村崎百郎の言霊6
<鬼畜流警官対策 鬼畜流警察対策のススメ >
最初からハッキリ言っとくけど、俺は警察官様のことを大好きで愛してるからね。今までもこれからも、こういう本の中でも字面上は一言だって警察官様の悪口はこれっぽちも言うつもりはねえよ。まあ、それがオレ流の「警察対策」の第一歩なんだけどさあ。 といっても、何のことか分からない奴の方が多いだろうからイチから説明しよう。 心に思ってもいないことを平気で文に書けるって部分で、俺は鬼畜ライターなのさ。
★警察官様とは争うだけ無駄
なんせ人生なんて長いようで短いからな。生きてる間はなるべく自分の楽しみのために有効利用したいと誰でも思うだろう? 俺は天下の警察官様とイザコザ を起こして貴重な生存時間を無駄にツブすなんて考えただけでも鳥肌が立つねえ。そうならないためのテクニックをこれから皆に説明してあげようというわけ だ。 まず、警察官様と争うことがこの国で快適に生きるには時間の無駄でしかないってことを正しく認識することだ。ナンせ相手は普段お世話になってる国家権力 だからねえ。この国がホントに耐えられないぐらいイヤな奴は、さっさと他所へ出て行けきゃいいんだ。近くには韓国とか北朝鮮とか、正義にあふれた正しくて イイ国が沢山あるからねえ。身も心も心底腐った俺にはこの国ぐらい腐って汚い国の方が住みやすいぜ。それがイヤな奴らは、警察官様にタテ突いて国家権力と 闘争しているチンケな妄想に浸ってないで、さっさとイカダか泥舟にでも乗ってこの国から出ていけ。それができない奴らは以下のことを正しく認識しろ。 俺たちはみんな性根の腐った国に住んでいるとびきり臭い糞なんだ。糞にはプライドもへったくれもねえ。糞は糞らしく、ハエにたかられるようにとびきり臭く腐ってしまえ。 な~んて抽象的なコト書いてもしょうがねえから、ドンドン先行くぜ。
★私はいかにして警官を愛するようになったか?
中卒で働き出して、勤務先の工事現場や工場で陰惨な暴力事件を起こしてはクビになっていた俺は、悪い噂が立ちすぎて地元で勤務する職場が一つもなくなっ てしまい(拳のカタチが変わるまで他人をブン殴るほど、ひたすら暴力が好きだった)、どうせなら東京へ行こう、あれだけ沢山人がいる都市なら、ときどき無 差別に人を襲っても田舎のように捕まったりすることはないだろうと考えてのことだったワケよ。 その頃の俺は目つきも最悪で、見るからに凶暴な顔と格好をしていたね。今なら珍しくないかも知れないが、当時の俺は髪をまっ青に染めて、眉を剃り、おま けにバカでかいアフロヘアにして、鋲をたくさん付けた皮ジャンを羽織って「いつ誰に襲われても、逆にこちらから殴り倒して奥歯が全部折れるまでブン殴って やる!」と心に決めて、目をギラギラさせながら周囲に油断なくガンを飛ばして街を歩いていたから恐ろしい。 今考えると若かったのかなあとも思うが、当時の俺は「誰でもいい、一度でいいから人間を一人、“撲殺”してみたい!」と日夜真剣に考えていたんだ。 そういう志を胸に抱いて生きていて、周囲から浮き上がらないハズがない。 結果的に路上で誰かに襲われることなど全くなかったね。ただ、昼間に道を歩いているだけでもずいぶんと警察官様に不審訊問を受けたもんだ。特に東京で先 進国首脳会議があったときなんか、場所によっては辻ごとに立っている警察官様たちに何度も呼び止められて「オイコラ」「何やってんだ!」とやられたぜ。 しかしこれは考えてみれば当然だ。 目つきが悪く殺気を放ちながら怪しい格好をして街を徘徊している奴を見かければ、別に警察官様でなくたって誰でも「何だあいつは?」と怪しく思うだろう。 「周囲から浮いた怪しい格好をして歩けば警察官様に注目される」のは当然なんだ。 正直に言うと、それより若い頃に更に激しく凶暴だった俺は、地元の警察官様ともいろいろあったのだが、思い出したくもない話ばかりなので、その話はここでは割愛する。 とにかく、いろいろと不審訊問を受けたり、つまらないことで警察官様とモメたりしながら俺が導き出した結論は以下の通りだ。
1 悪事は人目に触れないように秘かに行うこと
2 そのためには普段から目立たない、人畜無害で気の弱い「一般小市民」を装うのが一番いい。
3 殺気などというものは、人を襲うその一瞬だけ出せばいいものだ。普段からあからさまに人前で出すものではない
