「オウサマペンギン」補遺〜その2〜
■大口径フルレンジの高域は使えない!?
長岡鉄男氏が亡くなられたのは2000年の5月だった。それから程なくして、フォステクスのFEはFE-Eシリーズにモデルチェンジし、オリジナルFEの中高域にいつも存在していた雑味、ガサつきが消え去った。同社のエンジニアとしても、長岡氏に音が聴かせられなかったのは痛恨だったろうし、私たち長岡ファンにとってもそれは同じだった。
そのFE-Eにしても大口径、特に20cmはトゥイーターなしで使用する気にはちょっとなれなかった。オリジナルFEよりずっと良くはなったし、レンジ的にも十分伸びているのだが、やはり何となく音が歪みっぽいというか鈍いというか、トゥイーターから出てくるみずみずしくハイスピードな音に比べると、やはり聴いていて陰々滅々たる気分にならざるを得ないのだ。
考えてみれば、当たり前のことではある。フルレンジの高域は高次の分割振動を経た結果、ボイスコイル周辺の僅かな振動板と、ものによってはセンタードーム、あるいはサブコーンによって再生される。FE-E以降のボイスコイル直結センタードーム(8〜12cm)とサブコーン(16〜20cm)は、その高次分割振動域をピーク成分を抑えつつ伸びやかに鳴らすために設計されたものだが、しかしそれとは比較にならないほど振動板が軽く、他の帯域を再生する必要なしに設計された、単体トゥイーターの再生音に、そもそも匹敵するわけがない。大袈裟な言い方をすれば、物理的な問題である。
■そんな常識を打ち破る近年のフォステクス
ところが、ここ数年の同社フルレンジは、20cmの大口径であっても、トゥイーターなしで十分全域を楽しむことができる。一体どういうブレークスルーがあったのか知らないが、これは小さな、しかし大変な一歩前進と考えるところだ。
ちなみに、高域が聴こえにくくなっている還暦男のカン違いじゃないか、という疑惑には謹んで「20〜30代の友人にも同じように聴こえているみたいだよ」と反論させていただこう。第一、もう10kHzも単音で聴くのは怪しい私だが、それでも20kHz以上をスーパートゥイーターで加えると、音の違いははっきりと捉えることができるのだ。中高年オーディオマニア諸賢、スーパートゥイーターは無駄な投資じゃありませんよ。
さて、というわけでフルレンジ1発でも十分実用になることは分かったが、やはり大口径にはトゥイーターを載せたくなる。本命はやはりT90Aであろうが、便の都合でFE203Σ-REよりも到着が遅れたので、届くまで自宅にあったT96A(生産完了)を載せてみる。
■生産完了のT96Aが意外とつながり良し
ちなみにT96Aは実に短い商品寿命だったが、フォステクスとしてはT90Aとの棲み分けに苦労していたとのこと。確かに存在感も価格もそう変わらないが、T96Aは能率が高すぎず、非常に使いやすいトゥイーターだっただけに、退役を心より惜しむものだ。
わが家にあまり系統立ったコンデンサーの在庫がないのは、ご勘弁いただきたい。一念発起してある程度そろえても、すぐにいろいろ使うものだから、穴だらけになってしまうのだ。そんな中、まずムンドルフM-Capの廉価シリーズ0.47uFでつないでみたが、ちょっと不足の感じだ。ただし、もうちょっと良い銘柄を使うと、この定数で満足する可能性もある。
それで、今度はフォステクスCT0.68(生産完了)をつないだら、うむ、帯域バランスはこれでよいだろう。T90Aよりも若干再生音のスケールが小さく、20cmとは合わせにくくもあるトゥイーターなのだが、今回はなかなか上手くいった。
■"本命"T90Aはさすがの表現力
CTコンデンサーも、伸びやかで澄んだ音の質感は大いに称揚されるべき商品だったが、残念ながら生産完了してしまった。
T96Aでいろいろ実験しているうちに、待望のT90Aが到着、早速そちらでも実験に取りかかる。また、トゥイーターと一緒にフォステクスの新開発CXコンデンサーもガサッとひとまとめ送ってくれたので、そちらもいろいろ実験に供した。
