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人生はクソまみれだ。『シリアスマン』('09)、その物語の複雑な味わい
エー。仕事が納まったとか、年が明けたとかいうのはエビデンスのないSNS陰謀論ですので、皆さんはどうか冷静に…すみやかに帰宅して、2024年を続行してください。
☆☆☆
'90~'00年代育ちのディンゴはやっぱりコーエン兄弟とかタランティーノの映画が好きなんですが(※作家の人格の評価は別ですよ。特にタランティーノ)、コーエン兄弟の映画の中で一本、割と重要なタイトルが日本ではあんま快適に見られないんですよね。
『シリアスマン』('09)って作品なんですけど、これの映画は字幕も吹替も製作されているのに、日本で物理的なセルソフトになったことがない。現在も有料配信でのみ視聴可能。
むかしはAmazonだったかYouTubeだったかの有料配信でしか見られなかったような気がするんですが、このまえ朝倉海を見るため久しぶりにU-NEXTに加入したらこの『シリアスマン』もあったので、ひっさしぶりに見てしまいました。
以下、いつか見られなくなる日のために大まかなあらすじだけメモっておきま~す
☆☆☆
『シリアスマン』、お話の基本はWikiに書いてある通り。
舞台は'67年のミネアポリス郊外、セントルイスパーク。大学で物理学の教授を務めるラリー・ゴプニック(ユダヤ系)は、その働きぶりから生涯雇用のメが充分に出てきたまじめな男だった。だが彼のもとに次々と理不尽なトラブルが舞い込み、その生活をむしばんでいく。
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ふぞろいの林檎たち
まずラリーの無職の兄・アーサーはおそらく知的なハンディキャップを抱えており、現在は無職で、ラリーの家庭に寄生し家族から不興を買っている。
ユダヤ人学校に通う息子・ダニーはバル・ミツバ(※13歳で執り行うユダヤ人式の成人式)が近いのだが、一向に儀式についてマジメに学ぶ気配がない。また、マリファナに耽溺したすえにその支払いを滞らせ、売人との間にトラブルを抱え込む。
ダニーの姉・サラはアーサーのこともダニーのことも憎んでおり、またラリーに隠れて鼻を整形しようと手術費用を貯金している。
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隣家に住む白人のブラントは狩猟に打ち込む不穏な男で、ラリーは彼のことをユダヤ人差別主義者だとにらんでいる。このブラントは自宅とゴプニック家との境界を超えて芝を刈ってしまうが、悪びれもせず自分が正しいと強弁してやまない。
生徒のひとり・韓国系のクライブは、ラリーの授業で落第と判定されたことに抗議し、賄賂を用意して成績を改ざんするよう要求する。ラリーは何度もこの要求をはねつけるのだが、やがてクライブの父親まで自宅に押しかけ、やはり成績の改ざんを求めてくる。ラリーはオフィスに置いて行かれた賄賂を返そうとするのだが、親子はともに受け付けない。
こうしたさなか、妻・ジュディスは唐突にラリーへ離婚を切り出す。困惑するラリーに対し、ラリーの知人・サイとの再婚を考えていることを打ち明けるジュディス。
ジュディスの新たな恋人・サイはやけに堂々とラリーの前にその姿を現し、「みんなが幸せになるためには…」と屁理屈を弄してラリーをラリーが買った家(現在もモーゲージ債でローンを払っている)から追い出す。
サイとジュディスがラリーの家で新生活を始める一方、ラリーとアーサーは不自由なモーテル暮らしを強いられる。また、ラリーはジュディスに銀行口座の預金をすべて引き出され、ほとんど無一文となる。
しかし間もなく、サイが自動車事故で急死する。ジュディスの懇願により、サイの葬式の代金は、(生前のサイに、妻と家とを奪われたにも関わらず、)ラリーが支払うことになる。理不尽な展開に苦悩したラリーはラビ(ユダヤの聖職者)に相談するが、ラビは意味不明な寓話を披露し一人で悦に入る。このラビはサイの葬式で弔辞を読み、サイのことを「シリアスマン(まじめな男)」と評する。
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アーサーは、賭博や同性愛の罪('67年のことですので…)で、たびたび警察の世話になる。人生傷だらけのラリーだが、それ以上に傷だらけのアーサーからは「クソまみれの人生だ。お前には家族がいて、仕事がある。神はお前にすべてを与えたのに、おれには何もくれなかった」と強くなじられる。
