見出し画像

イタリア人の作ったネットワーク・プレーヤーにノックアウトされた話

■縄文時代のネットワークオーディオ!?

 いろいろなところで恥を忍んで書いているが、私のネットワーク環境はまったくもって貧弱の極みだった。パイオニアのユニバーサルBDプレーヤーBDP-LX58のネットワーク再生機能を、何の工夫もなくそのまま使っているだけだったのだから。


パイオニアBDP-LX58
これまでミュージックバードのコラムほかでいろいろ愚痴ってきた、
愛憎相半ばする製品なのだが、
ほんの10万円ほどで購入できたプレーヤーとしては、
音は極めて優れているといってよい。

 何といってもBDP-LX58、スマホやタブレットをリモコンにすることもできず、PCモニターをつながなければCD/SACD再生以上のことが何もできず、モニター上で操作しようにも本体リモコンは実に気が利かず、反応スピードも遅いから、膨大な曲を収めたNASから聴きたい曲へたどり着くだけで一苦労だった。

 また、今時ギャップレス再生にすら対応していないというのは致命的で、しかもそのギャップがまた不必要なまでに長いという、まるで意地悪でもしてるのか、という持病も抱えていた。

 かてて加えてこのBDP-LX58、ファームウェアのアップデートが仕様的にできないとのことで、待てど暮らせど改善の手が加わることはなかった。そうこうしているうちにメーカーが滅びてしまったので、今となってはもう手の施しようがない。

■ディスクプレーヤーとしては未だ現役

 とまぁ悪口を書き連ねたが、それでもBDP-LX58は今なおわが愛機として、リファレンス・ディスクプレーヤーの座へ収まっている。CD/SACDプレーヤーとしては、未だ現役で十分使えるクオリティの持ち主だからだ。とはいえ、CDはアナログ出力より同軸でDACへつないだ方が遥かにしっかりした音だし、SACDだってまぁクオリティ的にはお察しだが、それでも明らかにSACDはCDレイヤーよりも音が遥かに広がり、解像度も高いのがはっきり分かる。変態ソフトの試聴機や、ケーブルなどのテストベッドとしては、未だ十分有用なクオリティを持つといってよいだろう。

 一方、DVDやBDはもうほとんど見ることがなくなった。何よりわが家には大きなTVモニターがなく、前述の操作用PCモニターで見るしかないのだから、映像ソフトの高品位再生はもとより諦めている。

■Qobuz再生を念頭にプレーヤーを新調

 しかし、ネットワークだけは何とかしたいと考え続けていた。そこへ降って沸いたのが、昨年来のQobuz騒動である。昨年の前半にローンチと案内されていながら待てど暮らせど開始のアナウンスがなく、ジリジリしながら待っているところだ。ご同輩も多かろう。

 秋とも噂されるQobuzがローンチしたら真っ先に登録する気満々なのだが、そこではたと気づいた。BDP-LX58はストリーミングに対応していない! こりゃ何が何でもQobuzがつながるまでには、何かプレーヤーを用意していないと面倒なことになる。

 現金なもので、尻に火がつくと資料を調べ始める。といっても貧乏ライター風情だ。LINNやLUMINなど、とても導入できるものではない。何か手頃なところで、しかも他にない魅力を持った製品はないかなと、贅沢なことを考えながらいろいろ当たっていたら、昨年11月の大阪オーディオセッションで、たまたま土方久明さんがセミナーを打っていた伊VOLUMIOのネットワーク機器が目についた、というか耳へ飛び込んできた。

 VOLUMIOのブランド名は、同じく大阪の共立電子でセミナーをやっていた頃(コロナ前の話だ)、手のひらコンピューターRaspberry Piでハイレゾを鳴らす際のOSとして見知っていた。そのVOLUMIOが知らない間にネットワーク機器まで出しているんだな、ということは輸入元トップウィングのリリースで知ってはいたが、音を聴いたのはオーディオセッションの場が初めてだった。

