第4章 クマノミとイソギンチャクの結婚
第1話 イソギンチャクの献身
翔と早紀が水族館に行った時の事。
「早紀、見てみて。クマノミとイソギンチャク。お互いに助け合って生きてるんだよね。なんか僕達みたいだと思わない?」
クマノミとは、オレンジ色ベースの身体に白い帯のあるかわいらしい魚だ。
良くテレビ等でイソギンチャクの中に隠れている映像が流されている。
このクマノミとイソギンチャクは、生きもの同士が「共生」の関係にある典型的な例として知られている。
「共生」とは、ある生きものが別の生きものと一緒に生活し、お互いに利益を得ている関係の事をいう。
イソギンチャクの触手には毒があり、通常であれば触れた生きものはマヒして食べられてしまうが、クマノミは触手に触れても大丈夫なのだ。
なぜ大丈夫なのかの謎が最近の研究で解明された。クマノミの体表を覆う粘液の化学組成がイソギンチャクの粘液の化学組成に似ており、イソギンチャクはクマノミを餌とは認識出来ないのだ。
だから、クマノミはイソギンチャクに外敵から守ってもらいながら、動けないイソギンチャクに餌をおびき寄せたり、近くを泳ぐことで新鮮な海水をイソギンチャクに送っているのである。
「そうだね。でも翔知らないんだ。クマノミって、時々イソギンチャクの触手をつついて食べてしまう事があるんだって」
早紀は千葉県船橋市の海の近くで育ち、海洋生物について詳しかった。翔は哺乳動物や、ヘビとかカエルは詳しかったが、魚はそれ程でもなかった。
釣りが好きなので、川魚はわりと詳しかったけど、海のない埼玉県出身という事もあって、海の魚や他の海洋生物にはそれ程詳しくなかったのである。
「そうなんだ」
「翔さー、もしかして映画『ニモ』はクマノミって思ってる?」
「どう見たってクマノミじゃん」
「違うよ。良く似てるけど、『クラウンアネモネフィッシュ』っていう別の魚なの」
「早紀、良くそんな事知ってるな。僕だって動物にはけっこう詳しいけど知らなかったよ。さかなクンもビックリするんじゃね」
「えっへん! じゃあ、もう一つ面白い事おしえてあげる」
「何?」
「もしクマノミになれたら、翔の願望が叶うかもしれないんだよ」
「えっ⁉」
「クマノミはね、性転換する魚なの。オスがメスになるんだよ」
「そうなんだ! けっこうそういう動物がいるって事は聞いた事があるけど、クマノミがそうだったなんてビックリ」
「クマノミがイソギンチャクの触手を食べてしまうみたいに、私、翔になら食べられてもいいかな……」
「そんな事しないって……」
「なんかまた勘違いしてるし。いつも食べないで食べてるでしょ」
「そっちかよっ!」
嬉しかった。翔は思わず人目もはばからず早紀を抱きしめる。
「翔。最近ストーカーで困ってるの」
早紀はストーカーに心当たりがあるみたいだった。というのは、過去に早紀が付き合った男はほぼ全部早紀が一方的に振られるという結末らしいのであるが、一人だけ早紀から振った男がいるとの事。名前は木内和也。別れを切り出した理由は、あまりにも束縛し過ぎるからだそうだ。
なにせ、他の男とちょっと2人で話をするだけで「浮気しているだろう」みたいな事を言うんだとか。
「無言電話が来たり、誰かに後を付けられているみたいなの」
「防犯ブザーとか買った方がいいんじゃない」
「そうだね。」
「心当たりがある奴かどうかは分からないの?」
「今の所分からない。本当にストーカーかどうかも微妙だし」
「でも注意するに越した事はないよな。僕も気を付けるから」
翔はしばらくの間、早紀の周辺に気を付けて過ごす事にした。
「やっぱりストーカーは和也だった。尾行に気付かないふりして待ち伏せてたら、私の目の前に来たの。そしたら逃げていった」
「警察に届けよう」
警察に届け出た事で、早紀のストーカーもどうやら諦めてくれたようだ。ひとまず良かった。
しかし、そう思ったのもつかの間、和也は警察のマークが緩くなりそうな時期を見計らうかのように、再び翔と早紀の住むマンション周辺をうろつき始めた。
翔は早紀から、交際していた頃に撮影した和也の写真を見せてもらっていた。
近くを怪しげな表情でうろついていた和也を見つけ、声をかけた。
「木内和也さんですか?」
「なぜ俺の名前を知ってる? 早紀に聞いたのか」
「そうです」
「早紀は俺の女だ。早紀にちょっかい出すんじゃねぇ」
