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カラスは鳴くもの

カラスが鳴いていた。すごく鳴いていた。たぶん複数羽で、まるで競い合うように鳴いていた。不協和音のような騒音から、少しずつ、だんだんと、カアァ、カァと、一定のリズムを得た音楽のように響きはじめていた。

そこに、子どもが通りかかった。お母さんらしき女性と手を繋いだ、3歳くらいの男の子だった。

「カラスがいるね」と言った。「たくさんいるね」と。

そのとおり、カラスがたくさんいて、一斉に鳴いているので、私はつぎに、その子どもはカラスの鳴き真似をすると予想した。カアァ、カァと、それは見事に鳴いていて、大人の私でも人目がなければ真似をしたくなる勢いではあったので、子どもならば、人目を気にする必要のない子どもならば、すぐさま一緒にカラスと鳴き出すだろう、と思った。

でも、子どもは鳴き真似をしなかった。

ただ「カラスだね」「いっぱいだね」「すごいね」と、繰り返すだけだった。

子どもなら全員がカラスの鳴き真似をするし、猫を見たらにゃあと言うし、犬を見たらワンワンと言うし、救急車が通りかかればピーポーと言いながら指をさすもの、と私は思っていた。思い込んでいた。

でも、違った。私の安易な想像を超えたところで、その子どもは、ただひたすらに「カラスがいる」という事実に言及するだけで終わった。

カラスは鳴くもので、子どもはその真似をするもの。私の安易な想像を超えたところで、いつだって世界は動いている。


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