僕の生徒会活動について
最近やっと生徒会活動をやっている中で、自分の自己を出してきているように思う。
最初に僕が生徒会活動をやろうと思った理由は、「友達に誘われたから」。生徒会選挙の応募締め切り間近になって近くの席の友達から「生徒会やろうぜ」と言われた。正直人にいじめられてばっかの自分がやりたいことを探したかったからっていうのが1番デカかったのだと思う。
あの頃の僕は何でもかんでもやってみようっていう精神だから半端な気持ちで生徒会選挙に出馬して決選投票を見事に勝ち抜いた。あとから知ったことだが自分は結構ギリギリ入ったらしい。生徒会に入ってから1年は正直これといったことはしていなかった。当番制だったコンタクトのケースのゴミ回収もやる気がなくあまりいってなかったように思う。
2年生になって初めて外務活動をやってみないかとその時の外務で1番偉い人、Kさんから誘われた。やることがわからなかった僕は僕にとって最初の外務活動である東京北部生徒会連合の第二回交流会に参加した。正直何やったか内容すら覚えていないが、その時出会った聖学院や立池の人とは今も関わっている。
そのあと夏になって洗足のKさんがうちの学校に訪れた。以前から本郷のKさんから中高協の代表だとか、今度夏に3人で鎌倉に旅行行くよとか中高協と多摩協の合同交流会でも会うよなどいろんな事前情報があったためある程度知っていたが、おそらくここでKさんに会ったのが僕の生徒会活動に大きい影響があったと思う。このあと交流会や旅行を通してある程度仲良くなって、Kさんの勧めで中高協の運営募集に応募することにした。そうしたら見事受かったのだ。
その後、中高協の広報部に入ることにしたのだが、そこの雰囲気に刺激を受けずにはいられなかった。みんな自分の仕事に向かって真摯に向かい、仕事の速さ・質どれをとっても完璧だったのだ。自分は負けず嫌いな節があったので一生懸命足を引っ張らないように質に重点を置いて広報画像を作った。1枚目はあまり反応良くなかったのだが、2枚目のできは良く、その時の広報部長から「すごいかっこいい」とか「良すぎる」というふうに褒めていただきました。
最初に言った通り、学校でもずっといじめられてばかりの僕が3歳年上の先輩から初めて褒められた瞬間でした。その後、広報画像を作るのに慣れてきて質も上がってきたと思われる頃に代表や広報部長に「しごでき」「まじ天才」など様々な褒め言葉をいただいて、「あ、挨拶とか褒めるのってこんなに素晴らしいものなんだな」って思えた。この頃僕は正直これ以上生徒会活動をやる意義を感じていなかったため、2年生の1年を耐えたら、生徒会をやめようと思っていた。そんな僕が生徒会活動をやってて初めて仕事した分報われるっていう感覚を味わえた。単なる自己満の可能性もあるがその感覚を忘れたことはない。
あの2人だけでなく他にも色んな人から褒められ、首の皮一枚のところで生徒会を続けることにした。僕はあの人たちに一生かけても返せないほどの恩がある。これはじっくり返していこうと思うが、僕が言いたいのは挨拶の大事さだ。今現在中学3年生になって、中高協の広報部長をやっているが、みんなに広報画像や文を作ってもらったあとに何も言ってないなんてことはないはずだ。必ず「完璧すぎ」「まじしごでき」など褒め言葉を欠かしていたら多分それは僕じゃないってほど意識している。なぜか僕は仕事好きで社畜のようなキャラで浸透しているが、それはおそらく去年の中高協のおかげだと思う。
最近先代の代表であるKさんと雑談をしていた。会話の内容は広報について。今でこそ色んな団体の広報部に所属している僕が広報で天下を取るために今一度覚悟を表すという意味でここに文字として残しておこうと思う。
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