「何言ってるんですか。僕は早紀の恋人です。早紀はあなたとはとっくに別れたと言っています。つきまとうのはやめていただけませんか」
「お前こそ早紀から手を引け」
「お断りします」
「てっ、てめえ!」
和也は右手をポケットに忍ばせたかと思うと、次の瞬間、ナイフで翔に切りかかってきた。和也は翔を逆恨みしていたのである。
早紀が自分になびかないのは、翔という邪魔者がいるからだという自分勝手な妄想に支配されていた。
その時、物陰から2人のやり取りを見守っていた早紀が飛び出してきた。
早紀は、翔をかばうようにして突き飛ばし、和也のナイフが早紀の背中を突き刺した。
崩れるように倒れる早紀。それを見て自分のした事に驚き怯えた和也は、ナイフをその場に落として逃げ出した。
翔はすぐに早紀の元に駆け寄り、声を掛けた。
「早紀!!! 死ぬな! 死んじゃだめだ! 僕を一人にしないでくれ! 愛してる!」
「ありがとう……その言葉……ずっとずっと聞きたかった……」
早紀は、クマノミである翔のために自らの触手を捧げてくれたイソギンチャクそのものだった。
早紀は病院に運ばれ、ICUに収容された。翔は意識のない早紀に枕元で必死に呼びかけ、神に祈った。
しかしICUにはいくら彼氏とはいえ、部外者はそう長くいる事は出来ない。翔は病院の廊下の椅子に座って、手を合わせて神に祈り続けた。
(神様、ふだんはあなたの事なんて考えもしないのに、こんな時ばかり頼んですみません。でもお願いします。僕の命をあげてもいいです。どうか早紀を助けてください)
早紀は3日間生死の境を彷徨ったが、翔の必死の祈りが通じたのか、3日目に意識を取り戻した。
翔は、ICUで早紀にプロポーズした。
「早紀、僕と結婚してくれ。もう離さないよ」
「嬉しい……こちらこそ」
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第2話は、翔と早紀がお互いの両親に結婚の報告をします。お楽しみに!
第2話 結婚の挨拶と、「お父さんすみません」
翔は早紀と共に、千葉県船橋市に住む彼女の両親の元へ挨拶に行った。
翔と早紀の両親は既に面識があった。もっと言えば既に家族同然のお付き合いをしていたのだ。
というのも、早紀が和也に刺されて大けがをした時に、何度もお見舞いに通っていたからである。その時に同棲している事も報告済みだった。
早紀の両親に結婚の報告をした時は物凄く喜んでいて、特上のお寿司を注文したり、お酒を出したりと盛り上がった。
「僕は嬉しいよ、早紀の両親にこんなに歓迎してもらえるなんて」
早紀は、改めて翔と一緒になる決心をして良かったと思った。
この日、翔が家に帰ろうとして早紀の実家を後にしてすぐの事だ。
「翔さん、少しお話があります」
早紀の父親だった。
翔と早紀の父親は、早紀の実家近くの喫茶店に入った。
「翔さん、今から私と話す事は、絶対に早紀には言わないと約束していただけますか?」
「分かりました。早紀には言わない事をお約束します」
一体何の話だろうと思いながら、翔は早紀の父親の話に耳を傾けた。
「まず、早紀がうつ病だという事はご存じですよね?」
「はい。聞いています。それも承知の上で早紀と一緒になる事を決めましたから」
「それから……ちょとお話ししにくいのですが、早紀はもう一つ何か深刻な病気に罹っていると思うのですが、それもご存じですか?」
(やはり両親はPSASの事に気付いていたのか。でもどうしようか。早紀は両親には知られたくないと言っていたし。これは困ったぞ)
「知っています」
翔は変に誤魔化すよりも、正直に言った方がいいと思った。
「やはりそうでしたか。さしつかえなければどんな病気か教えていただけないでしょうか」
「お父さんにその内容を伝える事は出来ません。早紀から口止めされています。すみません」
「私は早紀の父親ですから、もうずいぶん前から早紀の様子がおかしいとは思っていました。一時は別人のように元気もなくなってしまって、良く見ていないと危険なのではないかと心配していたのです」
「お父さんが早紀の身体の事を知りたい気持ちは良く分かります。婚約者には言えても、両親には言えない病気です。それで察してください」
「分かりました。早紀はあなたと一緒に住むようになってから、またとても元気になったんです。だから私も妻も、あなたの事を信用しています。早紀の病気がどのような病気なのか、親としては知りたい所ですが、どうしても早紀が言いたくないのであれば仕方がありません。あなたがそれでも早紀と一緒になってくれるのであれば、もう何も言いません」
