誂えた服
結婚式にお呼ばれしてフォーマルを着なければいけなくなった。しかし、この身体に合うものは売っていない。
せっかくなので作りに行くことにした。これから一生着ると決めて、今までは縁の無かった有名な店で誂えることにした。いきなり行くと大騒ぎになるから電話をかけて事情を説明した。事情のほとんどは私のサイズである。
じゃあ、一度来てください、ということになって日も決まったが、そこでやっぱり躊躇した。
何しろ、お店に行くのは億劫だ。時間がかかること、他人が私の身体を触ること、そして、それに対して私からしたら過剰な興味を持たれること。あっちのテリトリーに入るのだから仕方ない、しかし、身体はこちらのものだ。
そういうことを勘案した上で、やはり、行くことにした。またとない機会だもの。
店に入ってすぐに来て良かったと思った。人間扱いされているように感じた。表面のことだけかも知れないが、それで全然構わない。
「いかがですか?」
こんなにぴったりだとは思わなかった。一月待った甲斐があった。動いても苦しくないし、何しろ身体にピッタリあっている。きちんとしたお金を払ってちゃんと作ってもらうことは大事なんだと痛感した。
「本当にありがとうございます」
「お役に立てて良かったです。良い思い出になりますように」
「えー、こんなの売ってたの?」
「いや、これは自分で誂えた」
「え、迷惑じゃん」
「何が?」
「だって、こんなん作るの大変だし」
「言っていいことと悪いことがあるだろう」
「そういうこと言っちゃダメだよ」
まさか、それを自分に言われているとは思わなかった。怒りの矛先が溶けて重く自分の手にまとわりつくのを感じた。
でも、自分のためにきちんと誂えた服を着ている。周りのように身体に合わないか服に着られているようなのとは違う。
帰宅して壁にかけて眺めてみる。何を言われても、これが鎧として自分を守ってくれるような気がする。
anger/怒り
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