一瞬の好転、そして
やがてダニーのバル・ミツバ当日。周囲の心配をよそにダニーは務めを果たし、ヘブライ語で書かれたユダヤ式の聖書(トーラー)を見事に朗読してみせる。
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ジュディスはラリーの隣に座り、「いろんなことがあったけど…」とこれまでの感慨を述べ、ゆるやかに二人の関係が修復していく予感を示す。
ある嵐の昼、ラリーのオフィス。どうやら大学の終身雇用の考査には合格したらしく、ラリーの人生にも好転のメが出てきた。しかしそんなラリーのもとに、法律相談料支払いの督促状が届く。
とても払えない金額を目の前にし、ラリーはクライブの賄賂のことを思い出す。甘んじて、クライブの賄賂を受け取ることに決めてしまったラリー。ラリーは成績表を改ざんし、クライブの評価を落第点のFから、Cマイナスへと書き換える。
すると、デスクの上の電話が鳴った。ラリーの馴染みの医者からで、健康診断の結果を今すぐ聞きに来いという。直接、対面して話す必要があると。
セントルイスパークの嵐は強まり、竜巻警報が出された。ダニーの学校の生徒たちも緊急避難に動くが、しかし竜巻は彼らの目の前で、まさに発生しつつあった。
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ゴプニック家に訪れる新しい破滅を予感させつつ、ジェファーソン・エアプレインの「あなただけを」('67)が大音量でかかり、エンドクレジットへ。
☆☆☆
…だからなんだよかもしれませんが、でもコーエン兄弟にそういうことを言う人間のほうが間違っていて、この理不尽な不幸の連鎖に、なにか連中の映画の妙味が詰まってる気がしなくもない。
クライマックス、これまでシリアスマンとして通してきた、シリアスマンでありたかったラリーが道を誤った途端、また音を立てるように新しい破滅が押し寄せてくるエンディングも実に印象深い。
ともかく、U-NEXTで配信中です。見るべし!
【追記】
コーエン兄弟作品の魅力とは
最初に自分なりの答えを言ってしまうと、
①人間観察の確かさ
②映像的ディテールへのこだわり
③こっちが深読みして遊べる、寓意
の3点に、大雑把には絞られるかと思っています。①というのは、要は「こんな人…いる!」「いそう!」というキャラクター造形の確かさですよね。実力派の俳優陣でキャストを固め、面白がって、どこかリアルな個性を持つ”市井の人々”を創造するじゃないですか。
②というのはまあ、見ていただけたらわかることですが。いつも衣装は凝ってるし、あとやたらビジュアルを作り込んだ時代劇を作りますね。時代劇、いいですね。一回り下の世代の映画監督でもウェス・アンダーソンなんかがそうだと思いますが、面白がって時代劇を作り込んでる人を見ると、こっちもそれだけで楽しくなってしまうという。ちなみにコーエン兄弟の'90~'00年代の作品の、それぞれの時代設定は以下の通り。
『ミラーズ・クロッシング』('90)→1929年
『バートン・フィンク』('91)→1941年
『未来は今』('94)→1958年
『ファーゴ』('96)→1987年
『ビッグ・リボウスキ』('98)→1991年
『オー・ブラザー!』('00)→1937年
『バーバー』('01)→1949年
『ディボース・ショウ』('03)→現代劇
『レディ・キラーズ』('04)→現代劇
『ノーカントリー』('07)→1980年
『バーン・アフター・リーディング』('08)→現代劇
『シリアスマン』('09)→1967年
※『ファーゴ』と『ビッグ・リボウスキ』もほぼ現代劇ですね。
③というのは、まあ『シリアスマン』は特に宗教的な暗示に満ちた映画なので説明の必要がないかもですね。個人的にわかりやすい気がするのは『バートン・フィンク』で、たとえばあの映画だと後半の展開はある殺人事件がキーになるのに、その詳細はついぞ明かされず終わりますよね。でも、それで過不足がないようにできていて、こっちがいろいろと想像を巡らせられることに愉悦があるというか、面白みがあるように感じています。
で、この①~③が何を構成していくのかというと、多くの場合は「身につまされる感じ」なんですよね。そう、コーエン兄弟作品の多くは身につまされ映画なんです。
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みんなもコーエン兄弟作品で、ガンガン身につまされよう!!