それ以上、何も追及して来ない早紀の父に感謝しつつ、翔は改めて早紀と一緒になる事が、いかに責任重大であるかを再認識した。
「ありがとうございます。僕は必ず早紀を幸せにします」
次は翔の両親への挨拶だ。
翔は実家の両親に電話をかけた。
「翔かい。久しぶりだね。どうしたの」
電話に出たのは翔の母親だった。
「結婚を考えている人がいるんだ。彼女が挨拶をしたいと言っているから会って欲しい」
「本当かい。お前もついに奥さんになる人を連れてくるようになったんだねぇ」
「まあそうだね」
「一時は心配したよ。美紅ちゃんがいなくなってから、全然女の子を家に連れて来たりしなくなったから」
やはり両親は心配していたようだ。
「今度の日曜日はどうかな」
「大丈夫だよ」
「そしたら14:00に婚約者を連れて行くよ。深山早紀さんて言うんだ」
「早紀さんか。いい名前だね」
「ありがとう」
翔は電話を切り、早紀に伝えた。
「次の日曜日の14:00に僕の実家に行こう。そこで君の事を紹介するから」
「すごい楽しみ。翔のご両親ってどんな方なの?」
「言った事なかったっけ。父さんはとても厳しい人。でも母さんの尻に敷かれててちょっと情けない所もあるんだ。母さんはとても社交的で明るい人。きっと早紀と合うと思うよ」
「へーそうなんだ。そういえばお母さまの事は前に少し聞いた事あったかな」
「そんな事あったっけ」
「ほら……トイレに行った時の話……」
「あの話かい!」
ついに挨拶に行く日になった。
翔は早紀と一緒に玄関に入り、ドアを閉めるとまず両親を早紀に紹介した。
「早紀、僕の父の隆と母の今日子」
翔は次いで早紀を両親に紹介した。
「父さん、母さん、この人が電話で話した深山早紀さんだよ」
早紀は、翔の両親に挨拶した。
「はじめまして。深山早紀です。改めまして結婚のご挨拶に伺いました。今日は私達のためにお時間をいただきありがとうございます。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。ここじゃ何ですからおあがり下さい」
「失礼します」
案内された居間につくと、早紀は手土産を袋から出し、渡した。
「こちらは船橋の名物のお菓子です。甘い物がお好きだと伺いましたので、お口に合うといいのですが」
早紀が持って来た「髙木チーズ」は、フランス産チーズ、船橋でとれた卵と牛乳を使ったスフレタイプのチーズケーキだ。船橋市の「ふなばし産品ブランド」にも認定されている。
翔は早紀の言葉を受けて言った。
「早紀は船橋で生まれ育ったんだよ」
翔の母は囲碁やダンスを趣味としていて、かなり社交的である。初対面の早紀ともかなり打ち解けている。
場の雰囲気が和んで落ち着いて来た。そこで翔は結婚報告を切り出す事にした。
「父さん、母さん、僕は早紀と結婚したいと思ってる。早紀の事を誰よりも愛してるんだ。それに早紀は僕の命の恩人だ。早紀がいなかったら暴漢に刺されて死んでた。だから結婚を認めて欲しい」
「私も翔さんを心から愛しています。翔さんと一緒になりたいです」
早紀は更に、自分の実家で結婚の挨拶をして、許しをもらった時の事を話した。
「翔さんとは、以前から真剣にお付き合いをさせていただいておりまして、先日、私の父と母に結婚の挨拶をしてくださいました。二人共結婚に賛成してくれています。お父さん、お母さんにも祝福してもらえるとうれしいです」
「翔、お前は本当にいい人を見つけたね」
どうやら翔の両親は早紀をかなり気に入ったみたいだ。
「私にとって翔さんはかけがえのない大切な人です。至らない私ですが、これから翔さんと一緒に温かい家庭を築いていきたいと思っています。
翔さんのお父さま、お母さまとも、末永くお付き合いさせていただけると有難いです。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。そこまで翔に肩入れしてくれるなんて。翔の事よろしくお願いします」
その後、翔達は趣味や仕事の事など自己紹介も兼ねた内容や、子どもの頃の話等を話題に会話を続けた。
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第3話は、翔と早紀の結婚式です。お楽しみに!
