虫がおいしくしたお茶
カフェで「蜜香紅茶」なるものを飲んだ。
そこは紅茶を得意としているようで、メニューには40種類もの紅茶がずらりと並んでいた。多すぎる。思考が停止しかけたとき、「虫」という字に目がすいよせられた。あえて虫に噛ませてフェロモンを出した茶葉のお茶、というようなことが書いてある。迷わず注文した。
カップに注ぐと、琥珀色のきれいなお茶。名前に恥じぬ甘い香り。くせはない。虫と聞いたからだろうけれど、森林浴をしているような清々しさがある。胸から背骨にかけてが澄み渡るあの感じ。気持ちがよくて、ずっと飲んでいたかった。
すっかり気に入ったので、家に帰ってからこの茶葉のことを調べてみた。
台湾東部の花蓮県という場所が発祥の地。チャノミドリヒメヨコバイ(通称ウンカ)と呼ばれる体長3㎜ほどの虫が、茶葉を噛むように汁を吸うと、茶葉に小さく黄色い斑点ができる。その部分を製茶することで、甘い蜜のような香りが感じられるようになるのだとか。
仕組みはこうだ。ウンカに噛まれた茶葉は防御本能が働き、ウンカの天敵であるクモやカマキリを引き寄せるジオールと呼ばれる成分を分泌させる。この成分が発酵することで、独特の香りが生み出される。
少し前に、植物が身を守るために、葉をかじっている虫の天敵をおびきよせる成分を出すというのを知ったときには大層おどろいたけれど(だって葉をかじっている虫の種類が分かって、その虫の天敵も知っていて、適した成分を分泌させているってことになる)、それを利用しておいしいお茶を作り出していたなんて。
このウンカ、つぶらな瞳のかわいいヨコバイだけれど、一般的には害虫とされているよう。ウンカに茶葉を噛んでもらうためには農薬は使えないはずで、虫にやさしい茶畑を想像するとうれしくなる。