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【実話】ヒグマに遭遇した時の話
人生を変える一期一会というものがある。
巡り合いとは突然であり、思いがけず幸運の女神の前髪をつかむこともあれば、死神に後ろ髪をつかまれることもある。
旅というのは、そんな巡り合いを求める行為なのかもしれない。
これは私が、ある日、森の中、クマさんに、出合ったという、本当にあった恐ろしい話である。
ふり返ればそこに
2024年10月17日、北海道南西部にある大千軒岳を一人で登っていたときのこと。
紅葉が美しい折だった。
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午前10時頃、知内川ルートの登山口から谷沿いをおよそ3.5km歩き、尾根に取り付いて間もない標高500m地点だった。
ふと背後を振り向くと、ヒグマが2m手前まで迫っていた。
体長は1.5~2mほど、真っ黒な毛並みだった。
ここまで間近に背後を取られていたことにまったく気がつかなかった。見事だった。
「当たっちゃったか・・・」と思った。
心拍数が跳ね上がった。
もちろん、そもそもクマが出やすい地域であることはわかっていたし、1年前のヒグマ事故も知っていた。
直前のヒグマ情報がないかも調べてはいたが、特段の情報はなかった。
登山道から外れていたわけではないし、熊鈴もチリンチリンと鳴らしながら歩いていた。
死神はつぶらな目をしていた。
幸いにも落ち着いた様子で、「なんか食い物ないの?」と言いたげな表情でこちらを窺っていた。
何事もなかったように振り切ろうと、クマから視線をそらさずゆっくりと後ずさりした。
が、クマは同じペースで着いてきた。クマを引き離すことはできなかった。
こちらが進めばあちらも進み、こちらが止まればあちらも止まった。
ちょっとかわいいと思ってしまった。
一瞬、証拠写真を撮ろうかと思ったが、やめた。
シャッター音が刺激になるかもしれなかった。
まさに一瞬の迷いが命取りになる焦眉の急。
互いに無言のまま見つめ合いつつ、「これは、やるしかない」と腹をくくった。
クマを刺激しないよう、そろりそろりとザックに手をかけ、熊撃退スプレーを取り出し、噴射した。
効果はてきめんだった。
スプレーの噴射は1秒ほどであったが、至近距離からスプレーを顔面にぶちまけられたクマは、全速力で斜面を下って逃げていった。
こんなに早く走れるのか、と思った。
クマは前足が短いから山を下るのは苦手、というウワサはまったくの嘘だった。
緊迫した局面をひとまず切り抜けたと安心したのもつかの間、今後どうするか。
下山しようにもクマが逃げていった方向へ行くことになってしまう。
結局、もう少し時間をおいてから下ったほうがいいなーと判断し、登山を続行した。
熊撃退スプレーの中身であるカプサイシンをごく微量吸ったらしく、鼻の中で心地よい辛みが1時間ほど続いた。
吸ったかどうかすらわからなかった自分にもこれだけ効果があるのなら、目や鼻、口にスプレーをもろに受けたクマにとっては、想像を絶する苦痛だっただろう。
クマは何も悪いことをしていないのに、人間と鉢合わせてしまったばかりに、痛い思いをさせてしまった。
クマには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
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登りと同じルートを、常に警戒しながら下山した。生きた心地がしなかった。
クマに出合った地点から程遠くない場所で、どう考えても巨大な体躯からおいでなさったホヤホヤのオソマが登山道に鎮座していた。
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無傷で下山後、登山口の入山届をみていると、入山時には気が付かなかったが、衝撃的なコメントが残されていた
私がクマに遭遇した1週間前に、クマに襲われ逃げ帰ってきたという。
それも、私が遭遇したところからほど近い場所で。
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役場に一連の出来事を報告したのち、函館のあじさい本店で塩ラーメンを食べた。うまい。
湯の川温泉で湯船に浸かった。温かい。
今日も生きていることに、ただただ感謝した。
ヒグマに遭ったらどうすればよいのか
この一件を機に、登山中にヒグマに遭ったらどうすべきなのか、あらためて調べてみた。
もちろん、クマに遭わないようにするのが第一である。
そもそもクマは用心深い動物であり、人間がクマに遭いたくないように、クマだって人間に遭いたくない。
人間の声や匂い、鈴の音などで、人間が気付かないうちに、クマは人間から逃げているという。
それでも万が一、クマに遭ってしまったらどうすればよいのだろうか。
最善策は、クマの方から立ち去ってくれるのを大人しく待つことである。
クマは雑食性だが、主に植物や昆虫を摂取しており、他の動物を襲って捕食することは少ない。
基本的には人を避ける動物である。食肉類に分類されるとはいえ、他の動物を襲って捕食することは少ない。人を襲う理由も、九九パーセント以上はクマが自分自身の安全を確保するための防御的攻撃である。通常はごく近距離でクマ類と遭遇したとしても、クマの方がその場から立ち去ることが大多数である。
だから、パニックになってはならない。
