恋人と料理 つづき
リンゴを食べながらのんびりしていたら、時間はあっという間に夜の8時を過ぎていた。
さて、夕飯作るか…と思っていると、
「疲れているだろうから、外で何か食べようよ。」と彼が提案してくれた。
今までさんざん悩んでいた献立たちの事を考えた。
あの時間は一体何だったのだろう。
”せっかくだから何か作ってあげたい私”と、”正直疲れている私”の押し問答が、脳内で繰り広げられる。
しかし、彼の一言が決定打となった。
「君が好きな、烤鴨(北京ダック)食べに行こう。」
”毎日北京ダック食べたい党”であり、一番好きな中国語は”烤鴨(カオヤ)”の私は、彼の提案に乗ることにした。
”中国版食べログ”的な奴で、北京ダックのお店を検索し駆け込む。
北京ダックと杏仁豆腐を食べている時が一番幸せだと改めて思う。
ちなみに、杏仁豆腐は中国にはあまりない。
翌日。
彼も私も中国語のオンラインレッスンがあった。
私の方が先にレッスンが始まるため、何か彼が簡単に食べられるものを作っておこうと思い、朝7時すぎにキッチンに立つ。
買っておいた筍の水煮を使って、筍ごはんを作る。
取り合えずこれだけ食べさせておけば、昼まで我慢できるだろう
という判断。
米を浸水させている間に、中国でしか見たことない、ナゾの海藻を使って2品作る。味付けを変えただけ。
料理名は知らない。私が勝手に作った料理だから。
それから、鶏手羽を解凍させておいた事を思い出し、臭みをとるため(中国の鶏肉はにおいがキツイ)塩もみしておく。
本当は酒を使った方がいいんだろうけど、そんなものは買っていない。
その間、彼は静かにベッドで眠っていた。
眠っている時の静かな彼も可愛い。
ごはんを仕掛け終わったのが8時前。
まだ、レッスンまでは時間があるから、ひと眠りすることにした。
ベッドでぬくぬくしていると、ご飯が炊きあがった。
炊飯器の横に、しゃもじとお茶碗とお箸を用意して、「これを食べてね」と彼に伝える。
私がレッスンを受けている間、彼はしどろもどろな様子で、筍ご飯を炊飯器からよそって食べていた。
いつもレストランとかで、ご飯粒を盛大にお茶碗にくっつけたまま、完食したかのような態度をとる彼に、”米粒ひとつも残すな”とうるさく注意しているのだが、炊き込みご飯だったから食べやすかったのか、どうやらきれいに食べてくれたようだ。
彼のレッスンが始まると、予想していた通り、彼の声が大きく、私の声までもかき消してしまうし、自分のレッスンにまったく集中できなかった。
かといって、彼を責めたりはしない。
声が大きいところは、彼のいいところでもある。
私のレッスンが終り、彼のレッスンが終るまでの間、私はまたキッチンに立つ。
こんにゃくの甘辛煮と鶏手羽を甘タレで焼こうと思った。
レッスン中の彼に、自慢げにこんにゃくを手綱型にする様を見せるが、無反応。
ごま油と鷹の爪、こんにゃくを絡めて、めんつゆを入れる。
醤油は買っていない。
砂糖も入れようかと思ったが、日本の味付けになじみがない彼には、甘すぎるかもしれないと思い、やめる。
そこで事件が起きた。
「あ・・・。」と思ったときには、もうめんつゆが空っぽだった。
⦅え・・・鶏手羽の味付けどうする?⦆
焦りながらも、どうしようか考える。
いつも使っているめんつゆは、近くのスーパーじゃ買えない。
届けてもらう?(中国ではUber Eats的な感覚で買い物も頼める。)
でも、ネットでその商品を探したが、見つからない。
(まあいいや諦めよう。)
ここで開き直れるのが私。
こんにゃくも甘辛煮だし、鶏手羽も甘タレはきついべ。
そう思った私は、冷蔵庫からコチジャンを取り出した。
フライパンで焼いた鶏手羽は、一度オーブンに入れて、しっかり火を通す。
その間に、コチジャンと白だし、それから、はちみつをフライパンに入れて煮詰め、鶏手羽をフライパンに戻し味を絡める。
中国語のレッスンが終って近寄ってきた彼は、こんにゃくの甘辛煮調理途中の鍋を見て、
「なーんで紙入れてるのー!?」って聞いてきた。
落し蓋がないから、いつもクッキングシートをかぶせるだけの私。
説明しようとすると、
「分かったー!中の汁がはねるからだねーはっはー!」
と言ってどっかへ行った。
ご飯が出来上がるまで、彼はベッドに寝転がって、ネットニュースを見ているようだった。
その時の彼も静かで可愛い。
そして私は、自分が料理をしている時に、彼氏にぐーたらされるのが好きらしい。
彼はもくもくとおかずを食べ、筍ご飯を何度かおかわりしていた。
美味しいと言ってくれたかどうかは覚えていないけど、
「君の料理はヘルシーだね。」と言ってくれたのは覚えている。
それは褒め言葉なのだろうか。
でも、「将来の家族のために、僕は健康に気をつけているんだ」と言って、
ファストフードも好まず、スナックも食べず、お酒も飲まない、たばこも吸わない彼からしたら、最大の褒め言葉なのかもしれない。
私はもっとマック行きたいし、ポテチも食べたいし、お酒も飲みたいがな。
食器洗いをしようと立ち上がると、自分がやると言って彼も立ち上がった。
「君は朝から料理して、中国語のレッスンがあって、また料理して、疲れてるでしょう!」
「分かったから、声が大きいよ…」と言うと、顔を赤らめ恥ずかしがる彼。
”可愛い生き物特集”の本なんかがあったら、ぜひ載せてほしい。
どうしてこんなことまでしているんだろう、と自分でも思った。
実は、つい一週間前まで、もうお別れしようとまで考えていた人なのだ。
でもこれは母の影響が大きいかもしれない。
母も仕事で早く家を出ることが多かった。
それでも、私や家族のために、きちんと朝食を用意してくれている。
(最近父には用意していないようだけど。)
自分は食べずに仕事へ行くのに。ものすごい愛だよね。大好き。
彼がるんるんで食器洗いをしている間に、私は彼が好きだと言うから買っておいたぶどうを冷蔵庫から取り出した。
おわり。