■自宅では0.22uFでほぼ万全
T90AはT96Aよりも振動板が大きく、マグネットも100gと34g(いずれもアルニコ)とかなり差があるので、能率は公称で106dB/96dBと、10dBも違い、当然コンデンサーの定数も大きく変わってくる。
というわけで、まずCXの最小定数0.22uFを試したが、うむ、これでいいのではないか。逆相面位置でほぼピタリと収まってしまい、拍子抜けしたくらいである。
まぁこれで実験を終了させるわけにもいかないので、0.33もつないでみたが、やはりかなり大きめに高域が出てしまうことに加え、位相調整に手間取った。やはり0.22がちょうどいい、ということなのであろう。
■コンデンサーの銘柄で音質は千差万別
ここでコンデンサーの銘柄を変更してみる。0.22は手元にあまり良いものがなく、フォステクスの名作CSの0.15をつないでみる。CSは音の立ち上がりが極めつけに優れていて、同じ定数では音が大きめに聴こえるものだから、これでほぼ同定数と考えて差し支えない。
CX0.22からCS0.15に交換した途端、音は明るく伸びやかで超高域まで抜けが良くなる。やはりCSの霊験はあらたかだが、一方で太い存在感を聴かせ実体感に優れるCXの魅力も伝わってきた。コンデンサーの交差実験とは、本当に面白いものである。
興が乗り、T96Aに交換してコンデンサーをCTとCXで聴き比べる。こちらは同じ0.68だ。今度は「CTってこんなに音が細かったっけ?」と感じる。もちろん高域にかけての伸びや抜けの良さはCTに軍配が挙がるのだが、CXの音の太さ、実体感がより好ましく耳を捕らえた、ということなのであろう。CXは近日発売で、まだ価格が発表されていないようだが、ぜひともそう高価ではないクラスで登場してほしいものである。
■T90Aの実力を再認識
こうやっていろいろ実験していると、改めてT90Aは良いトゥイーターだなと実感する。もうずいぶんなロングセラーだが、以前何度か実験した際には、もう少し目の粗い音というか、俊敏で力強いが少々ガラッパチなところもあるトゥイーターという印象だった。ところが、今回じっくり聴いたT90Aは、荒れた素振りなど微塵も見せず、力強く抜け良く、しかも繊細に耳へ染み渡る感じの音だ。
かつての印象で、私は絶対リファレンスの「ハシビロコウ」にT90Aを選ばず、T925Aを載せたせいで、FE208-Solと音色をそろえるため、何年もかかってオイルコンデンサーをなじませる、という苦労をしてきた。このクオリティなら、こっちを選んでおいた方が苦労なしだったな、などとも感じている。
もっとも、T925Aを手懐ける苦労は私の得難い糧となった。お蔭で現在もとてつもない鳴りっぷりと、両ユニットが完全に融け合ったような質感を楽しむことがかなっている。
■限定とレギュラーユニットをスワップ
また今回は、さらに大物の実験も用意していた。フルレンジそのものの交換である。FE203Σ-REはφ133×20mmのマグネットを2枚重ね、一方のレギュラーユニットFE206NV2はφ145×20mmのマグネット1枚で、フェライトマグネットは磁気抵抗が大きいから、体積よりも外径が効くということもあり、駆動力ではひょっとしてどっこいどっこいくらいになるのではないか、という読みから、「オウサマペンギン」でぜひ鳴らしてみたかった、という次第だ。
FE203Σ-REから取り替えてみると、コーンは明らかに白い。というか、Σ-REは本当に漂白していない針葉樹の色なんだな、と実感する。一方のNV2はケナフ振動板だが、調べてみるとこちらは薄い茶色が生成りのようで、こちらも無漂白か、僅かに晒されているかといったところだろう。
■明らかな高品位のΣ、あっけらかんとしたNV2