 なにぶんホテルの一室を使ったデモだ。お客様も結構入っていたし、とても理想的な状況とはいえないながら、土方さんのデモで大いにピンとくるものがあった。

 ネットワーク・トランスポートのRIVOはこのクラスとしてはかなり突き詰めたワイドレンジ・高解像度を持ち、現代ネットワーク機器としてかなりいいところへいくのではないかと感ずる。わが家にはプリへ挿入したボード形式ながら、かなり信頼すべきDACがあるから、それにしようかと考え始めた矢先、「それじゃ次を聴いてみましょう」と登場したのが、DAC内蔵のネットワーク・プレーヤーPRIMOである。


イタリアVOLUMIO社のネットワークプレーヤーPRIMO
768/32PCMや22.4DSDのUSBデジタル出力に対応し、
クラスの標準を大幅に超えるDACとアナログ回路を搭載していながら、
13万2,000円(税込)は破格だ。

 何でもこのモデルは"蛇の道は蛇"的な裏技を用いて、通常このクラスでは考えられないような高品位DACチップの導入を可能にしているそうで、おかげで変換精度は滅法高いという。いや、それは確かにそうなのだろう。しかし、そんなことよりもPRIMOに感じたのは、「音楽の楽しさ」である。

 同じトップウィングが入れている機器ならばM2TECHがあるし、著名どころではスピーカーのソナス・ファベール、アンプならハイブリッド構成のパトス(Pathos)など、イタリア人が作るオーディオ機器はいつくも聴いたことがあるが、どれもこれも「こいつら本当にエピキュリアンだな」としかいいようがない、艶かしくてエロティックなくらい声が色っぽい、美的というか享楽的な音がするのである。

 私自身は日頃、変態ソフト再生のためにハードでシャープでハイスピードで謹厳実直な音を目指している一方、この手の"エモい"音にも目がなく、ついフラフラと惹かれてしまう。

 そんな嗜好を持つ男の前に、この不完全な環境下で、PRIMOはわが愛する享楽サウンドの片鱗を示してみせた。これはもう個人的にも、じっくりテストするほかあるまい。

 とはいうものの、ネットワーク機器というヤツはちょっと借りてつないで聴いてはすぐ返すという、われわれが日頃やっている行動へ当てはめるのは難しい。どのみち何らかのネットワーク・プレーヤーは必要なのだし、恐るおそる妻に折衝したら、「仕事なんでしょ」と意外にアッサリ決済も降り、本格的に試聴しないで購入してしまった。輸入元との日頃の信頼関係もあり、まぁ面倒見はいいだろうという予測もあってのことではある。

 PRIMOがやってきたのは、雑誌がいくつか重なってヒイヒイいっている最中だった。それで時間のかかるインストール作業が全然はかどらなかったのだが、折しも最近になってトップウィングの菅沼洋介代表と「オーディオ試行錯誤」というYouTube番組を始めることになり、菅沼さんがわが家へ割合と頻回に訪れてくれるようになった。何たって菅沼さん、県人会のご近所さん(当県比。車で1時間くらいは近いものである)なのだ。そこで、これ幸いとインストール作業をお願いしてしまった。

 さすが菅沼さん、当該製品の輸入代理店の社長にして、業界有数の膨大な知識量を有する「オーディオマニアの鑑」だけに、1時間もしないで完全に使えるようになったのには感激したが、もっと感激したのはその音である。

■アナログ出力は、もう声の色気に金縛り!

 せっかくのPRIMOだからと、もちろんまずはアナログ出力を聴く。内部DACはPCMが192/24まで、DSDが5.6MHzまでに対応する。まずは声ものを聴こうと、NASの中からグレース・マーヤ「Love Songs For You」を引っ張り出した。この音源は192/24のPCMと11.2MHzのDSD音源を所有しているが、この場合もちろんPCMを聴くこととなる。


グレース・マーヤ/Love Songs For You
e-onkyoでは残念ながらDSD配信を終了してしまったが、
まだmoraで5.6DSDなら入手可能だ。

 パイオニアBDP-LX58はXLR出力を有しておらず、ケーブルをテストする時に難儀していた。PRIMOはXLR出力を持ち、それが購入のきっかけの一つでもあった。それでまずはとXLRから音を入れて聴き始める。

