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メキシコ最高峰オリサバ山に登頂してきた、備忘録(後編)


2024年8月16日、オリサバ山へ出発した。

高所順応として事前に、

  • 標高2300mのメキシコシティに1週間滞在し、

  • 3923mのアフスコ山に登頂し、

  • トルーカ山の4400mの展望台へハイキング

しておいた。


さて、現地発のグループツアーに申し込んだものの、トルーカ山に続き、参加者はまたしても私一人というプライベートツアーだった。
Carlosという名のガイドと2人で山頂を目指すこととなった。

このオリサバ山ツアー、アイゼンやピッケル、ヘルメットのレンタルはツアー代に含まれていた。
これらは日本から持っていくと荷物がかさばるので、借りられるのはありがたい。食糧や水も用意してもらえた。
日本から持っていく装備は、アイゼン装着が可能な山靴と防寒着、バックパック(30~40L程度でよい)、寝袋くらいだった。



早朝にメキシコシティを出発。
ツアーは1泊2日であり、初日は移動日である。

メキシコシティ市内の喧騒を抜けると、日本の田園風景よろしく一面にとうきび(とうもろこし)畑が広がる。
オリサバ山へ近づくにつれ、とうきび畑はサボテン畑に変わっていった。


メキシコに着いたばかりの頃を思い出す。

とりあえずタコスを賞味してみようと、とある食堂に入った。
タコスのメニューだけで30種類くらいあり(しかもスペイン語のみ)、適当に指さしたNopal Tacosを注文したら、サボテンの上に野菜がのったものが出てきて戦慄した。
Nopalの正体は食用のサボテンだった。ねっとりした食感と独特の酸味と風味が特徴的だった。


メキシコシティを出発して4時間。オリサバ山の麓、トラチチュカという小さな町に到着した。

ここでオリサバ登山への輸送を担うエージェントと合流し、簡単な昼食を摂る。
4WDに乗り換え、Calrosと私、そしてドライバー兼コックのMiguelの3人で登山口を目指す。

鬼畜林道を2時間ほど走り、小屋のある登山口に到着した。


ピエドラ・グランデ小屋。宿泊の手配はツアー会社がやってくれた


小屋の管理人はおらず、30人くらいの収容人数のある避難小屋のようだった。
この日は3パーティ、計10人くらいが泊まっていた。

ここは標高4240m。

さすがに空気の薄い感じがするが、1分間の心拍数は74(下界では65)と許容範囲内。高山病の兆候はない。
ちなみに私がネパールで高山病になった際、安静時の心拍数は100/分だった。

翌日は高度差1400mの日帰り登山となる。

イメージとしては、空気がさらに薄くなった富士山、あるいは標高が3倍になった羊蹄山という具合だろうか。

装備品のチェックや登山道の下見を兼ね、4400m地点まで軽くハイキングし、身体を馴らす。小屋に戻ると雨が降ってきた。

15時頃、Miguelがふるまってくれた厚切りベーコンとパスタ、そしてNopalをいただく。
小屋ではやることがないので、寝袋にくるまってゴロゴロしていた。19時に就寝。



