受け継ぐ魚
「どうしましょうね、これ」
みんなで水槽の前に集まった。主がいなくなり、がらんとした部屋の中で、そこだけがきらきらと輝いている。管から吐き出されて水面まで浮かんでいく細かい泡がカーテンを取られた部屋に差し込む光に反射する。その中をグッピーが泳いでいる。
「きれいなあ」
「持って帰る?」
「いやあ」
あはははは、と笑ってはみたものの、どうしたらいいのか誰も分かってはいなかった。どうしようもなさそうだった。
「お店に持って行くのがいいんじゃないですか」
「引き取ってくれるのかな」
「難しいような気がしますね」
「誰か、知り合いいない?」
「お店ですか?」
「水槽持ってる人でもいいんだけど」
「駅前の定食屋にありましたけど」
「頼んでみる? 今日初めて入りますけど魚入りません? て」
「やば」
みんながここを出る時にブレーカーは落としてしまうし、そうすると、グッピーとこの世界を繋いでいる泡も途切れるはずだった。
「犬とか猫ならわかるんだけど、魚はなあ…」
「と言うか、飼ってるの、知らなかった」
「知らなかったです」
餌にも種類があるらしい。振ってみるとまだだいぶ残っている音がする。試しに入れてみると口を開けて物憂げに食べる。
「あ、餌あげた。持って帰る?」
「いや、まさか。あんまり食べないし、元気じゃないのかも」
「それ、ここ入った時にあげたからかも知れません」
「なんだ、じゃあ、持って帰る?」
「そんなつもりじゃないです」
「じゃあ、もう、見なかったことにする?」
そうするしかないのかも知れない。泡が止まり、魚が死に…。
「いや、ここで、流してしまう」
まさか、というのがみんなの反応だった。
「でも、水をこのままにしておくことはできないし。となると、まず魚をどうにかしなきゃいけないけど、どうにもできないだろ? だとしたら」
「じゃあ、持って帰ろうかな」
「水槽は?」
「これは、入らないから…」
「帰りに買って帰る?」
「まず置き場所考えないと」
「それまでは? それまでにいる場所がいるのよ。ビニール袋じゃ無理だって」
そんなことはもちろんわかっているけれど。
「これ、卵じゃない?」
水草にふわふわと小さな玉が絡まっている。
「子供がいるのか…」
「卵は郵送できるらしいですよ」
「どうやって!?」
「なんか、湿った土に埋めて」
「それで、どうするの?」
「さあ…」
「とりあえず、みんな、お茶飲んで」
今度は座って水槽を眺める。
窓からの光が差し込んで全てが輝いて見える。
「こうやって見てたんですかね」
「どうなんかな。確かに、ここがきれいな気がする」
「床じゃなくて座椅子じゃない? 膝が」
「あー、座椅子あったね。あれか」
「することもなかっただろうし、魚見られててよかったんかな」
「まあ、でも、いつもいろいろしてる人ではあったよね。結局、魚まで世話して…」
しばらく誰も喋らなかった。
「眩しい」
「さ、じゃあ、ぼちぼち、どうするか決めましょうか」
guppy/グッピー