【ショートショート】江戸切子の日
とくとくと注ぎ入れられる透明な液体からは強い酒精の香り。とくとく、は言い過ぎかな。とく、位の、器に入れられたのは僅か1センチ足らずの水量。それだって十分にお酒を味わえる。
入れられた側の器は複雑な切れ目模様が入っていて、光や中の液体越しに見ると様々に輝く江戸切子のぐい呑み。青と透明でかざられたそれは、一目ぼれで買ったもの。ろくにアルコールが飲めない体質のくせして、どうしても欲しくなって値段を見ずに買った。
結果、毎日…は無理なので、週に2度位、ちゃんとお腹に何か食べ物をいれてから、ほんの僅か、日本酒をぺろりと舐める程度に楽しんでいる。
いいんだ、目的はこの綺麗なグラスを眺める事なんだから。
いや、もちろん日本酒も、こんなに美味しかったんだと改めて思ったのだけれど。それまで飲み会といえばビールやチューハイ、ハイボールばっかりで、それだって数を飲めるわけじゃないから1杯飲めばあとはジュースや烏龍茶になる。日本酒なんて味わう事もないと思ってた。
それが、今は瓶で買ってちびちびと。辛口とか甘口とか色々あるのを酒屋の店主から教わって、一つずつ試すために小さな瓶を買い漁った。キッチンの棚に大小ならぶ瓶はそれぞれ半分くらいになってきている。大分飲んだなぁ。それでも半年かかってるけど。
明かりに透かすようにして持ち上げて、切り模様の巧みさと優美な曲線に溜息を一つ。ゆっくり口元に引き寄せてから口に含んだ瞬間の水のような飲みやすさと、その後に来るのどを焼く熱さ。
そして訪れる満足感。
器がいいのか、中身がいいのか。
その両方なのかな。
一目ぼれした綺麗な器に口をつけ、中身をぺろりと舐める。
くふくふと零れる笑みを止めるものは誰も居ない。
本日は「江戸切子の日」だそうです。日本記念日協会様より。
様々な切れ目模様を繊細なガラスに施していくあの技術はとても素晴らしいですよね。かなりの職人技のようですし、憧れてもなかなか手を出せない、修行する場を見つけるのも大変そう、というイメージです。まず不器用な私には到底無理な気配もしますが。その分、職人さん達が作り上げる素晴らしい作品たちには敬意を払って、じっくりと愛でて楽しみたいなぁと思います。ただの器であり、中身がメインだという酒飲みの方もいるかもしれませんが、食の世界には目で味わう文化もありますよね。味しか気にしないのであれば、昨今の【映え】という流行りは無かったでしょうし。色鮮やかに、美しいもの達を愛でるのは人類の必然なのかなと。
いつか、作中のように一目ぼれしたものを一つ、手元に置いて愛でたいと思う物の一つです。