日付は変わり8月17日、午前0時起床。3時間くらいは寝れた。

海外登山では、山頂でのご来光を拝むために、こんな感じで意味不明な時間に起こされることが多い。
実際は寝れないことがほとんどなのだが、今回は珍しく寝落ちできた。

まったく空腹感のない中、ピーナッツバターを塗りたくったパンを紅茶で胃の中へ流し込む。

小屋の外に出ると、満月がきれいに見える。気温は5℃。
周辺の天候は晴れ、無風だが、遠くに雷光が見える。オリサバ山に積乱雲が湧いていなくてよかった。


0:45 登山開始。

月明かりのおかげでヘッドライトがいらないくらい。
垂直距離300m/hくらいのペースで緩やかな谷間を登っていく。体調は良い。

しかしながら、標高5000mを超えた頃から空気の薄さを如実に感じ、ペースが落ちる。
夜が更け、星々の瞬きと下界の煌めきに救われる。


4:15 標高5150mの氷河末端に到着。

ここでアイゼンとピッケルを装備し、ガイドとロープを結び登っていく。
外気温は-3℃。次第に気温が下がっていくことに加え、歩くペースが落ちて身体が温まらない。

寒い。つらい。

この、「苦しさの割に身体が温まらない」のは高山あるあるである

こういう時は食べるに限る。寒さでガチガチに固まって味のしなくなったスニッカーズを砕くように頬張り、気合を入れる。

氷河の取り付きは斜度40度の雪面。氷河と言っても、クレバスはないようだ。
雪面は固いがアイゼンは良く効く。吹き下ろす冷たい風をもろに受けながら直登していく。

高度が上がるにつれ、斜度も増していき、やがて斜度は50度くらいになる。
富士山や羊蹄山の山頂付近みたいだ。

苦しい。おまけに眠気もやってきた。
この睡魔は睡眠不足によるものか、それとも・・・。


ごらいこー


オリサバ山の巨大な影


5:45 標高5400mくらいで日の出。

見事な朝焼けに少しだけ勇気をもらう。

山頂らしきもの(のちに偽ピークと判明し、げんなりする)が見えているにもかかわらず、それとの距離は一向に縮まらない。

寒さと息苦しさのダブルパンチの中、「ああ、高所登山やってるわー」と実感する。
10歩進んでは立ち止まり、それを繰り返す。思考を止めて、山になりきろうとした。


わや寒


やっとの思いで外輪にたどり着く。
一段と風が強まり、体感温度は-20℃くらい。


オリサバ山山頂5636m


7:00 山頂着。標識らしきものは倒れていた。



展望は良好。メキシコで2番目、3番目に高いポポカテペトル、イスタシワトルがはっきり見える。
はるか遠くにはメキシコ湾まで見える。

そうはいっても寒すぎて長居はできない。滞在するだけでHPが削られていく。
感動はない。そんな場合ではない。

つらい思いをしてたどり着いた頂上での感想はいつも一つ、「はやく降りたい」。


山頂には10分も滞在せず下山を開始した。
氷河の急斜面を慎重に下っていく。
もし、スキーで滑らなければいけないとなれば、間違いなく悶絶する斜面だ。

高度を下げるにつれ空気が濃くなっていく実感はあるが、それでも空気が薄い。



振り返るとこんな道を登ってきたのかと思う。

やがて氷河を抜け、歩きやすい谷間を下っていくが、疲労でペースがあがらない。
そういえば、登りで氷河に取り付いて以降、5時間近くまともに休憩をとっていなかったことを思い出す。


(もう山とかいいんで、はよ目の前の小屋に着きたいっすわ)


10:45 小屋に到着。

出発してからちょうど10時間。ひとまず下山したことになるが、苦しさはまだ終わらない。
小屋の中では、登頂を断念したパーティがぐったりしていた。
小屋に置いてあった荷物を回収し即撤収。

車で標高3000mくらいのところまで降りてようやく息苦しくなくなった。

空気があるって素晴らしい。


19時、メキシコシティに帰着し、ようやく旅が終わった。長い1日だった。

達成感や満足感は、この先時間をかけてじわりじわりとやってくることを、私は知っている。



  • ワイナポトシ

  • チンボラソ

  • アコンカグア

私にとって未知の世界である南米には、6000mを超える山がいくつもある。

しかし、そこにはサラリーマンでは越えられない壁が、厳然と立ちはだかっている。
移動と高所順応に時間がかかるからだ。
「山に行くので3週間会社休みま~す♪」なんて言う人がいたら、まっとうな会社はそんな社員を見限るだろう。

退職日までの有休消化中に行ったオリサバ山は、私にとってはいわば卒業登山だった。

何かが終われば、新たな道が開ける、、、こともある。

新たな世界が広がりそうな予感がする。
これから人生が楽しくなっていきそうな気がする。

この漠然とした感覚こそが、オリサバ山に登頂して得られたものだった。

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