凱歌を君へ
安普請の定食屋に走る揺れ。
襲来だ。
腹に収まるはずの牛丼を未練がましく見つめ、主人に声を掛ける。
「トイレ借りるよ」
「どうぞ」
返事を待つまでもなく指差す奥へ。都市に暮らす者にはみな協力義務がある。
何の、って?
『巨人』を殺す『巨人』への、さ。
店の裏、偽装された廃棄口から一階層分をスロープで滑り降りる。狭く薄暗い通路の奥では親方とホマレが待っていた。
「おう、朔太郎」
「どうしたの、浅層にいるなんて」
彼ら師弟は『クロウラー』。眠れる遺産を叩き起こす者。都市の薄皮一枚めくった下は彼らの領域だ。
「縦坑に行くついでの届け物だ。ほら」
「フォボスか。幸先がいい」
古参の鉄の鴉が誇らしげにクワァと鳴く。親方が胸元に下げた籠の中では石像の生首が喋り出す。
『前回は入れ替え中の区画と衝突しかけたと聞いた』
「仕方ない。チカプはあの時が初仕事だった」
『君の寛容さには頭が下がる。同胞に代わり感謝する』
頭が下がると言っても肝心の首から下がない。でも彼は冗談なんか言わない。
生首の老人はメルクリウス。鴉のフォボスに、梟のチカプ。彼らは『モジュラー』と呼ばれる発掘品だ。血の通わぬ命。『大断絶』以前を知る者達。世界の手がかり。
目の前の棺桶のような射出装置に横たわれば、俺はフォボスの導きにより円周内を加速し、地上へ射出され、巨人と化し敵の巨人を殺す。たかがそれだけの役目。
そう。
この物語の主役は俺じゃない。少なくとも、俺はそう思っちゃいない。
世界の鍵を握るのは彼らであり、俺は真理が掘り起こされ何かが変わるまでの繋ぎでしかない。
それでいい。
「大丈夫すかね」
あいつを見送り俺は親方にこぼす。
サクタローは代々特別な血を継ぐ景山の家の子だ。去年初めて巨人を殺した。その手足で打ちのめして。体に見合う武器などない。
景山の大半は心を病み表舞台を去る。それでも彼らは立ち続ける。
彼らこそが都市の英雄だ。
【続く】