第3話 恋の卒業式は神前式で!
翔と早紀は、当初籍だけ入れて式は挙げない予定だった。
というのも、翔は、早紀があの大人数の前でPSASの症状に苦しめられるのは忍びないと思っていたからである。
「なあ早紀、式はどうしようか」
「出来れば大勢の人の前に出たくないけど……でもやっぱり一生に一度の晴れ姿をお父さんとお母さんに見せてあげたいんだよね」
「大丈夫なのか」
「なんとか我慢するよ。今までだってそういう事はけっこうあったし」
「そうか。それでさ……今思ったんだけど、教会やホテルよりも神前式の方がいいんじゃないかな」
「私も同じ事考えてた」
「やっぱりそうか。神前式なら基本的に親族しか出席しないからね。出来れば友達を呼んでワイワイしたかったけど、それじゃ早紀は緊張して症状もひどくなるかもしれない。なるべく身体の事を第一に考えよう」
「翔、ごめんね」
今時「ジミ婚」なんていう言葉もあるように、結婚式も派手にしない人が多いようだ。
「出来ればウエディングドレス着たかった。小さい頃からのあこがれだったから。でも打掛けの方がたぶん周りに匂いが広がりにくいと思う。汚れも目立たないしね」
とにかく式の最中に早紀に恥ずかしい思いをさせない事が大事なのだ。
「打掛けはドレスみたいに露出が多くないのも私に合ってる。私かなり痩せてるでしょう。ドレスだと痛々しくなっちゃうからね」
「そっか」
「それに私、人前で翔と誓いのキスなんて絶対出来ない」
「神前式なら誓いのキスしなくていいしね。本当はしたいけど」
「私だって同じだよ。でもそんな事したら式の最中に気を失うかも……」
「おいおい、そりゃまずいよ。でさ、僕もタキシード着てみたかったけど、よく考えてみたらあれ、長身の人じゃないとあまり似合わないんだよね。僕には羽織袴の方が合ってる気がする」
「そうだね。翔はカッコいいと言うよりカワイイっていう感じだから」
「ひでーな。当たってるけどさ」
翔は、更に前から考えていた事を早紀に伝えた。
「それと式が終わったら2次会はしない。ちょっと残念だけど。今時は2次会無しは全然珍しくないんだ。ゼクシィのアンケートでも2次会をしなかった夫婦は、首都圏だと半数を超えてる。晩婚化で、若い人達よりも体力的に厳しいという事も関係してるみたい」
「そんな事まで調べてくれたんだ。ありがとう」
「ああ。君のためなら何だってするさ」
「もう、 翔ったら!」
ついに結婚式の日が来た。
まさに結婚式日和とも言える程、雲ひとつない日本晴れだ。
早紀は、家族に見守られて神に愛を誓うのは少し恥ずかしい気持ちもあったが、いざ式が始まるとそんな気持ちはすっかりなくなっていた。ただ感謝の気持ちと、翔の奥さんになれて嬉しいという気持ちでいっぱいだった。
早紀の両親の目からは、既に涙が溢れていた。
「早紀、幸せになりなさい」
「……お父さん、お母さん、ありがとう」
五つ紋付き羽織袴に身を包んだ翔と、早紀は色打掛け姿で三々九度の盃に臨んだ。これは、御神酒を大・中・小の3つの盃に注いで新郎新婦で飲み交わす儀式だ。
御神酒を一つの器で交互に飲む事が「夫婦として固い絆を結ぶ」「一生苦楽を共にする」という意味を持つのだ。
続いて誓詞奏上。こちらは新郎新婦が二人で誓いの言葉を読み上げる。
通常は新郎が誓詞の全文を読み、新婦は自分の名前だけ読み上げる。
更に水合わせの儀。新郎新婦が両家の実家で汲んできた水を注ぎ合わせる儀式である。
「新郎新婦が一つになる」とか、「二つの家族が一つになる」という意味合いがある。
最後に手合わせの儀だ。これは、新郎と新婦が祭壇の前で向かい合って、手の平をそっと合わせる。
指輪を交換した後に行う。新郎新婦が結婚指輪をはめた左手を合わせて、「この人の手を離さず、愛していきます」と心の中で誓うのである。
「早紀、凄く綺麗だよ、これからもよろしく」
「ありがとう」
家族や親戚の人達に祝福された。
地味だけど、素敵な恋の卒業式。仲間は来れなかったけど。
どんな苦しみも、きっと2人なら乗り越えていける。
感動の結婚式を終え、両家と親戚一同で懐石料理を囲みながら談話を楽しんだ。
翔は早紀を姉の杏奈に紹介した。外資系企業勤務で海外出張の多い杏奈と、早紀はまだ直接顔を合わせた事がなかったのだ。