 もう歌姫の声が出た瞬間から、歌へ釘付け、金縛りである。もともとグレース・マーヤという歌手は情感の塊のような歌い方をする人で、そこにイタリア的な艶やコク、いろいろ諦めなきゃいけない人生でも前を向いて進む、楽天的な表現力と積極性が加わるのだ。これまで結構愛好していたこのアルバムが、ぜんぜん違う趣をもって眼前に迫ってきた、そんな印象を拭うことができない。

 そうなったら、DSD音源も聴いてみたくなるではないか。しかし残念ながら、前述の通り本機のアナログ出力は5.6MHz止まりで、11.2MHzには対応していない。

 しかし、USBデジタル出力ならば11.2MHzへ対応するから、即座にUSBを接続したのだが、菅沼さんがおっしゃるに、わが家のアキュフェーズでは、VOLUMIO OSの仕様により、11.2MHzに対応していなかったはず、とのこと。ガッカリしながらも、一応テストのために信号を通してみると、万歳!
ちゃんと音が出るではないか。VOLUMIO OSのアップデートによるものだろうが、ひとまず音が出て心底ホッとした次第だ。何といってもわが家は、この組み合わせで鳴らなかったら、また何か新しいDACなりを用意せねば、11.2MHzがお預けになってしまうところだったのだ。

■井筒香奈江の新作に撃ち抜かれる

 11.2MHzの動作を確認したら、グレース・マーヤを聴く前にかけなければならない音源があった。何とその前日、井筒香奈江が新作「窓の向こうに」のDSDとPCMのハイレゾ音源を送ってくれていたからだ。PCMは192/24だから既に聴いていたが、DSDは11.2だったので聴けていなかった。


井筒香奈江/窓の向こうに~Beyond the Window~
井筒香奈江、待望のニューアルバム。8月14日発売。
レコーディングは11.2DSDと192/24PCMの録音機をサイマルで回し、
それぞれネイティブの音源をハイレゾで発売、CDはDSDからのマスタリングである。
DSDとPCMで音の感じが大きく違うから、
両方ダウンロードして聴き比べる、という贅沢もぜひ試してほしいものだ。

 それで早速かけてみることに。もちろんUSBからアキュフェーズのDACへ送っての音だが、同じように前日パイオニアからアキュフェーズのDACへ出力して聴いたPCMと、これがまたずいぶん違う。今作は生真面目なハイファイ調のPCMに対し、情感を色濃く宿し中間調を豊かに描写する方向のDSDという違いがあることを、音展の試聴会では聴き取っていた。しかし、自宅での聴こえ方はもう少し別の要因があるようにしか思えない。

 それで、PCMの方をアナログ出力してみたら、あまりといえばあまりの違いにもはや茫然である。本来DSDの方がエモーショナルな鳴り方になるはずなのに、アナログ出力PCMのこの深情け、エロティックさ具合はどうだ。井筒はそもそもグレース・マーヤほど情感を全開にして歌うタイプではないように認識しているが、その声へ、歌の抑揚へ、時に人生を賛美する喜びが、そして時にいろいろ諦めなきゃいけなかった人生への苦い微笑みが、色濃く漂う。いやはや、こりゃ面白い機材を買ってしまったぞと、小躍りすることとなった。

 井筒の新作については、また稿を改めてじっくり書きたいと思う。

 こうなったらもうガンガン音楽を聴き、エージングを済ませてしまおうと、小音量のBGMでも暇さえあればPRIMOで音楽を聴いている。それで気づいたことをいくつか挙げておこう。

 まず、当たり前のことでもあるのだが、アナログ出力はRCAよりXLRの方が6dB音が大きく出る。アキュフェーズなどでは、両者の音量が同じになるよう出力を調整してあるが、本来はこうなるものなのである。

