
絵本の海
払暁の蝶に私室の濁りかな
雪解野のいつしか母を余らせる
春の雷グミにはまつろはぬ水中
ぽつぽつと海女ゆふさりを持ち寄つて
近すぎる柳はみづをさみしくする
片耳は山にあずけて田植唄
花樗ゆつくりすべる雨と鬱
跫の遅れて湿る夏座敷
汽水域ゆふなぎに私語ゆづりあひ
送り火や土に親しき空耳と
鶏頭の雫を掬ふ忘れてゆく
梨が喉塞ぐとき骨やはらかし
空つぽの腕のおもさよ鳥渡る
肉うすき仏坐せり秋の果
青年の昼溶けやすしスモア焼く
鍵束に沈む鍵鳴る焼野原
廃屋の花の芯なる冬日かな
雲梯は熱を残して雪もよひ
湯たんぽや絵本の海の深きこと
花ミモザ匙に未完のひかりあり
(2023年豆の木賞応募作品、次点)
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豆の木賞への7回目の挑戦も、あえなく散った。
素晴らしい先達たちとの互選の結果、受賞されたのは佐々木紺さんの「雪はまぼろし」。私も点を入れ、その世界を堪能した作品なので、もう納得するしかない。豆の木№28で読むことができると思うので、ぜひご覧いただきたいと思う。
それにしても、この残念な結果を、尊敬する作家によってかくも鮮やかにもたらされるなんて。悲しむべきか、喜ぶべきか。失意を弄ぶ暇も与えてもらえない。
結果に拘泥せず、自分が好きな俳句・連作を作ること。楽しいときはこれができているときなのだが、まぁ凡俗にはそう簡単なことではないのだ。