記憶の街
「着いたねー」
「着いたついた。いやー」
駅ではかなりの人が降りた。どれも観光客らしく、大きな荷物を抱えている。繁と里花も荷物を持ってホームからの階段を降りた。
改札を出てから祖父母の家の方に向かうのは右だったか左だったか、繁は一瞬わからなくなった。左の、海の方だったはずだ。
「何にも無いって言ってたけど、違うじゃん」
里花が土産物屋を覗きながら言っているのを聞き流しながら記憶の底に潜っていく。
第一、ここまでは車で来ていたのだから、ホームから降りてくるということがなかった。いつもはあっちからこっちへ来て…じゃあ、あっちか?
「あれ…?」
駅の前にあったはずのヨットのオブジェがない。じゃあ、あっちか? いや、あっちは山が見えるはずで…見えない。
「どう?」
「ごめんね、ちょっと待っててね」
「地図見ようか?」
「いや、いい」
来たことがある、と言うよりも祖父母の家があったところのことをこんなにうろ覚えなのを繁は認めたくなかった。
しかし、そもそも、最後に来たのはいつだろう? 祖母の葬儀の時依頼? 多分、そうだ。あれはいつ? その年の夏のお盆の納涼花火大会が始まった途端に大嵐になった年だ。その時は前の職場の人たち、そして前の彼女と見たのだった。
10年は前になるのか? 大体10年くらいか?
「ホテルあっちじゃない?」
里花はもう地図を見ていた。
「ああ、うん、そうかも」
じゃあ、ヨットがあったのはあっちか。
「本当はあそこにヨットのオブジェがあって、それが傾いてて、あれを傾いたまま展示するくらい、この街は傾いてるって祖母も母も言ってた」
「やめなよ、それ、おっきな声で言うの」
「いいんだよ、言うんだ」
「もう」
繁が期待していたほど、ホテルは街に異物としてはなかった。前に来た時の記憶がスムーズに上書きされているのを感じていた。そもそも、前に来た時の記憶もあまりなかったからかも知れない。
「ああ、あれが、デパートだよ」
「デパートあるの?」
「跡地?」
「でも、なんかありそうだけど。行ってみる?」
「いや、行くところ無かったらでいいよ」
「まずはお城?」
「そうしよう」
城まではバスに乗る。バス停には人がいなかった。
「久しぶりだと、どう?」
「なんかもう久しぶり過ぎてわからん」
「そういうもんだよね」
やっぱり車を借りて来た方が良かっただろうか? 5月前だというのに暑くなってきた。
「いいところだね」
「そう?」
circa/おおよそ
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