 同じくアナログ出力では、RCAよりXLRの方が前述の「イタリアらしさ」が濃厚に出るような印象がある。もっとも、これは現在つないでいるインコネの問題かもしれぬ。XLRは古い製品だがオーディオクラフトの高級品、RCAは間に合せでオーディオテクニカの超廉価品をつないでいるから、そりゃまぁ違って当然かなと思う半面、その差を考慮してもやっぱりXLR回路の方が音が濃いのではないか、とも感ずる。

 一方、USB出力はいかなイタリア製といえど、やはり受け側のDACに音は大きく影響されるようである。11.2MHzDSDの井筒香奈江は、やはり伸びやかで品よく朗々と歌うものの、馴染みのバーで話好きの女将と過ごす時間のような寛ぎは、やはりアナログ出力に分があると感じられた。


PRIMOのリアパネル。
アナログはRCA/XLR各1系統、デジタルはUSBと同軸が装備されており、
USB端子はレギュラーAが2系統とCが1系統ある。
私はレギュラーAのもう1系統にUSBメモリを挿して
テンポラリの音源を聴くことにしている。

■トランスポートのRIVOも検討したが…


 私が買ったのはDAC内蔵のPRIMOだが、トランスポートのRIVOも当然いろいろ比較検討した。アナログ回路が入っていないのに、RIVOはPRIMOより高価だが、まぁこれでもかという対策の数々でデジタル信号の純度を磨いており、こちらの方が純粋な高音質を求める人に向いているのは間違いない。


こちらはDACレスのトランスポートRIVO。
デジタル出力にAES/EBU端子が加わっていたり、
Wi-Fi対応のアンテナが装着できたりするが、
基本的な装備はPRIMOのデジタルアウトと変わらない。
その分、出力されるデータに磨きをかけている、というわけだ。

 しかし、私はやっぱりアナログ出力付きを買ってよかったと思う。これまで国産品を主に使用してきたわがリスニングルームに、全く違う世界観を届けてくれたのだから、わが装置におけるPRIMOの存在価値はとてつもなく大きい。

■わが用途からは外れるが魅力的なINTEGRO

 また、VOLUMIOにはINTEGROという製品もある。RIVO、PRIMOとほぼ同一の筐体内に、50W+50WのPWMアンプが内蔵された、文字通りのインテグレーテッド・アンプである。


アンプ内蔵のINTEGRO。
小ぶりな筐体だが出力も結構大きく、
かなり本格的なシステムへ発展させられるアンプである。

 こちらはアナログ入力も1系統、同軸/光のデジタル入力が1系統、USBレギュラーA端子が2系統装備されているものの、残念ながらデジタルアウトがなく、内部DACも192/24までのPCMのみとなる。

 もちろんQobuzやROON-Ready、TIDALなどへ対応しているから、ストリーミングで完結した1ボディ・センターコンポーネントとして極めて高い完成度だが、私の用途とは残念ながら合わなかった。

 というような次第で、わが家のPRIMOへもとっととQobuzを導入したいのだが、さて真のローンチはいつになることだろうか。それまでは、NASの中身とテンポラリのUSBメモリから、音楽をジャンジャン供給して楽しみたいと考えている。

■劇的音質向上の外部電源!

 ところで、RIVOとPRIMOに対応する外部電源装置LINEO 5が、VOLUMIO本社から発売になった。5V/3Aだから15Wもあれば大丈夫なのに、120W引き出せるトランスや大きなコンデンサーを積んだ、いわゆるリニア電源である。


外部電源のLINEO 5。
定格の8倍もの容量を持ち、PRIMOやRIVOの本体より大きく、重い。
今後9V、12V、15Vも登場予定というから、汎用性もどんどん広がる。
何とか7万円を切る価格で発売したいと菅沼代表は語る。

 先日、付属のACアダプターと音を聴き比べたが、もう笑っちゃうくらい音が違う。詳しいインプレッションは、「オーディオ試行錯誤」の第3回で菅沼さんと語っているので、よろしかったらそちらをご参照いただければと思う。

菅沼さんとの対話

音楽部分


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?