カフェオレのストローが動く前に
「なんかさ、別れよっか」
カフェの椅子に座ってすぐに告げられたものだから、僕は驚いていた。少しだけ。
何となくそんな気はしていたのだ。嫌な予感というのは、FFXのティーダぐらいには的中するものだ。悲しいが。
僕は、恋仲の別れを断ったことは1度もない。だって、それが相手の決めたことなら、尊重したいし、僕と一緒にいて幸せになれないんだという結論が出てしまったのなら。それが揺らぐことも無いのだろう。僕に相手の人生を動かす権利なんて、びた一文もないし。
心の中では、もちろん嫌だとも。でもしょうがないのだ、僕は消費されきってしまったのだから。別れ話というのは、その通告に過ぎない。
誰だって既に飲みきった空のペットボトルなんて要らないし。寿命を迎えた家電製品も、とっとと下取りに出したいと思うだろう。僕の人間としての扱いはその程度と何ら変わりは無い。
「わかったよ。ごめんね、いままで。」
僕はこんな時、不思議と謝ってしまう。いままでその人の重りとなって、生きていく歩みを阻害してしまったという申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。感謝の言葉は出てこない。だって、最後だけいい人になろうだなんて虫が良すぎるし、そんなこといったらまるでバンドの引退ライブ気取りみたいだ。僕には無理だよ、そんなライトを浴びるような、生き方とか終わり方なんて。
あの時も、確か冬の日。寒いけど外を歩けば汗ばんでしまうような、よく晴れた冬の日。
それが相手の為ならば、最後ならもっとその姿を瞳に映しておきたいけれど、その場から立ち去ってしまおうか。
僕はカフェオレの氷が解けて、ストローが気まずそうに身をよじらせる前に。
なるべく陽の光を浴びないように。