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ここは人が生きる北の大地

前書き

この掌編小説はVRChatのコミュニティ企画「第5回きっとあなたの1400字」に応募したものをnoteにて再公開したものです。
作品はVRChat内言の葉堂(https://vrchat.com/home/launch?worldId=wrld_04a4f82e-7280-4a6f-8439-e895499827c7)にて公開されていますが、VRでは文字を読みにくい方のためにnoteにて公開します。

本文

 ここは人が生きる北の大地。雪に包まれた白い世界。
 その風は寒く、雪は冷たく、頬は痛い。
 人々は寒さに耐えて日々を過ごす。

 いつもより人混みが溢れたとある高校の敷地沿い、二人の女子高生が並んで歩いている。
 うつむきながら涙を堪えるのはショートボブをした大人しそうな少女。彼女は口を固く閉じてその目は赤くなっている。
 対して反対側の背が高い少女はどこかさっぱりとした顔で、足取りも軽い。彼女はそのくっきりとした目を傍らの高校に向けたまま歩を進める。歩く度に腰まで届く長い髪が艶やかに揺れた。
 二人はゆっくりと、それこそ遅すぎるぐらいの速度で歩いていたが、やがて二人の間で握られていた手を、長髪の少女がもう片手も添えて両手で握り向き直る。それに対して緩慢な動きでショートボブの少女も身体を向けた。
「ねえ、恋雪。いつまで泣いてるの? 笑って送り出したくれるって約束したじゃない」
 からかうような言葉にも、恋雪と呼ばれた少女は反応を返さず空いた手で涙を拭う。
「冬華先輩、ごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃないの、分かるでしょう。あなたに笑って欲しいのよ」
「はい、・・・・・・ごめんなさい」
 繰り返された言葉に冬華は苦笑した。
「昨日は『もし泣けなくても先輩の卒業を祝う気持ちはありますから』なんて言っていたのに」
「だって」
 そう呟いた恋雪の瞳がようやく上がり、目の前の胸に飾られた真っ赤な華を睨む。
「もう意地っ張りなんだから」
 そう言いながら恋雪の赤くなった目尻の涙を優しく指で拭う。そのまま両手で恋雪の小さな顔を挟んで瞳を合わせる。
「ねえ、笑って。先輩の最後のお願い」
 風に流されそうなその小声は、しかし恋雪の耳にはしっかり届き、ぎこちなくも精一杯笑う。
「恋雪、可愛い。本当に可愛いわ」
 愛おしさの満ちた瞳でそう褒める冬華を、恋雪は悔しそうに睨んでいたが、突然笑みを深めて言った。
「冬華先輩の方が可愛いですよ。世界一可愛いです」
 その言葉に一拍、冬華は驚いた顔をして一歩後ずさった。
「冬華先輩のこと、私大好きです」
「もう、ずるいわよ!」
 耳まで真っ赤にした冬華がそう叫ぶ。そんな冬華は恋雪も同じぐらい耳が赤いことに気付いてはいない。
 その時、一陣の風が吹いた。
 冷気を帯びた風は大地の全ての熱を奪い去って行く。風が止んだのを待って瞳をうっすら開けた恋雪の頬に、冬華の手がそっとそえられる。
「冬華先輩?」
 不思議そうな恋雪はそのまま自然と頬を冬華の手へ寄せる。
「私は卒業したの。だから先輩なんて呼ばないで」
 目を見開いて言葉に詰まる恋雪の頬を滑るように撫でていき指が軽く唇に触れる。紅に染まった頬が見える。恋雪は一瞬瞳をそらし、しかしやがて二人の視線が再び繋がる。唇に添えられた冬華の指が焦がれるようにゆっくりと離れる。
「・・・・・・冬華、さん」
 冬華は満面の笑みを浮かべ、恋雪を抱きしめる。
「さんもいらないのだけど。今は我慢するわ」
 そんな冬華の高い背中を恋雪はつま先を伸ばして強く抱きしめた。

 ここは人が生きる北の大地。雪に包まれた白い世界。
 その風は寒く、雪は冷たく、頬は痛い。
 人々は寒さに耐えて日々を過ごす。
 なぜなら今年もやってくるのだから。
 厚い雲の隙間から明るい光がこぼれて地を照らす。
 暖かな風が大地を駆け抜け冷気を払う。
 そしてどんなに積もった大雪も、硬く固まった氷結も、全て全て溶かしていく。
 ここは人が生きる北の大地。もうすぐ春がやってくる。

あとがき

作品については読んだ方の自由な解釈に委ねているのでなにも書けないのですが、今回の企画参加への感想を書こうと思います。
元々「きっとあなたの140字」へ参加していました。140文字というのは大変短くかなり制限が強い創作です。短編より長編が簡単と言われますが、その通りだと実感しました。
しかし1400文字も普通の創作で見るとかなり短い、掌編小説と呼ばれるものですから当然書きたいことを全ては書けません。1作目は、140文字の10倍と油断した結果「起承転結」の起で1500文字を超えたので没にしました。
そこでストーリではなくワンシーンだけを書くつもりで書き直し、それでも最後はひたすら文字を削って出来たのが今作です。
正直書くのは大変でしたが、短い故に時間がかからないことは助かりました。なによりも文字数制限という無慈悲な鬼が私に「どこを残すのか」と常に問い続け、それに答えながらひたすら削り出した結果、自身の書きたいことの優先順位をはっきりさせることが出来たのは気持ちが良かったです。

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