人間側がパニックになると、クマは自分の安全が脅かされると察知してしまい、興奮して襲ってくる。
そして、クマに遭ったら、絶対に背を向けて逃げてはならない。
この教訓は、アイヌの昔話にもあるようだ。
ことに背を向けることは、人間の降伏を意味するばかりか、背中には目がないので睨まれることもなく、ヒグマにとっては好都合なのです。
クマには、背を向けて逃げるものを追いかける習性がある。
なので、まずは立ち止まり、クマの目をじっと見つめること。
クマは人間を恐れている。人間に危害を加えたいとは思っていない。
そして、クマがいなくなることを待つ。
近づいてきたり、襲うそぶり(単なる威嚇であることが多い)を見せたとしても、決して目をそらさずクマの目を見つめること。
とはいえ、、、これは理性が恐怖を上回らないとできないことだろう。
クマが近づいてくれば、人間は本能的に何らかの行動を取りたくなるのではないだろうか。
よく耳にする、「食べ物やザックを置いて引き下がる」のは、あまり効果がないようだ。
「人間って何かをくれるんだ」とクマが認識してしまい、余計にクマが人間に近寄るようになってしまう。
もし抵抗するのであれば、一発でクマを撃退しなければならない。
ストックやナイフなどでは太刀打ちできない。
上の書籍では、登山者がクマの顔面をストックで叩いたことで、返り討ちにされた事例が紹介されている。
わずか数秒の間に、いろいろな思いが次から次へと浮かんでは消えていった。そして松井が次に取った行動は、右手に持っていたストックを振りかぶって、クマの顔の左側を横から叩くことだった。
「今考えると、クマと対峙しているストレスに耐えきれなくなったんだと思います。もちろんそれで撃退できるとは思っていませんでしたが、ちょっとでも嫌がって逃げてくれればいいなと。それに、なにも抵抗しないままやられるのも嫌でしたし」
だが、手に伝わってきたのは頑丈な肉厚の物体を軽く叩いたような感触で、当然のことながらまったく効いていなかった。
(中略)
次の瞬間、クマは四つん這いの状態から立ち上がり、大きな口を開け、歯を剥き出しにして襲いかかってきた。
撃退を試みるならば、覚悟を決めなければならない。
今回、私は熊撃退スプレーに命を救われたが、スプレーを使うことはある意味で賭けだった。
(↑ 今回使用した熊撃退スプレー。めちゃ効いた)
もし失敗すればクマを刺激し、逆に襲われる可能性もあった。
中途半端に戦うくらいなら、クマの目を見つめながら仁王立ちしている方がよい。
では、撃退する術もなくクマが襲ってきた場合はどうすればいいのか。
そうなってしまえば、防御姿勢をとり、致命傷を避けながら嵐が過ぎるのを待つしかないのだろう。
うつぶせになり、後頭部を手で覆い、顔、背骨の急所を隠しクマの攻撃から身を守ります。首は血管が集中しているので、ここをやられたら命にかかわります。窪地があればそこに入って、リュックサックがあれば背負ったままにします。
以上がクマに遭った時の対処法だが、これらはあくまで有効性があると思しき経験則であり、確実性はない。
残念ながら、正解はないようだ。
ただ一つ、重要なこととして言えるのは、人間側が冷静を保つことだ。
しかし、そうはいっても、クマを目前に冷静でいられることは難しい。
こういう時こそファクトフルネスの出番だ。
クマ事故の実態を確認してみよう。
クマとの遭遇=死 ではない
事実として、ヒグマに遭遇したとしても、生還できる確率は極めて高い。
直近20年におけるヒグマによる死者数は、平均すれば1年に1人だ。
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そもそもヒグマに殺される人は多くはない。
さらに、登山・ハイキングに限れば、直近20年のうちヒグマによる死者は2人である。(2021年度、2023年度に1人ずつ)
次に負傷者数をみてみる。
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直近20年におけるヒグマによる負傷者数は、平均すれば年間3人程度である。
つまり、ヒグマに襲われたとしても、75%は死なないということだ。
また、ヒグマによる負傷者数も、登山・ハイキングに限れば2人のみであった。
死傷者のほとんどは狩猟や有害獣駆除、山菜採りによるものであり、登山やハイキング中の死傷者は、全体の死傷者の5%しかない。
これは登山者にとっては朗報である。
登山道のような人が頻繁に往来する場所をクマは避けているのだろう。
近年のヒグマ目撃件数は年間2000件程度であることを考慮すれば(2023年は3700件と多かったが)、ヒグマを見かけても無傷で生還できる確率は99%を超える。
これはまさに、ヒグマは攻撃的ではないという主張を裏付けるものであり、ヒグマに遭っても襲われる可能性は極めて低いといえる。
運悪くクマと出合ってしまっても、これらの事実を知っているだけで、かなり冷静になれるだろう。
クマから人間を救うのは、撃退スプレーではなく、本来的には”知識”とそれに基づく冷静な"態度"ではないだろうか。
そして最後に、もう一つ肝に銘じておくべきことは、「私たちはクマの生きる世界に少しだけお邪魔しながら登山をさせていただいている」、ということである。
追伸:
大千軒岳の件、後日北海道新聞の記事になっていました。
3件のうち1件は私です。
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