそっけない様に見えるただ並んで歩く二人であっても、トイ達はにこにこしながら手を繋いでる、なんてザラにあった。
なるほど、トイが見えるようになると、それぞれの人間関係を隠すのは難しいんだな、とそんなところからもトイの影響とか人間関係について学んだ彩矢だったのだけれど。
まさか自分のトイが、その恋人達のトイと同じような行動をしてるなんて、思わないでしょう!
真っ赤になって両手で顔を覆ったまま、勢いよくブンブンと頭を左右に振って、今しがた見てしまったトイの行動をかき消そうと努める。
けれど、必死になればなるほど、鮮明に瞼の裏に描かれるのは、仲良さそうに嬉しそうに笑う自分のトイと……彼のトイと、そしてその様子をやはり嬉しそうに見つめる、彼の表情だった。
そして、気が付く。
いつも、って事は、前々から、私が見えてない時もこんな感じだったわけで。という事は、以前の、彼がよく笑いかけてくれていたのは、あの子達の反応が見えてたから……?
でも、その後そっけなくなってた。
あれ……待って。そっけなくされる前、何かがあった気がする。
店長と美弥子に彼と付き合わないのかと聞かれた日。
あの日はまだ、トイが見えてなくて、二人が何のことを言っているのかさっぱり分からなかったけれど。
今なら、わかる。
トイ達があんなに楽しそうに嬉しそうにじゃれているのだから、相性はよいはずだろうし、お付き合いするのも秒読みじゃないのかと思われていた。
という事なんじゃ、ないだろうか。
……もうやだぁ。昼の時間店(むこう)に行きたくない……!
彩矢は、思い至った考えにまたしても頬の熱が上がっていくのを感じて、やり場のない恥ずかしさにその場でじたばたと唸るしか出来ないのだった。
一方、その頃、店の中はというと、ほのぼのとした暖かい空気が流れていた。
「彩矢ちゃんったらもう。お客さんほっぽっちゃだめじゃない。」
「可愛いじゃないか、ありゃ照れてるんじゃろうて。美弥子ちゃん。」
「そうですねぇー、だからってからかっちゃだめよ?田中さん。それにしても初々しいなぁ。ね、星野さん。」
田中と呼ばれた常連のおっちゃんを体よくあしらいながら、美弥子は眼鏡の青年へ声をかけた。星野、と呼ばれた青年、星野優斗(ほしのゆうと)は、自分の目の前で未だ楽しそうにじゃれる彩矢のトイと自分のトイを見て、苦笑するしかできない。
「はは……なんというか、今更ですけど、やっぱり彼女の反応を見てからこの子達を見ると……恥ずかしい、ですね。」
飽きずにじゃれるトイ達の頭を撫でながら、他の常連達に返事をする優斗は、少しだけ赤い頬を反対の指先でぽりぽりとかいている。
「ほんと、今更よねぇ。ごめんなさいね、私達も彩矢ちゃんがまだだったって知らなかったから。」
「いえ、教えてもらえて良かったです。それに……もう、見えてるなら、これから、なので。」
「ふふ、そうね。これから。うちの子を泣かせたら承知しませんから。よろしくお願いしますね?」
「肝に命じます。あ、注文はいつもの……」
「ブレンドに、BLTサンド、ですね。店長~!」
美弥子がカウンターへ向かって声をかけると、聞こえているというように、店長が手をあげる。
一緒にカウンターへ視線を送った優斗は、店長の眼差しに先ほど美弥子から言われた、彩矢を泣かすなという気配を感じて、苦笑しながらぺこりと軽く頭を下げる。小さくがんばりますと、呟きながら。それを見た店長はやはりひとつ軽くうなずいて、手元の調理にとりかかったのだった。
そして、ひとまず、ほうっと息をついた優斗は、嬉しそうに微笑んだ。
優斗はこの店に通うようになって、およそ半年ほどだった。会社にほどほど近くて、それなりに距離があるこの喫茶店は同僚の姿があまりないので、息抜きに丁度良かった。
まさにひといきつける、そんな場所だなと思い気に入ったのだ。
何の気なしにふらりと入った半年前。店の雰囲気は少しレトロで、席数もそんなに多くなく、客層も自分より年上の人達がいて、とても落ち着く。ただ、見下ろした手元のメニューの少なさに、最初は失敗したかなと思った。けれど、注文して一口飲んだブレンドの味と、出てきたサンドのボリュームに驚いたし、よく食べる自分でも十分満足できる量だったので、それからはかなりひいきにして通っている。
