⑥
私は首を振った。
宰相が瓢を取り出した。
「そろそろこいつを使う時ですかな」
彼はそういって内大臣と大司教を交互に見た。
「私はまだ時期尚早だと思うのだが…」
「彼がその瓢に興味をもてば、その時が来たということでは?」
内大臣と大司教は順に応えた。
「では」
宰相は私に問いかけた。
「この瓢を好きにしていいとして、何かやることを思いつきますか?」
「水を貯める」
私はたいして間を置かずに答えた。
宰相は微笑を浮かべて瓢を手渡した。
私は瓢の口を例の切れ込みにあててみた。
暫くして様子を見ると、水は一滴も溜まっていなかった。
仕方がないので、私は自分の口を切れ込みに充て、水を吸い、口に溜まった水を瓢に吐いた。
水を流し込む瞬間、瓢が僅かに揺れた。
水を流し込む時の衝撃だろうと思って、気にせず私は作業をつづけた。
この口移し作業を繰り返すたびに揺れは僅かづづ激しくなった。
然し私は作業に気を取られていて、このことを気にしようとしなかった。
何回目かの作業の後、ついに瓢は満杯になった。
口を閉じる物がなかったので、手ごろな木っ端か枝葉がないかと身を動かした。
その時瓢は手から落っこち、井戸の壁面の石組みに当たって派手に割れた。
瓢は砕けて石組みのうえに破片を散らした。
信じがたいほど大量の水が破片の合間から姿を現し、井戸の下へと流れた。
影たちが井戸の上へとやってきた。
全員が身を寄せ合って下を見つめる中、水はすごい勢いで砂を飲み込み、どこまでも広がっていった。
暫くの後、井戸の外全てが水に覆われ、あたり一面が海のようになった。
「不思議だ。水は澄んでいるのに底が見えない。」
私は言葉を漏らした。
井戸から見た水面の高さはさっきまでの地面の高さと同じくらいだ。井戸が地面と一緒に沈んでいないのに深さがあるのはどういうことなのか。
「最初の刺激で地盤沈下が起きて、砂の下にあった水が全部上へと出たのさ。」
声がした。
それは、影の声ではなかった。
「お待ちどうさまってとこかい?輔弼大官殿。」
下を見ると、手首くらいの細さの緑蛇が件の影を見上げていた。
「しゃべれるなら名を名乗るべきでは?」
輔弼大官は不快そうに応えた。
「私が名乗るべきか、それともこの王子様に名付けられるべきなのか、まずそこから考えた方がいいと思うがね。」
蛇は愉快げに応えた。
我がご主神様へのお賽銭はこちらから。 淡路島産線香代に充てさせていただきます。