「姉さん、早紀に直接会うのは初めてだよね」
「そうだね。なんだかんだで機会がなかった。でも翔、本当にいい人見つけたね」
早紀は杏奈に挨拶した。
「ありがとうございます。早紀です。これからよろしくお願いします」
「そういえば姉さんは結婚しないの?」
「私はまだ自由でいたいからね」
「そんな事言ってると売れ残っちゃうぞ~」
「うっせーわ。あなたが思うよりモテるんです!」
式が終わり、翔と早紀は式場である神社の隣にある、ホテルの一室でくつろいでいた。
今日はそのまま一泊して明日の朝帰宅予定だ。
「いい式になったね」
「そうだね。でも凄く疲れた」
「症状はどうだったの」
「やっぱり何度も出て来た。緊張するとそうなの。でも大丈夫」
「やっぱりそうか」
「打掛けにして正解だったよ。パッドを入れていても下着がびしょびしょになってる。ウエディングドレスだったら匂いがすごかったかもしれない」
「残念だけど仕方ないよね」
もうホテルの部屋から出る事もないので、備え付けてあったガウンに身を包んだ。
二人でベットに寝転びながら今日の写真を見返す。
「君の両親涙目だったね」
「そういう翔だってかなり涙目だったよ」
「まあ、今日から君が俺の嫁さんになって嬉しいからね」
「本当?……私もだよ、翔」
翔はきつく早紀を抱きしめた。
翔と早紀はいつもの2人だけの「儀式」を荘厳にとり行った。
「ああ……早紀、綺麗だよ……」
「……ああっ……」
翔達はまだ婚姻届を出していなかった。
明日二人で役所に出しに行くのだ。
これで二人は晴れて正式な夫婦となる。
◇◇◇◇◇◇
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次の第4話は、翔と早紀が新婚旅行に行きます。今回もまた翔が早紀の身体への配慮を。妬けるぜこんちくしょ~。お楽しみに!
第4話 愛のSDGsは環境に優しい……だけじゃないっ!
「早紀、次の休みに新婚旅行に行こう!」
「前に話したじゃん。私旅行はちょっと難しいって。飛行機も船も、他の交通手段も振動とか揺れがすごいからPSASの症状が酷くなるって」
「大丈夫。僕にいい考えがあるんだ。たしかに完全に症状を抑えるのは無理だけど、普段とそう変わらずに長距離を移動出来る手段があるから」
「へーどんな?」
「それは内緒」
「いいじゃん教えてくれても」
「当日のお楽しみ。残念ながら海外は無理だけど。あと国内でも沖縄とか離島は無理だな。飛行機と船は無理でしょ」
「うん。飛行機は席どうしが近いから匂いが心配だし、船は振動はそれほどでもないけど私船酔いがすごくて」
「そういう心配はいらない方法だよ」
そして旅行の日が来た。
早紀より早起きして一人で出かけていた翔は、見慣れない車に乗って戻ってきた。
「なにその車?」
「日産のリーフって言うんだ。100%EVだから振動はごくわずかだよ」
「そんなのあるんだ」
「PSASに障るリズミカルな振動はエンジンが原因だからね。この車はエンジンがないんだ。さすがに路面のガタつきまでは無くせないけれど」
「大丈夫かな」
「試してみよう」
「君のためにこの車を買おうと思ってた。いい機会だからこれで旅行に行こう。今日はお試しでレンタルだけど、いい感じだったら買おうと思う。そうすればこれからも国内ならいつでも好きな所に行けるようになるよ」
「ありがとう翔。いつも私の事をそこまで考えてくれるなんて」
「君のためだけじゃないんだ。この車はゼロエミッションって言って、排気ガスが全く出ない。SDGsの観点から地球環境の事を考えるのは現代人のたしなみだからね」
「なに似合わない事いってるの。バーカ」
照れ隠しに小難しい事を言いながら顔を赤らめている翔に、早紀は思わず抱きついた。
SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の事。世界中にある環境問題・差別・貧困・人権問題等の課題を、世界のみんなで解決しようという計画・目標の事だ。
例えば、EVが直接関係する「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」「気候変動に具体的な対策を」や、間接的に影響する「すべての人に健康と福祉を」「産業と技術革新の基盤をつくろう」等、17の大きな目標からなり立っている。