ゆったりとした店内と、大人な店長、少し世話焼き風な同じ年代の美弥子と、ご近所の常連さん。大体顔ぶれは同じだから、自分が入って少し空気をかえやしないかと思ったけれど、良いように受け入れられて、ここで過ごす昼は大切な時間になった。
そんな喫茶ひといきに、約一か月前に現れた新人バイトの女の子。
慣れないながらも一生懸命働く姿はとても好感が持てた。落ち着いたブラウンの髪をポニーテールに纏めているから、彼女が店内を歩く度にゆれる毛先が視線の端でちらちらと存在を主張する。
それに、決め手は、なんといっても彼女のトイだった。
彼女のバイト初日、ご主人である彼女は慣れない店内に四苦八苦して、一生懸命になっていたけれど、トイはというと同じ慣れないにしても店内の雰囲気を楽しんでいるようだった。
ふわりふわりとさして広くない店内をあっちへ飛びこっちへ飛び。常連のご年配の人達のテーブルへ降り立ってそちらのトイとにこやかに手を振り、おば様達のテーブルへ行っては頭を撫でられて可愛がられていた。トイ自体は確かに人懐こい場合が多いけれど、彼女のトイはそれにプラスして親しみをもちやすい子らしかった。つまりは、ご主人である彼女も、きっと親しみやすい子なんだろう。
そんな風に彼女とトイを交互に見て口元に笑みを浮かべていた時だった。
優斗のテーブルにも彼女のトイが遊びに来たのだ。
自分のトイと目が合い、おそらくこっちがニコリとでも笑いかけたんだろう。こいつ愛想だけはいいからなぁ。彼女のトイはぽっと頬を染め、しかし止まることなく優斗のトイの目の前にちょこんと座って、ぺこりとお辞儀をしてみせた。
それだけなら可愛い一幕だったんだ。
こいつが、その後、目の前の可愛いトイをぎゅうっと抱きしめたりするから。
一部のテーブルから「あらあら……」「やるなぁ、にーちゃん」なんて聞こえてきて、どうにも顔をあげていられなくなったのが分かってもらえるだろうか。
トイは自分の分身のようなもの。
自分のトイが、彼女のトイを気に入ったし、彼女のトイも少なからず悪い気はしてないらしい。
ということは、だ。
自分と彼女はきっと相性が悪くない、いや、良い方なんだろうと思う。
てゆーか、これもう、他にどういう選択肢があるってんだ……。
無邪気に彼女のトイを抱きしめ、嬉しいといわんばかりの笑顔で撫でくりまわす自分のトイの頭を小突いて、優斗はこの時から、どうやって彼女に声をかけようか考え始めたのだった。
その次に彩矢に会えた日から、優斗は早速行動を開始した。
接客業でバイトしてるんだし、彼女は成人してるはず。ならば自分のトイが何をしてるかわかってる筈だ。そのうえで、あんなに冷静に接客ができるって事は随分メンタルが強いんだなぁ、と思いながら努めて笑顔を心掛けた。そして、指先でトイ達を示唆しつつ、なるべく柔らかく印象良く聞こえるように声をかけたのだ。
「こんにちは。」
「あっ、はい、え、っとご注文お決まりですか?」
目が合ったから、これで通じるかなと思ったのに、彼女はかなり真面目らしい。バイト中だからあんまり世間話はしないようにしてたりするんだろうか。
そう思うも、一生懸命な受け答えをする様が初々しくて、まぁいいかと思ってしまった。
ここでおかしいと思うべきだったのに。それでも些細な違和感をスルーしてしまうほど、自分はやはりかなり浮かれていたのだろう。彼女がバイトに慣れるまでは待った方がいいのかもしれないと思った程度だった。
「BLTサンドと、特製ブレンドをお願いします。」
少しでも彼女の目に映る自分をかっこよく見せたい、と思うのはある程度普通の感情だよな?と思いながら、若干いつもより低めの声を出したのは許してほしい。
「BLTとブレンドですね、少々お待ちください。」
ニコッとはにかんだ笑顔が可愛くて、つられてこちらも顔が緩んだ。
しばらく待ってから、持ってきてくれた時も、やはり職務に真面目で。
「お待たせしました、BLTサンド一つと特製ブレンドコーヒーになります」
「ありがとう」
そんなただの店員と客のやりとりだけど、無事運んできた事にほっとした顔をするから、いちいち可愛くて仕方がない。
ああ、可愛いなぁ。
目の前でじゃれつくトイ達のように、自分もいつか彼女を撫でたりできるだろうか。
そんな風に想いを馳せつつ、彼女がバイトで来ている日を楽しんでいたのだけれど。
ある時優斗は、事はそう簡単にはいかないのだと知った。それは彼女がバイトを始めて2週間程過ぎた月曜の昼だったか。
