⑫
大司教が調理場へとやってきた。
「随分と冷え冷えしてますな 何がありました?」
私は輔弼大官がノーチラスを釣ったこと、楽師団長がそれを調理しようとしたこと、内大臣と公爵がトイレの確認をしたこと、そして大司教以外の影たちが三つ巴で意見対立していることを話した。
「内大臣と宰相は粗食派で他三人は美食派、そして輔弼大官は中華好みな一方楽師団長は洋食好みというわけだ。公爵は内股膏薬ムーヴ中だ。」
「なるほど さもありなんですな」
「お前ならどうこの落とし前をつける?」
「うまくいくかは分かりませんが 大司教っぽいことをしてみますか」
「大司教っぽいこと?」
大司教は片眼をつむって頷いた。
「天使を召喚するのです」
大司教は何処からか小ぶりのステッキを取り出すと
「りんせいけいもーすかもーすか」
と唱えてそれを窓から外へと放り投げた。
ノアの箱舟を思い出す感じで三羽の鳥が窓から飛び込んできた。
一羽は黒い鴉、一羽は茶色い雀、最後にステッキを咥えてきた一羽は灰色い鳩であった。
公爵がこれを見て
「食っていいのは食われる覚悟のある奴だけだわな」
と呟いて船倉へと出て行った。
なお羅針盤は未だ彼の手中にあった。
続いて宰相が、
「酒を探さねば」
とつぶやいて席を立ち、公爵の後に続いて船倉へと消えた。
残りの三人は二人の後に続こうか思案しているようだったが、それぞれの頭に鳥が留まるとピタッと動きを止めた。
かくして、内大臣の頭に停まった鳩により、ノーチラスをいかに料理するかの議論がまた始められたのである。
「シャルルもカールも分からんことを言う前に言っといてやるが、食に贅沢する奴は滅びるんだよ!破滅への道を行きたくないならさっさと私に従うことだな」
楽師団長の頭に停まっていた雀がすぐさま応酬した。
「ああ、シャルルのような『贅沢の為の贅沢』についてはご指摘御尤もだがね。私が言ってるのは心身の健康について気を使うべきということさ。食べることは生きることだというのなら、なぜそれを自らにとって良いものとしようとする努力が否定されるのだね?」
「それが本来の生き方から外れているからに決まっているだろう?」
「よく生きることが本来的でないだと?ならさっさと死んだ方がましじゃないかい?」
ここで輔弼大官の頭の上の鴉が口を開いた。
「ほら見た事か。生きることをドグマ化しておるからくだらない矛盾に陥ることになるのだよ。我々は食べるために生きるのであってその逆ではない。キリストの至言を忘れたのか?」
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