日本政府は温室効果ガスの排出量を2050年に実質ゼロにする目標を掲げる方針への調整を発表した。これから本格的にSDGsに向けて国が動いていく。
少し前までは、EVは航続可能距離が短くて、実用的には普通のガソリン車には遠く及ばなかった。が、今やリーフはJC08モードで航続距離は570km、実質的にも300km超と充分実用的な距離となった。この距離なら東京から名古屋あたりまで充電無しで行ける。
「まだこの車での移動が、君の身体に合うかどうか分からないから、いきなり長距離はやめよう。今日はひとまず近場の絶景スポットに行ってみよう。どこか行きたい所ある?」
「アクアラインに乗ってみない? 一度行ってみたかったんだ」
「いいね。じゃあ行こうか」
アクアラインは、神奈川県川崎市から東京湾を横断して千葉県木更津市へ至る高速道路である。
全体は15.1kmで、川崎側が海底トンネル、木更津側が海に掛かる橋で構成されている。
早紀は、翔と新婚旅行に行けるとは思っていなかったから喜びもひとしおだ。心ゆくまで楽しみたい。
行きたい所もたくさんあるし、時間が足りないけれど、それでも幸せを感じていた。
「少し遠回りして、東京ゲートブリッジとレインボーブリッジを経由して行こう。すごくいい景色が観られるし、アクアラインの『風の塔』も見られるから」
「何それ?」
「海底トンネルのための通気口だよ。すごく面白い形してるんだ」
東京ゲートブリッジは、中央防波堤外側埋立地と江東区若洲を結ぶ橋である。恐竜が向かい合っているような形をしており、別名「恐竜橋」と呼ばれている。
「それにしてもキレイ……だね。東京にこんな景色のいい橋があるなんて」
(こんなにも美しい景色を見れるなんて、幸せ。とても美しい)
「でしょ。夜はもっと綺麗だよ。ライトアップされるから」
東京ゲートブリッジを通る時に翔が早紀に伝えた。
「左側の海をよく見て。青のストライプのある、三角形を二つ合わせたような変な建造物があるでしょ」
「なんか見える……」
「あれが『風の塔』だよ」
「へー初めて見た。面白い形してるね」
「早紀、次はレインボーブリッジだよ。行った事ある?」
「ない。初めてだよ」
レインボーブリッジは、東京都の港区芝浦とお台場を結ぶ橋である。正式名称は「東京港連絡橋」だ。映画「踊る大捜査線」等、多くの映画やドラマの舞台にもなったから、関東以外に住んでいる方もご存じだと思う。
「ここもキレイだね。東京も捨てたもんじゃないね」
「だろ。みんな外国とか沖縄とかありがたがるけど、近場にだってこんな景色のいい場所はいくらでもあるんだ」
そしていよいよ主目的のアクアラインへ。川崎側の約9.5 kmが海底トンネルになっている。
「トンネル内はあまり普通のトンネルと変わらないね」
「そうだね。でも地上に出たらきっとびっくりするよ」
「へー」
トンネルと橋をつなぐ場所には、人工島である海ほたるパーキングエリアが設けられている。巨大な船のような幻想的な形で、訪れる人達の心を捉えて離さない場所だ。
海ほたるは周り一面が海・海・海だ。南側に広がる太平洋がまぶしい。
「本当にキレイだね」
「早紀、やっぱりあまり遠出した事ないのか」
「ドライブ自体かなり久しぶりだよ。子供の頃にお父さんに旅行に連れて行ってもらって以来かな。普通のエンジン車にはとても乗れなくなってたから」
「そうなんだ。これから色んな所に連れて行ってあげるよ」
「うわー楽しみ」
西側には風の塔が見える。東京ゲートブリッジやレインボーブリッジと違ったアングルで、同じ建造物とは思えない。ちょうどストライプ部分が死角となって見えなくなっているのだ。
更に……
「あれって、もしかして富士山?」
「そう。今日は天気が良いからね」
北側は東京湾。東京タワーやスカイツリー、ディズニーランドも観る事が出来る。
「さっき通ったゲートブリッジも見えるでしょ」
「本当だ。こういうルートいいね。やるじゃん翔」
そして東側、木更津側の約4.4 kmが東京湾アクアブリッジと呼ばれる橋だ。海ほたる共々、とても日本とは思えない絶景である。