優斗はいつも通りランチを過ごすために喫茶ひといきへやってきた。
「ああ、いらっしゃいませ。どうぞお好きなお席へ。」
迎えてくれたのは店長さんで、今日は居ないんだな、と少しだけ寂しさを覚える。いやいや、まだ初めて会ってから2週間だし、そのうちの何日かしか顔を見てないのに、寂しいってどんだけだよ、と自らに突っ込んでしまった。それくらいには、優斗は彩矢を気に入って……いや、もう、好きになってる、んだろうなと、冷静なんだかそうではなく浮かれてるだけなのかわからない自分に苦笑する。
いつもの窓際の二人がけの席が空いてるのを確認して、腰を下ろした。優斗はここから窓の外をぼんやり見ながら過ごすのが好きだったはずなのに、いつの間にか店内をぐるりと見まわすクセがついてしまった。もちろん、彼女がくるくると動き回る様を見たいからだ。そんなところまで影響されてるなんてな、とまた笑っていたら、前からいた店員、美弥子さんがやってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「ああ、えっといつものBLTサンドとブレンドを。」
「BLTとブレンドですね。店長~!」
お姉さんな雰囲気のある美弥子さんは、とても俺と同い年に見えない人だ(いい意味で)。いつも口元の笑みを絶やさない美弥子さん。だけど、今日はちょっと雰囲気が違う。
おや、とその段になって気が付いた。
けど、そんなの俺の見間違いかもしれないし、すぐに踵を返してカウンターの中へ行った美弥子さんにわざわざ声をかけるのも憚られて、俺は大人しく注文したランチが来るのを待った。
でも、やっぱり、雰囲気が違った原因が、あって。
それはすぐに知ることになった。
「はい、お待ちどおさま。BLTとブレンドね。」
珍しく店長自ら運んできてくれたランチは、いつも通りのボリュームといつも通りの香ばしい湯気を立てている。
一つ頷いてから、目の前に置かれたそれに手を伸ばして持ち上げたら、空いてる向かいの席に店長がすっと座ってこっちを見ていた。
ぐあ、と大きな口を開けて食べようとしてたので、同性とはいえ、ちょっと決まりが悪い。
「ああ、ごめんよ。食べて食べて。君の食べっぷりは気持ちよくて、こっちとしても嬉しいから。」
「はぁ……じゃあ、いただきます。」
気にした様子もなく、その場から動こうとする気配も無い事から、優斗は促された通り食べることにした。美味しいと分かっているランチを目の前にして空腹具合も限界だったし。
がぶり、と遠慮なく噛みついて、しっかり味わう。トマトもレタスも新鮮で甘味もシャキシャキ感もばっちりだし、ベーコンの塩気も絶妙。パンは朝いちばんの焼きたてを買ってきて、店内で仕上げてるというだけあって、もっちりカリカリ。ああ、やっぱ美味いなと満足して平らげた。
その様子を余すところなく見ていた店長は、食後の珈琲を啜り始めたところで口を開いた。
「優斗君、だっけ、いつもウチの店をひいきにしてくれてありがとうね。今日も良い食べっぷりだったよ。」
「ああ、いえ、そんなお礼を言われる事じゃないですよ。ここのランチが美味いから通ってるので。」
「はは、ありがとう。……最近は、それに加えて、もう一つ、理由があったりする、よね?」
げっほげっほげっほと咳き込んでしまった自分を誰が責められよう。
「っは、えほっ!な、いや、あの……いや、うん、まぁわかり、ますよね……」
ちょこんと座る自分のトイをつんとつついて、示唆する。向かいに座る店長は苦笑しながら頷いた。
「まぁ、この子達を見てれば、ね。……それについてなんだけど……。」
やはりというか、まぁ、トイ達の反応を見ていればわかるだろうと思っていたので、店長が優斗のトイを撫でた事に苦笑を返すしかない。しかし、そのあと、続きを言い淀む姿が妙に引っかかった。
喫茶ひといきの店長はどんな時だって愛想がよくて、歯切れよく話す人だったはず。何か言いにくい事が……まさか彼女に手を出すなとか?いやでもこの人には美弥子さんがいるんじゃ、ああでも付き合ってるとは聞いてないな。何を言われるかわからなくて頓珍漢な事を考えた優斗に、店長はふうと重たげな溜息を吐き出してある事情を告げた。
「彼女、新しいバイトの子、彩矢ちゃんって言うんだけどね、実は……まだ成人してないらしいんだ。」
「……………………はい?」
今、なんて言った?