4 凶悪な気配を消して警察官様をやりすごせ。彼らの目にとまらないような根性無しの大人しい人間のフリをしろ。
このように書くと「冗談じゃない。オレは人にナメられるのが死ぬより嫌だ!」という誇り高いお方もいることだろう。しかし、どんなに 格好をつけて強そうにしても、自分以外の連中に心の中でどう思われているかなんて分かったものではない。人にナメられているかナメられていないかなんて事 は、単に本人の気分の問題にすぎないのである。自分が好きでも何でもないどーでもいい連中に、自分のことをどう思われようが構わないではないか。そういう 連中にナメられまいと努力をする事は、わざわざそいつらのために行動しているようで、俺にはとても我慢ならないぜ。 そういうことをふまえた上で、警察官様たちに逮捕されないための秘儀を公開しよう 最重要のポイントは「警察官様に怪しまれたら終わり」ということである。 これはオウム事件の頃にTVによく出ていた信者の皆さんの態度が一番分かり易い「悪い例」だ。やたらと「証拠は!証拠はあるのか!」と叫ぶバカさかげん と身苦しさ……あいつらはホントに犯罪者としても三流以下だったねえ。証拠さえなければどーにかなるという思考自体がすでにアウトなのだ。証拠が見つから なくてその時はしのげても、警察から「こいつは怪しい」とマークされれば監視の目がついたり、いらぬ嫌疑をかけられたりで、そんな面倒なことになっては、 とても思いきり悪事を楽しむ余裕は生まれない。「証拠がなければそれで大丈夫」などと思うのは大きな勘違いなのだ。警察官様が長年の経験で培った“職業的 カン”というやつを完全にごまかせなければ、証拠の有無など無意味に等しいのだ。警察官様に「あっ、こいつはどう見ても根性なしのパンピー野郎だ。こんな 奴じゃあ立ち小便もできねえだろうな」と思われるような情けない印象を与えられるようになることが大切なのだ。 そうなるための最良の方法が、冒頭で言っていた「俺は警察官様を愛している」と自分に言い聞かせる発想につながるのである。 たとえば、「おれはこいつが憎くて憎くてたまらねえ!」という敵意は、言葉にしなくても明確に相手に伝わるものである。しかし同様に「私はあなたに非常 に好感を持っています」という好意もまた、確実に相手に伝わるものである。常日頃から「僕は警察官様のみなさんが大好き。彼らは正義の味方で街の平和を 守ってくれるとてもいい人だからいつもとっても感謝してます」と強く思っていれば、その好意は警察官様と一対一で対面したときも良い形で伝わるものであ る。警察官様も人の子で、その習性は基本的に「敵意を向ければ敵意が帰ってくるし、好意を示せば親切で返してくる」というものである。 警察官様は横柄でぞんざいな態度を取る相手には「何だコノヤロー」で答えるし、紳士的な態度で敬語を使って礼儀正しく話しかける市民(ひと目で分かる暴 力団員とアジア系の外国人は除く)には、それなりの礼を以て答える非常に単純で分かりやすい生き物なのである。こういう素敵な人々を相手に、わざわざケン カごして対応するような輩は、隠れて悪事をするなど百年以上早いので、さっさと死んで転生でもした方がいいだろう。 読者の中には「オマワリに敬語を使うなんて我慢ならねえ」と思う方もおられるだろう。そういう方は自分の中で「敬語は相手を馬鹿にして使う言葉」という ふうに位置づけて生きていけば無理なく生きられる。ちなみにこの俺も、敬語は馬鹿にしてナメきった相手にしか使わない。俺にとっては敬語=侮蔑用語なの だ。 まあ、そういうわけで、ウラで悪事をしている人間は警察官には普段から好意と感謝の念を持っておこうというわけだ。何度もくり返すが「悪意も好意も確実に相手に伝わる」ということを忘れてはならない。