「本当に夢みたいだよ。ありがとう翔」
「今日はアクアラインから降りてすぐの所にある、袖ケ浦のアウトレットパークで食事と一休みしてから戻ろう。そこにはラーメンランキング日本一の有名ラーメン店の支店があるんだ」
「翔って本当ラーメン好きだよね。私もだけど」
「いいじゃん」
どうやらリーフの振動は、早紀の身体にとってなんとか許容範囲だったようだ。早紀の症状をさほど悪化させる事は無かった。翔の思いが通じたのだろうか。
「早紀と一緒にいると、本当に幸せだ」
「私も……」
二人は、三井アウトレットパークの駐車場の車内で唇を合わせた。
翔と早紀は、すれ違うこともあったし、ケンカもしたりした。
それでもこうして夫婦として一緒にいられるのは、お互いをちゃんと想い合っているからだ。
「今度は泊りで少し遠出しよう。もっと楽しい旅行にしたいね」
「そうだね」
翔と一緒ならきっと楽しい旅行になる。早紀はそんな予感がしていた。
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第5話は、翔と早紀がかなり遠出して泊まりの旅行をします。エロの予感が……お楽しみに!
第5話 「伊豆のセブ島」海外や沖縄にも負けない場所!?
夏になり、気温もかなり高くなって汗ばむ季節。
「早紀、海外や沖縄に負けないくらい綺麗なビーチに行ってみないか?」
「えーそんなのあるの? どこ?」
「伊豆の『ヒリゾ浜』って言う所だよ」
ヒリゾ浜は本州でナンバーワンの透明度を誇る海岸で、別名「伊豆のセブ島」と呼ばれている。その独特の地理的環境から、ありのままの自然が残されている。
普段は立入禁止で、7月から9月の間だけ渡し船で渡れるようになっている。
「船は私苦手だな」
早紀は船酔いしやすい体質である。
「大丈夫だよ。船といっても5分くらいだから」
「それなら平気かも」
「いろんなルートがあるけど、東名高速使わずに海沿いのルートで行こう。その方が景色も楽しめるから」
「そうだね」
「厚木から小田原厚木道路で小田原まで行って、それから真鶴新道に乗り、更に熱海ビーチライン・国道135号線で東伊豆から下田、国道136号線のルートにしよう」
「……って言われても良く分かんない。私、道知らないんだ」
「海が良く見えるルートだから楽しみにしててね」
前回のアクアラインドライブで、リーフが早紀の身体にやさしい事を確かめた翔は、リーフの購入に踏み切った。
この車を走らせ、夏の小さな旅がスタートする……
伊豆になぜこのようなキレイな場所が出来たのだろうか。ある意味で奇跡といってもいい。半島の先端で切り立った崖に覆われている事、国立公園だから開発がされていない事、川の水が流れ込んでこない事、黒潮の通り道となっている事等、これらが相まって他にはない環境を作り出した。
「ねえ……どうかな? この水着…」と、早紀が翔に尋ねた。
早紀はワンピースの水着を着ていた。競泳選手のようだ。
「早紀の水着姿初めて見た。あまりエロくないね」
「ひっど~い! 本当はセクシーなビキニを着て翔を悩殺したかったけど、私痩せてるからあまり似合わないんだ」
「ビキニもいいけどさ、露出が露骨過ぎてかえってそそらない。こっちの方が素敵だよ」
「本当?」
おせじの下手な翔は直球でほめて、自分の発した言葉に照れている。
「翔、顔が真っ赤だよ!」
「しょうがないだろ」
翔はそう言って、早紀の手を繋いだまま海に向かって飛び込んだ。
「やはり海っていいね。夏は海に限る」
「今日は来て良かったね」
早紀はいつになくはしゃいでいる。
翔はそれを近くで見つめていた。
ここの海は、数メートル下の底の小石までクッキリ見える程の透明度だ。
「こんな海岸見た事ない。すごいんだね」
「だろ。わざわざ海外や沖縄にいかなくてもいいでしょ」
「まるで空に浮いているみたい」
「本当だね」
「気持ちいい」
早紀の表情に見とれる翔。
「ずっとここにいたい」
「海もキレイだけど、早紀、君はもっとキレイだ」
「もう~恥ずかしいよー」
水がキレイなだけではない。ここはシュノーケリングに最適な場所なのだ。サンゴが群生し、色々な回遊魚が泳いでいる。
抜群の透明度を誇るこの海の中を知らないなんてもったいない。
