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【連載小説】この子が、いたからじゃ、ないので 3話

「えー、それでは、これから本年度6月後半の成人式を始めたいと思います。私、本日の進行役を務めさせていただきます、小林と申します。よろしくお願いいたします。こちらにお集まりの皆様は、ほぼ全員6月の中旬から30日までの間にお誕生日を迎える方で間違いありませんね?前半の方で日程が合わず今回参加されている方もいらっしゃると思いますが、7月以降にお生まれの方はいらっしゃらない、ということでよろしいでしょうか?」


 市役所職員であろう、小林と名乗った人物が、定型の挨拶と共に、今日ここに集まった参加者の誕生日の確認を口にした。そんなに厳格にしなきゃいけないのかな。少しくらい前後したって別に変わらないんじゃ?と思ったけれど、そこは静かな室内だし、彩矢は口には出さずに心の中で一人ごちる。なんでもいいから、式が無事に終わればいいや。


「では、まずは市長ほか、議員の皆様より届いておりますご祝儀のメッセージを読み上げさせていただきます。『本日成人を迎える皆様大変おめでとうございます』……」


 お決まりの流れ、とでもいおうか、よくある式典の形式だなぁ、と彩矢の心は少しずつだれてきてしまう。人生の先輩方が揃って口を濁した成人式の中身は一体いつ始まるのだろう。まぁ、お役所仕事だしこういう形式っていうのも仕方ないんだろうけど。

 彩矢が小林さんが読み上げていく祝いのメッセージを右から左へと聞き流し、大人しく待つことおおよそ五分程だろうか。朗々とした声が止み、小林さんの横、入口付近に並んでいた何人かの職員が会議室の端へと移動し始めた。

 ようやっと、何か、が始まるらしい。彩矢の周りの人達も何事かと部屋を見まわして、ざわりと落ち着かない様子を見せ始めた。


「えー、では、これより、成人の儀に参りたいと思います。今部屋の四隅に移動しましたのは、市役所所属の術師であります。皆様術師については知っておりますね?軽い体調不良を治したり、市民の皆様のお悩みをお聞きする等の職務にあたっております。しかしながら、術師達にはもう一つ重大な職務内容がございます。これからそちらに関わる術を施させていただきます。」


 ざわざわと室内に響いていた喧噪が止み、小林さんの話に聞き入る新成人達。彩矢ももれなくその一人であり、今しがた聞いた内容に相槌をうちながらも、どんな術がかけられるのかと少々不安になった。

 他にも同じように不安に思った者がいたらしい。視界の端に挙手が見えて、小林さんが言葉を促した。

 指し示された、挙手した男の子はおずおずと口を開く。


「あの……、術師の方々のお役目は知ってたんですけど、もう一つっていうのは……?それに、俺、というか、ここにいる皆もだと思うんですけど、全く知らなかったんですけど、成人してる人はみんな知ってるって事ですか?それに、それって、あの、なんていうか……その術って、体になにか影響があったりとかは……?」


 うん、私も知りたい、というかここにいる全員の疑問点だろうな、という所を見事に具現化して聞いてくれてありがたいなぁと彩矢は思う。


「はい、それについて軽く説明させていただきます。まず、これから施す術については身体への影響は全くございませんのでご安心ください。また、この術については、成人した皆さんはすべからく全国民が知っています。また日本以外の諸外国でも同じように措置がとられています。疑問点は解決しましたでしょうか?」

「あ、ハイ……」


 なんというか、答え慣れているなと感じる程に定型文と化したような答えを小林さんが淡々と述べて、間違いなく彩矢が、ここにいる皆が聞きたかった情報なのだけれど、なんだか釈然としないまま、男の子は返事をして再び静かに座った。

 うん、と言うかのように一つ頷いた小林さんは、ざぁっと室内を見渡して他に質問が無い事を確認する。そして、先ほどまでよりも声高に宣言した。


「では、術式を開始致します。新成人の皆さまには目をつぶって頂けますでしょうか。はい、あとはそのまま座って待っているだけで大丈夫です。」



 空気が変わる瞬間、というのは誰しも一度くらいは経験があると思う。

 彩矢は今まさに、その空気が変わった瞬間を感じた。部屋の四方にいる術師が小さく唱える声と、それにしたがってざわりと落ち着かなかった室内が、ピンと張り詰めた空気で満たされた。