★悪事には悪事用の別の人格を作っておけ! 「逮捕されないためにどうすればいいか」ということをつき詰めて考えた俺が取った次の行動は、悪事を行うときのために自分の中にもう一つ別の人格を作ることだった。 これも「証拠さえなければ大丈夫」という発想がいかに危険かということと密接なつながりのあることなのだが、悪事をなした記憶がある限り、「やましさ」 や「罪悪感」はついてまわり、嘘をついても何となく言葉や態度に微妙に現われるもので、刑事様や警察官様は犯罪者のそういうところを決して見逃さないので ある。だからいくら証拠がなくても「こいつは怪しい、絶対に何かやってるにきまっている!」という心証を刑事様に与えてしまってはおしまいなのだ。そこで 俺が考えたのが、自己暗示と自己催眠をくり返して疑似的に分裂症になり、凶悪で沈着冷静な全く別の人格を作り、悪事をなすときだけその人格を自己暗示で呼 び出すというムチャクチャな方法だった。これには刑事様の職業的カンも対処全く対処できないはずだ。何せ、人格を普通に戻したら自分でも「悪いことをやっ た」という記憶がまるでないのだから「やましさ」も「罪悪感」も感じようがないのである。おそらくウソ発見器にかけられても反応などしないだろう。 この方法はかなり難しくてそれなりの訓練も必要なのだが、「オレはバレずに悪いことがやりてえ!」という強い意志を持ってさえいれば実行は不可能なこと ではない。ただ、一歩間違うとモノホンの精神病になってしまう危険性も確実にあるので、やってみようという方は充分気をつけて勝手にやって欲しい。実行し て精神がおかしくなっても俺は知らないからな。
★古本屋から聞いた警察様とのステキな関係
最後に、これは「警察官様に怪しまれない方法」とつながる話なのだが、今から数年前、俺はある古本屋の親父から以下のような興味深い話を聞いた。半分はその親父の妄想かもしれないが参考までに書いておこう。聞けば聞くほど有りそうな話である。 古本屋というのは「古物商」ということで「盗品の売買」に関して警察と連絡を取り合う関係にあるらしい。そのせいか、それ以外でも警察に協力を求められ ることがあるということだ。まず、どこの地区の警察署でも、管轄する地区に住む住人を対象に「不審人物リスト」というモノを作成しているらしい。その数は 東京なら私鉄沿線のひと駅につき約二百名ともいわれるらしい(俺も入ってるかなあ……)。そのリストに関して古本屋も協力を求められるということだ。それ はもちろん客に対しての情報提供である。 俺が話を聞いた古本屋の親父によれば、まず全共闘運動や内ゲバや爆破テロなどが盛んだった時代から先は、左翼系の書物を沢山買っていく人物が警察の興味 の対象だったらしい。それがずっと続いた後に、80年代の中頃、有名な連続幼女殺人事件が起きた後は、ロリータ関係の雑誌や写真集を集中的に買っていく人 物にも警察は興味を持ったらしい。そしてオウム事件が起きた後は、宗教書関係を買っていく連中にも興味を持ち出したという。もちろん神戸で起きた小学生連 続殺人事件以後はホラー関係の書物を集中的に買う客も興味の対象になっているに違いない。ナイフを集めるミリタリーマニアも同様であるという。以上は「防 犯」という視点で考えると実に明快で理にかなった発想である。神戸の小学生殺人事件のときなどは、事件の起きた周辺のレンタルビデオ屋が、警察から客の借 りたビデオのリスト一覧の提示を求められて、それについて「プライバシーの侵害だ」、「いや、非常時だから仕方がない」とマスコミで賛否両論の論争があっ たことも記憶に新しい。以上のことから、俺の言いたいことはもうお分かりだろう。
1古本屋やレンタルビデオ屋を信用するな
2ヤバイと思う本やビデオは地元の店で頻繁に買ってはいけない
3ヤバイと思う本やビデオは持ってることもおおっぴらにしてはいけない
4猟奇趣味がありいつかそれを実現したいと思う者は、住んでいる地域社会の皆さん向けに人畜無害に見えるダミーの趣味(極端な例は盆栽やゲートボールなど)を持って健全な人間のフリをしろ
5警察はときどき新聞の拡張員を装って、玄関から部屋の中を伺おうとするらしい。だから玄関は小ざっぱりとさせてヤバそうなモノは見えない位置に置いておけ。
6ゴミ出しは地域社会のルールを守り、近所のおばさん達の評判を良くしろ 7何かウラで長期的に悪事を働くなら表向きは「少し抜けていて臆病で善良な一般小市民」というキャラクターを完全に演じきろ!
というワケだ。もちろんこれに「常日頃からおまわりさんに尊敬と感謝の気持ちを持って、街でおまわりさんを見かけたら、心の中で“いつもありがとうございます”とつぶやいて頭を下げよう」というのも忘れてはならない。まあ、ひと事だけど健闘を祈るぜ。 いやあ、それにしても警察官様ってホントに素晴らしい人たちですね!
☆村崎百郎<非公認>WEB より☆