シュノーケリングなら、ダイビングのように大掛かりな器材やライセンスもいらない。気軽に海の中を覗く事が出来る。水中メガネをつけて、ちょっと顔を海につけてみるだけで、そこにはまったくの異世界が広がっているのだ。
「サンゴがすごくキレイ」
「イソギンチャクもいる。もちろんクマノミもね」
「私達みたい」
「そうだね。ウミウシとかエビが見られる時もあるよ」
「でも有害な生きものもいるから注意してね。ゴンズイとかオコゼはひれの毒針に刺されたら大変だし、ヒョウモンダコに噛まれたら死ぬ事もあるんだ」
「知ってるよ。翔忘れてるでしょ。私海の生きものには詳しいんだよ」
「そうだったね。クマノミの話ちゃんと覚えてるよ」
「ヒョウモンダコってすごくかわいいのに、猛毒があるんだよね」
「そうそう。手のひらサイズの大きさ」
中を覗くと魚の群れが通り過ぎて行く。
「うわーすごい大群だ。あれなんだろうね」
「スズメダイかな」
「なかなか見られないけど、エイとかウミガメも時々現れるらしいよ」
「ウミガメは翔の方が詳しいよね。前に産卵の話してたもんね」
「そんな事覚えてるんだ」
翔と早紀は、その後予約したホテルへとチェックインした。
部屋の中はとても広くて、部屋からの景色も最高。これなら夜景も観られる。
「うわっ、すごくキレイ……!」
「いい景色だね」
「うん!」
(ここに来て本当に良かった。時間が経つのもあっという間だ)
「早紀」
早紀は、名前を呼ばれて振り返る。
翔から軽くキス。
「愛してるよ、早紀」
「私も」
「早紀、夕飯食べる前に風呂に入ろっか?」
「そうだね」
翔と早紀はまず風呂に入った。二人でのんびりと外の露天風呂に入った。
「早紀、気持ちいいね」
「うん。すごく気持ちいい」
こうして二人で外の露天風呂に入るなんて、思ってもなかった。だけどとても気持ちがいい。
そしてお互いに身体を密着させ、その温もりを感じる。
「あっ、ちょっと翔、やめ……」
(翔に抱きしめられるととても幸せ。でもすごく恥ずかしい)
「早紀の肌はきめ細かくてすべすべ。さわってると気持ちいい」
「そう?」
「ねぇ、ここで見せっこしよっか」
「えっ」
「いつもと違う感じがいいと思わない?」
「もう~やだ!」
「またまた」
解放感からか、早紀は素直に快感に身を委ね、すぐに息を荒くした。
「あ……気持ちいい……いつもよりずっといい……」
「素敵だよ早紀……」
縁がないと思っていた新婚旅行。でも、翔のイキな計らいでこうして旅行出来た事が本当に嬉しい。
翔と早紀は、新婚旅行なんてきっと無理だと思っていたから。
「翔、本当にありがとう」
「どういたしまして」
翔は早紀の手を握ったまま、じっと見つめる。
「翔、新婚旅行に連れて来てくれてすごく嬉しいよ」
「こちらこそ。もちろん僕だって来たかったから」
早紀は思わず泣きそうになる。
「翔、私ね……」
「何?」
「私本当に幸せだよ。翔とこうして夫婦になれた事。新婚旅行に来れた事。私こんなに幸せになっていいのかな」
「いいにきまってるじゃん。僕も幸せだ」
「翔、愛してるよ。これからもずっとずっと一緒にいようね」
二人は、共に喜びも哀しみもすべて分かち合っていく事を決意していた。
「早紀……」
翔は、早紀の手を握って目をジッと見つめながら言った。
「僕と結婚してくれて本当にありがとう」
「ああ……これからもずっと一緒にいたい」
早紀の目から自然と涙がこぼれた。
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読んでいただきありがとうございました。
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よろしければ、私のもう一つの長編小説「ひとり遊びの華と罠~俺がセックス出来なくなった甘く切ない理由」もお読みいただけると嬉しいです。
https://kakuyomu.jp/works/16816700429286397392
次から第5章に入ります。第1話は、翔と早紀が子作りにチャレンジします。しかしこの2人はセックスレス(?)カップルです。いったいどうするのでしょうか? お楽しみに!