 その時、たまたま彩矢は、そういえば、どんな術がかけられるのか、内容を聞かなかったなぁ、なんてふと思ったのだったけれど、それこそ先に聞いておくべきだったのだと、この後に思い知ることとなる。


「さぁ、では皆さん、目を開けてください。」


 小林さんの声がかかり、瞑っていた目を開ける。時間にして、およそ4〜5分。あまり時間をかけずに終わったらしい術式は、彩矢としては正直にいって、何が起きたのかさっぱり実感が無かった。体のどこにも異変は感じられないし、術師の唱える声以外何も聞こえなかったので、何かが変わったという気配はまるでない。

 静かな室内で、ただ目を瞑っただけだ。

 と思っていた。

 

 目を開けて、目の前に浮かぶぬいぐるみに似た物体を見るまでは。


「……へぁ?」


 あまりにも間抜けな声しか出なかったけれど、他にリアクションできるなら教えてほしい。

 目の前に浮かぶぬいぐるみは一体なんだというのか。



 そうして、冒頭のシーンへと戻るのだった。





 ふわりふわりと浮いている小さなぬいぐるみ。


 第一印象はまさにぬいぐるみだった。子供の頃によく遊んだ8頭身のモデル体型のリリちゃん人形とは違って、ふわふわしている。そして全体に丸っこくて頭が大きい。サイズとしては大きめのマグカップ位のぬいぐるみのような二頭身。ひらひらした裾を持つワンピースを着ていて、着せ替え出来るのかな、なんて思ったりして。

 そしてどことなく自分に似ているような、でも、なんだか小さな子供みたいな見た目。

 そこまで思考が巡ったあとで、やっと彩矢の脳が働き出した。ふっと我に返ったのである。


「え…………?なに、コレ……?」


 今、その、『浮いているぬいぐるみ』が、彩矢の顔の目の前で、彩矢に向かって手を振っていた。

 あ、可愛い。なんて思ったのは少数派なのだろうか。


「なっ、ちょ、なによアンタ!」

「はぁっ?!な、何だこいつ……っ」


 同じ室内のアチラコチラからあがる様々な声。それらは多少の差はあれど、ほぼ全てが驚きを表すものばかり。見渡した室内には、やはりふわふわとした小さな生き物がそこにいる全員の顔の前に同じように浮かんでいた。

 その日、彩矢と同じ室内で成人を迎えた者たちは、程度の差こそあれ、皆一様に驚きに目を見開き、信じられないものを見ているとその顔と声が語っていた。

 それもまぁ、今の状況をみればしょうがないって。私だって、叫ばなかったけど、十分驚いてる。

 なんせ、幼い頃からとても大事だと言われ続けてきた成人の儀を、先輩たちにいくら聞いても、はぐらかして答えてもらえなかったその中身が判明すると楽しみ半分おっかなびっくり半分で受けに来た今日この日、ようやっと終えて目を開けたら……彼ら自身にそっくりなぬいぐるみのような生き物が、浮いていたのだから。



 驚きを通り越して、なんだか可愛いと思い、目の前のぬいぐるみに手を伸ばすと、小さな手が彩矢の指先にぺちんとハイタッチでもするかのように手を合わせてきた。

 驚くべきことに、つい5分前までは何もいなかったはずの、市役所職員達の肩や頭の上にも、同じようなぬいぐるみ達が見えるようになっていた。

 え、さっきはあんなの居なかったよね?

 そして、それらも、彩矢の前に浮かぶ子と同じように、それぞれの近くにいる人物をミニチュアにしたような見た目をしていた。男性の肩に乗る子は簡素なシャツにズボンをはいている男の子っぽい感じ。女性職員の頭の上に座っている子は、彩矢に似た子と同じふわりとしたワンピースを着て、楽しそうに脚をぶらぶらさせていた。


「えー、皆様、トイとのご挨拶は済まされましたでしょうか?これより、あなた方によく似たこの『トイ』について説明したいと思いますので、どうか落ち着いて頂ければと思います。」


 いやぁ、無理じゃないかな。なんて、まだまだ騒がしい室内にふうと溜息をついた彩矢は、トイと言う名前らしい、自分のミニチュアのお腹を人差し指で軽くつついて(くすくすとくすぐったそうに、楽しそうに笑っているから、可愛くてついついやってしまった)周囲の落ち着きを待つことにしたのだった。



小説を書く力になります、ありがとうございます!トイ達を気に入ってくださると嬉しいです✨