接客業は成人してから。それはこの世界の不文律であり、常識だ。
つまり、接客のバイトをしてる彼女は成人しているものだと、思っていたのに。
「…………まだ?……ってことは、こいつら……?」
恐る恐る指さした、テーブルの上に座るトイ。その様子を見た店長は、ひとつコクリと頷いて言った。
「ああ、彼女には、彩矢ちゃんには、見えてないんだ。すまない!きちんと彼女の誕生日を把握していなかったこちらの落ち度だ。」
がばり、とテーブルに身を乗り出すように両手をついて、頭を下げた店長さんを呆然と見つつ、優斗は頭の中を整理しようとがんばった。
えー、っと……?
彩矢ちゃん、ていうんだあの子。名前を知れたのは単純に嬉しい。
いや、今はそこじゃない。
俺のトイと彼女のトイが仲良さげに遊んでいる事を知らない。
という事は、きっと俺たちは相性がいいんだという事が分からなくて。
俺が彼女に笑いかけていた理由も、わからなくて。
意識して笑いかけて、手を振ったりもした覚えがあるけど、それもそういえば、苦笑しながらぺこりと頭を下げられただけだった。
出来ればお付き合いしたいなぁなんて思ってた事ももちろん察してなんていなくて?
仕事に真面目だから、トイがあんな風にいちゃいちゃしてても冷静でいられるのかな、なんて思ったのも、そりゃ見えてなけりゃ普通に相手する訳で。
……俺、かなりナンパなやつに見えてたかもしれない、ってこと、か?
「ただ、どうやら今月末が誕生日らしくて、一週間後に成人の儀があるらしい。だから、それ以降なら大丈夫なはずだ。絶対に期日に受けるように、俺と美弥子ちゃんでようく言っておいたから間違いない。」
合点が、いった。
「……顔、あげてください。」
はは……と軽い笑いを吐き出しながら、優斗は背もたれに体を預け、店長に声をかける。
「わかりました……。そっか、見えてない、のかぁ……。んじゃ、成人するまで……一週間、でしたっけ……何もせずに待った方がいいんですね」
「本当にすまない……今月が誕生日だって聞いてたから、バイトをオッケーしたんだけど、月末だったって事も、こんなに早く相性の良い相手が見つかっちゃった事も、想定外でね……」
そりゃそうだろう。俺だってびっくりしてる。
自分のトイが、こんなにも猫かわいがりする相手(トイ)がいた事に。
優斗のトイは、彩矢がいる日に来ると、あちらが気付いていないと自ら飛んで行って手をつなぎ、その頬にちぅと唇をつける。そして頭を撫で、ぎゅうと抱きついて、優斗が座るテーブルへと連れてくるのだ。向こうも気が付いていれば、すぐに飛んできて、やっぱり優斗の目の前で抱き合いじゃれ合って、そりゃもう目の毒になるほどイチャイチャしていた。
これを見た優斗に彩矢を意識するなという方が無理がある程に。
なのに、彼女は、随分と冷静でいられるんだな、と少し悲しくなってもいたのだけれど。
そっか、見えてなかったのか……。
優斗は知らず詰めていた息を吐き出して、店長へ告げた。
「……ん、了解です。彼女、見えるようになるまで、ちょっと大人しくしてます。教えてくださって、ありがとうございます。」
溜息をついても、現状は変わらない。見えて、わかっているのは自分だけなのだと、浮かれた頭を冷やす必要があると、自分に言い聞かせる。
「今日は、代金は無しでいいよ。俺からのお詫びだと思ってほしい。」
「いや、それは…………じゃあ、はい、遠慮なく。」
店長の申し出に、優斗は言い淀む。けれど、彼としても、何かをせねば気が済まないという所なんだろうとわかって、ありがたく受け取ることにした。
「安い詫びですまない、ああ、そうだついでにケーキも食べて行って。嫌いじゃなかったよね?」
「あ、はい、好きです、けど。……いいんです?」
「勿論。美弥子ちゃん、ガトーショコラ出してあげて!」
店長がカウンターで心配そうにこちらを見ていた美弥子に声をかけ、ほどなくして優斗の前に綺麗に盛られたガトーショコラが運ばれた。
「それじゃ、遠慮なく食べてって。これからもよろしくね。」
「はい……ありがとうございます。」
最後にもう一度、軽く頭を下げてからカウンターへと戻った店長を見送って、優斗はテーブルの上に置かれたケーキにフォークを向け食べ始めた。
いつもならたまのご褒美にと幸せな気持ちで食べるそれを、少し重い溜息を一緒に飲み込むように。
……一週間、大人しくしなきゃな。
優斗は、それからの一週間、ずっと通っていたのにいきなり通わなくなるという選択肢も無かったし、出来れば少しでも彼女に会いたかったので、代わりに自らの行動を抑える事にしたのだった。