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当世水境端姫噺
水脈が己の右手首の内側に真珠のように艶めく鱗を見つけたのはつい一週間前。
それこそは村の祀る龍神に一人前のしもべとして認められた証だった。
水郷村。
深い山の中、美しい湖のほとりに人々が身を寄せ合って暮らすこの小さな村が水脈の十七年の人生の全てだった。
言い伝えでは、長くこの国の水を治めてきた龍神が衰え最後の眠りについたのがこの湖。その魂の欠片こそが、爪一枚ほどの大きさの鱗であるという。
龍神の分霊として身に鱗を宿した娘達は国の方々へと散り、見知らぬ土地の鎮守としてその一生を終える。
土地を護り人に寄り添う。それは龍神が民草と交わした遠い約束だった。
そして、龍の娘に課せられた御役目はもう一つ。
――いざという時にその身を水に捧げるための贄として。
祝福と共に告げられた使命はあまりに現実離れしていたが、水脈はそれをさだめとして粛々と受け入れた。
姉のように慕った女が村から旅立つのを見送ったことがある。そこに悲壮はなく、誇りに満ちた表情をしていた。
ただ、自分も同じものになるのだと思った。
遠く離れた北の果て。
水脈が護りを任せられるのは新たに生まれる湖だ。この寒村に目下建設中のダムとその周辺が、これより彼女の庭となる。
新たな家へと向かう道すがら、まずは着任の挨拶をすべくダム建設の事務所を訪ねる。プレハブのドアを開けば、人の良さそうな作業服姿の中年男性が応対に出てきた。
「初めまして。水郷村から来ました」
「これははるばるようこそ……うーん、やっぱり手違いか」
「?」
「実は既に、もう一人」
「……えっ?」
村から派遣されるのは一つの土地につき一人のはずだ。
どういうことなのか。水脈は呆然として続く言葉を待つ。
「万波の村から、つい昨日。あなたと同じ端姫のお役目で。男性なんですが、この場合も端姫と言うんですかね?」
【続く】