見出し画像

「では、いつになったら安定するのだ」
私は御器齧りの姿で宰相に尋ねた。
「固定するのはあなたが女王と出会う時ですが、このワイングラスから出してもいいくらい安定するのはこの船が陸についたときでしょうな」
私は気が楽になった。
船に閉じ込められるのもワイングラスに閉じ込められるのも、この青一色の世界ではそう変わらない。

私は宰相に、他の影の様子を見に行きたいと伝えた。
ご丁寧にも片目を押し付けた状態のまま、宰相は私の入ったグラスを運んで甲板の端で海水を組んでいる内大臣の基へ移動した。

内大臣は縄を付けた桶で海水を汲み上げ、指を入れて舐め、
「甘い」
と、一言言った。
「どうも砂糖水のようだ」
宰相が味を見て、
「シジミチョウの幼虫がこんなのを出しますよね」
と言った。

私は気になったが、宰相がグラスを目から離さないので自分で味を確かめることが出来なかった。

宰相は甲板の反対の端で太公望している輔弼大官の基へ向かった。
彼の手にあるのは竿ではなく、その辺の布から作ったらしい紐だった。
そして、彼の横にはついさっきの釣果と思われる黒い生物がのたくっていた。

「そいつは自分のことをクイーン・うなぎだと言うとるんです
後で楽師団長に確認してもらわにゃ」
輔弼大官は紐の先を見つめたまま説明した。
「それ、しゃべれるのか」
「あなたがしゃべれるなら、こいつもしゃべるでしょうよ」
輔弼大官の言葉も尤もだった。御器齧りがしゃべるのにクイーン・うなぎがしゃべらないという法はない。

「お前はクイーン・うなぎなのか?」
「正確に言うと、その一部です
クイーン・うなぎの鱗が一つの行動体となったのが私です。」
「固有名はないのか?」
「特にないですが、あなたがこの船の船長なら、どうかわたしをノーチラスと名付けていただきたいですね」
私はそれを承諾した。

私はこのクイーン・うなぎの一部と名乗る存在に甚く興味を持ったので、楽師団長を呼んで知っていることを聞き出そうと思った。
宰相はグラスを片目にあてた状態のまま器用にマストを登り、楽師団長のもとへと向かった。
楽師団長は頭に螺旋式の器具を取り付けてくるくる回ってマストから浮上しては、またマストへと着地することを繰り返していた。

「翼を付けて羽ばたくとか滑空するとかではないのだな。」
「翼を付ける物の運命は墜落と決まっておりますから」
楽師団長はしれっと答えた。

我がご主神様へのお賽銭はこちらから。 淡路島産線香代に充てさせていただきます。