音はもう明らかに違う。低域のパワーやスピードはさほど大きく変わらないが、踏ん張りの強さ、最後の一押しは明らかにΣ-REに分がある。中域以上の音色の多彩さ、彫りの深さ、音楽をコクたっぷりに表現する能力にかけてはΣ-REの独擅場で、この項目に関しては、かのFE208-Solをも上回るのではないかと感じさせる。トータルではFE203Σ-RE、かなり高い得点と評価して差し支えないだろう。
ならばFE206NV2に何の利点もないのかといえば、決してそんなことはない。音を吹っ飛ばすような軽さと勢いにかけては、この何でもないレギュラーユニット、決して侮れない。とりわけ私と、実験に同席してくれていた相棒の高崎素行さんにとっては、「俺たちを育ててくれたFEの音はこっちだよ」と、完全に意見が一致した。Σ-REに比べれば確かに安っぽい音かもしれない。しかし、私たち甲羅を経たBHマニアにとってたまらなく懐かしく、久しぶりにわが家へ戻ったような感慨を抱かせる音なのだ。
一方、絶対的な能率はΣ-REの方が高いようだ。T90Aを載せると、明らかに全体の表現力が向上することに変わりはないが、0.22では高域が出過ぎ、うるさい感じになってしまう。CXは最小が0.22なので、手持ちのムンドルフ・サプリームの0.1でつないだら、これでほぼパーフェクトだ。サプリームは割といいコンデンサーで、しかもかなりじっくり鳴らし込んだ個体だった、というのも奏功したに違いない。
というような次第で、「オウサマペンギン」は数量限定のFE203Σ-RE向けに設計したBHだが、Σ-REが販売終了になっても、FE206NV2で十分ドライブできることが分かった。末永いヒット作になってくれると、設計者冥利に尽きるというものである。
■自宅と試聴室でコンデンサーの定数が違う!?
すべての実験を終え、撮影のために音楽之友社へ「オウサマペンギン」を持ち込んだ。そうなったら編集子にも聴いてもらいたいではないか。それでまずフルレンジのみの音を出し、自信たっぷりにT90AをCX0.22でつないだら、何たることか高域が出すぎ! 広大な試聴室で中〜低域の反射音が少なく、直進性の強いホーン・トゥイーターの音が相対的に高まってしまったのであろう。
というわけで、狭い部屋には0.22、広い部屋には0.1をお薦めしたい。音の好みによってもある程度変わるし、コンデンサーの定数なんてこれくらい流動的なものなのである。
■無響室特性がやってきた!
「オウサマペンギン」は、音楽之友社からフォステクスへ受け渡され、今週末9/21〜22のイベントへ既に運ばれている。大阪へ搬送されるまでの間に、同社の担当Nさんが気を利かせて、無響室に「オウサマペンギン」を運び込み、周波数特性を採ってくれた。
一見した限りでは「ずいぶん低域不足だな」と思われたかもしれないが、そこは無響室特性である。部屋にもよるが、一般的なリスニングルームなら、無響室に比べて低域が持ち上がってくるのが当然で、わが家のリスニングルームでも、それでバランス良く聴けたものと推測される。
概して、密閉度の高い洋室では低域はやや持ち上がり、欄間や障子などで音が抜け放題の和室では低域不足になる傾向がある。ご自分の耳でf特が不自然に聴こえたら、セッティング変更で調整するか、トーンコントロールを活用してほしい。
LchとRchの特性を個別に採り、さらにそれらを合成した図表も届けてくれたが、それを見る限り両chの特性は驚くほど誤差がない。フォステクスのユニットがいかにバラツキが少ないかを雄弁に物語るとともに、「オウサマペンギン」の精度も結構いいところへ持っていけていることが分かり、ホッとした次第だ。
9/21〜22と10/5は、大阪と東京のお披露目に当たるが、来場の皆さんにはどういう風に「オウサマペンギン」が聴こえるのか。大阪へは残念ながら顔を出せないが、皆さんの声が漏れ聞こえてくることを楽しみにしている。
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