キレた。腹いせにショートカットにしてやった
「ショートカットが楽と思いはじめたら、おばさんのはじまりでしょ」
新卒で入社した葬儀会社で、取引先の霊柩バス運転手が冗談まじりに放った一言。式場内では告別式が行われている最中だった。無事に会葬者の焼香案内を終え、ちょっと休憩していた矢先のこと。式場外にある香典受付前に集まるのが、いつもの流れだった。
ショートカットが楽と思いはじめたら、おばさんのはじまり……。
どうして、そうなってしまうんだろう。
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勤めていた当時、わたしは20代前半だった。
大学を卒業したばかりで、まさに右も左もよくわからないまま。必死に目の前の仕事に齧りついていた。元々オシャレに興味があるほうではなかったけれど、忙しさに甘えてますます「自分に手をかけること」から距離を置いていた気がする。
わたしの勤めていた葬儀会社は、良く言えば昔からの伝統を大切に重んじる社風だった。男性には男性の、女性には女性の役割がある。式場設営や故人さまのお迎えや営業打ち合わせが男性の仕事なのだとしたら、来客応対やお茶出しやコピーや事務所の掃除が女性社員の仕事。
わたし自身、体格差があるのだから多少の偏りは仕方がないと思っていた。
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少しずつ風向きがおかしいと思いはじめたのは、入社して半年ほど経った頃だと思う。
「女性はやっぱり20代のうちが華だよね」
「彼氏いないの?結婚するなら20代のうちだよ」
「北村さんもいずれ結婚して辞めちゃうんだろうな~」
「黙って立ってれば良い女なのにな」
少しずつ、少しずつ、あれ?と違和感を覚える言葉を投げかけられることが増えていった。もしわたしが20代の女性ではなかったとしたら、かけられることのなかったであろう言葉ばかりだ。
なぜわたしが何も言わないうちから、勝手に「20代」「女性」といった枠に押し込めようとするのか。「女性だから」という理由だけで、レッテルを貼ろうとする理由がわからない。なぜ、性別由来の役割を押し付けられなきゃならないのだろう。
極めつけが、この言葉だったのだ。
「ショートカットが楽と思いはじめたら、おばさんのはじまりでしょ」
その言葉を聞いた当時のわたしの髪型は、ポニーテールにできるくらいの肩下セミロング。まともな休みもなく、定期的に美容院へ行くなんて夢のまた夢だった。「切りたいのに切りに行けない」諦めと怨念が詰まった結果が、髪の長さにあらわれていた。
「北村さんはまだ20代だし、ちゃんと髪も気を遣ってて偉いね」
そうじゃない。そうじゃないよ。ある程度伸びてしまえば、結ぶだけで事足りるからだよ。わたしがここまで髪を伸ばした理由は、オシャレなんかじゃない。結べる長さのほうが楽だから、それだけだ。そもそも美容院に行くヒマもないくらいクソ忙しいってだけだ。
目の前にいるこの人は、ショートカットのほうがセットにコツが要ることをわかっていない。ショートカットを保つのに、どれだけ小まめに美容院に行かなければならないのかを、知らない。
「おばさんにならないように気をつけなよ~」
キレた。
このときわたしがどう受け答えしたのか覚えていない。はっきり覚えているのはその直後、腹いせにバッサリと髪を切ってやったことだけだ。おばさんの象徴であるらしいショートカットに変身!毛量が多いわりにボリュームが出にくいわたしの髪は、それなりに見せようと思えばセットに結構な時間がかかる。
髪を伸ばしていた頃は、軽くクシで梳かして結ぶだけ。
ショートカットにした途端、鏡に向き合う時間が圧倒的に増えた。
自分に手をかける時間が少ない女性からおばさんになっていくのなら、わたしは20代の時点で立派なおばさんだった。
突如ショートカットになったわたしを見た、例の取引先のバス運転手がどんな反応をしたか。思い出せないということは、ムダな記憶なので脳内から消したということだ。
「わたしもこれで、立派なおばさんの仲間入りです~!」
皮肉たっぷりに、笑顔でそう言ってやればよかった。
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美容院へ行って、美容師さんに髪型をオーダーし、あとはプロの手に任せて雑誌をひらく。
きっとこれまで、わたしは自分のためではなく、自分を見る誰かのためだけに髪型を整えていた。
両親が受け入れてくれる髪型に。友達が褒めてくれる髪色に。恋人が好きと言ってくれるスタイルに。
そしていつしか、髪型に頓着しなくなっていった。毎日忙しく仕事をしているのだから、髪型になんか構ってられないと思っていたのだ。仕事をがんばるわたしを、免罪符にしようとしていた。
何かが変わったのだとしたら、腹いせにバッサリと髪を切り、ショートカットになったあの瞬間。
自分が好きと思える自分になろう。自分が「いいじゃん」と思える自分でいよう。周りの誰かの反応をうかがうんじゃなくって、わたしはわたしからの「OK」をもらって生きていく。
若いから、女性だから、っていうんじゃない。
わたしは、わたしだから、美容院へ行く。
在りたいわたしで居続けるために、プロの手を借りに行くのだ。