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揺らがれているその狭間で

夏越の大祓いで茅の輪くぐりをやってきて
なんとなくスッキリ

そして今は
揺らぎと揺らぎの狭間はざまにいるような
そんな感覚がしている

揺らぎが止まったわけではなくて
揺らぎながらも
更にその狭間にあるかのような
そんな 何とも言えない圧縮感が
どこかにあって

それが大体上中下と分けた真ん中あたり
ぎゅーぅっとそこだけ圧縮されている

圧縮されながらも深まりはあって
まるでそれは
弾ける のを待っているかのような
そんな風にも感じられる



今は 自分という中で
綺麗に揺らいでいるのではなくて
変則的に部分部分で異なった揺らぎが
起きているように感じる

より器が空洞化されるように
より感度が上がるように
よりスムーズに流れるように

このある意味受信器である身体が
それぞれの個性に合わせて進化され
整えられるように

今まで使わなかった回路が繋がれ
不要になった回路が閉じられ
どんどんどんどん変容していく



さまざまな 
今まで 自分の持ちもの と
思っていた 思い や 感情らを
見直すよう促されていて

私はこう思っている
私はこう感じている という
今までの 当たり前さ を
いま一度疑って見直してみる
そんなタイミングかもしれない

もちろん今までも
ずーっと同じような事を言って来たけれど
一回やったからもう大丈夫 ではなくて
常に変化しているし
常に進化しているから
この
「私」「自分」という感覚に
気づきを与えようとしている今
その見直しは さらに細やかな部分まで
認識をして深めて行くような
澄ませていくような 感じ


かつての記憶 は
もう当てにならないし使えない

もうそうなっているんだ って事を
何回も何回も知らされて
確認するような事が起きるだろうけど
それはヤな事ではなくて
習慣の書き換え または上書き

自我はそう簡単には諦めてくれないし
納得はしてくれないから
ドーンと大きな事が起きて
衝撃が大きいけど少ない回数で済むか
少しずつ少しずつ緩やかに変化するか

どちらがイイでもなく
どちらが正しいのでもなく
そういう違いがあるってだけで
辿り着くところは同じ



変化変容もさまざまになってきて
各々対峙するしかなくなってくるから
誰かに良かったものも
自分に合うかは分からないし
〇〇すればこういう結果が得られる
というようなものも
これからはその人それぞれの結果が
その人自身で知り得るような
そんな流れに変わっていくんだろうな


誰かのせいにするのでもなく
何かのお蔭にするのでもなく
全ては わたし/じぶん へと
向かうようになっていく


ありがとうございます。 お受けしたサポートのお気持ちは、この巡りのなかで循環させられるよう、ありがたく使わせて頂きます。感謝致します。