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「この仕事は、満足したらおしまいなんで」

第1回 甲斐ワイナリー 風間聡一郎さん

 この連載でインタビューする醸造家の皆さん全員に、必ず聞こうと考えているのは、「ワインは誰(何)が造っているのか」ということだ。
 もちろん、ぶどうを育て、果実を摘み、醸造するのは人間だ。その一方で、「テロワール」※という言葉があるように、「ワインは土地が造る」あるいは「風土が造る」という考え方もある。
 日本古来の自然観は、自然のなすことをすべて受け入れるような面がある。と同時に、進化を求めて改良を追求して止まない面も持ち合わせる。だからこそ、「ワインは誰が造っていると思う?」としつこく問い続けることによって、その人のワイン造りへの向き合い方や、山梨のワイン造りがわかるように思ったのだ。  ※テロワール:ブドウを育む生育条件の総体として理解される概念。気候、地勢、地質、土壌などの条件が複合的に絡む。(美術出版社『ワインの用語500』より引用)

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 甲斐ワイナリーの風間聡一郎さんが、東京農大の醸造学部、1年間のフランス滞在、3年間のワイン販売会社勤務を経て、家業のワイナリーで働き始めてから10年ほどになる。2009年に社長の反対を押し切って造った『かざま甲州SurLie』を契機に、醸造を全面的に任されるようになった。使用するぶどうも、農家からの仕入れから、7倍に広がった自社畑で収穫するメルローや甲州などのワインに軸を移した。

■自分の好きなワインだけを造って売る

 風間さんは、自分の仕事を不思議だと言う。
「僕が自分の好みで造ったものに対して、お客さんが『私もこのワインが好き』と共感して買ってくれるのですから、贅沢な仕事ですよね」。
 風間さんのワイン造りのスタイルは、「自分の好きなワインだけを造って売る」というものだ。ワインに限らず、消費者の好みやニーズが多様化していて、あらゆる業界がマーケティングに苦しんでいる現状からすると、ずいぶんと自由だし、本人の言葉通り贅沢にも見える。
 しかもこのスタイルは、結構、頑固に貫かれている。その頑固さたるや、でき上がったワインが好みに合わないとお蔵入りにしてしまうほど。社長であるお父上が「これは美味しい」というワインにできあがっていても、だ。そういったワインが600本はあるそうだ。
 マーケティング全盛の時代に、それで売っていけるというのは、不思議といえば不思議。けれども確かなことは、甲斐ワイナリーのワインには固定ファンがいるということだ。風間さんが次にどんなワインを造るのか、楽しみにしている人がたくさんいる。
 今、甲斐ワイナリーの試験畑では日本ではまだ珍しい『バルベーラ』というぶどう品種の栽培に取り組んでおり、2013年からようやくワインとして販売できるようになった。このバルベーラにもすでに、リリースするとたちまち売り切れるくらいのファンが付いている。

■年に一度しか結果を出せない

「失敗しないと覚えないんですよ。僕の場合」。
 自身でそう言うように、風間さんのワイン造りには、「試行錯誤」という言葉がよく似合う。
 甲斐ワイナリーの畑は、農作業の手伝いをしてくれるファンたちからは「ジャングル」と呼ばれているくらい特殊だ。下草はボーボーと茂っているし、不要な芽を摘まずにすべて残しておくので、枝も密集している。これも、土地の肥えた日本でワイン向きのぶどうを育てるために、試行錯誤の結果たどり着いた栽培法。特に樹勢が強いバルベーラは、多くの枝にパワーを分散させてやらないと、ワインに向いたぶどうに育たないからだという。
 ワイン造りは一年に一度、ぶどうを収穫したときにしか結果が出せない。そして、栽培の各過程も、試行するチャンスは年に1回きり。それがおもしろくもあり、難しくもある。だからこそ、独学で新しい知識や技術を次々に仕入れている勉強家であるけれども、やる前にあれこれ悩むより、やりながら考えるのだろう。
 何かにつけて「大変なんですよ」と言いながらも、畑で芽吹きをチェックする様子は、ものすごく楽しそうだった。

■品種の向き不向きは一切考えない

 ワインは誰が造っていると思いますか、と尋ねると、即座に答えた。
「人ですね」。
 土地も気候も大事だけれど、自然だけではワインは造れない。だから、この土地に向いたぶどうの品種が何か、ということも一切考えないと言う。
 除草剤を撒かないジャングルのような畑だけど、自然派にこだわるわけでもない。密集して湿気がたまりやすいからこそ、病気の予防のために消毒はきっちりとする。
「僕は、自分の育てているぶどうが病気にかかるのを眺めているのがとてもいやなんです」。
 何にこだわるべきなのか。その取捨選択を常にシビアに考え続けているのだろう。それこそが、人にしかできないことなのかもしれない。
 イメージするワインを目指してぶどうを育てるうえでは、自然次第の面も大きい。春の気候がよいからと言って、秋の収穫がどうなるかは、誰にもわからない。けれども、状況を見ながら調整していけば必ず目指すビジョンに到達できる、という自信があるからこそ、できることでもある。

 とはいえ、今年のぶどうや今年のワインが「こんなワインを造ろう」とイメージしたビジョンに到達できても、満足とはまた別のものだ。あくまでも、未来のための通過点に過ぎない。
「今年は自分のイメージした通りにでき上がったけれど、来年はもっとよいものを造る。その繰り返しのような気がしています。この仕事は、満足したらおしまいなんで」。

(この記事は、2015年5月に公開した記事の再録です)

【ワイナリーのご案内】

甲斐ワイナリー株式会社
http://www.kaiwinery.com/
山梨県甲州市塩山下於曽910  Tel 0553-32-2032
営業時間9:00~18:00 / 木曜定休(祝日の場合は営業)
アクセスJR中央本線、塩山駅下車 徒歩12分、タクシー1分
中央高速自動車道、勝沼インターより約10分

併設 ワインカフェ古壷
営業時間11:00-18:00 / 木曜定休(祝日の場合は営業)

ワイナリー販売ワイン、カフェ限定ワインやワインにぴったりの軽食のほか、15時までは写真の『ピッツァ』や『ラザニア』などのランチセット(サラダ・コーヒー付、各税込1,450円)も。

写真左から、『かざま甲州SurLie』(税込2,050円)『かざま甲州辛口』(税込1,440円)、『かざまロゼメルロー』(税込1,850円)。『かざま甲州SurLie』の製造に用いられている「シュールリー製法」は、通常、ワインに厚みを出すために用いられるが、風間さんは柔らかさを出すことにこだわっている。「シュールリー製法」の導入にあたっては、社長であるお父上と意見がぶつかったが、風間さんは「やった者勝ち」とばかりにまず造ってしまい、ワインの出来で社長を説得してしたそうだ。

写真左『キュベかざまバルベーラ』(税込3,600円)は、甲斐ワイナリーの特色を出すために、ぶどうの栽培から手探りで取り組み始めた。写真右『キュベかざまメルロー』(税込3,240円)を一定数(1年で売り切れないくらい。目指すは5,000本)生産することが、目下の目標。赤も白も、やわらかくてやさしい、クリーンなイメージの味わいを目指している。

1834年に酒造業を創業。1986年、聡一郎さんの祖父の代に甲斐ワイナリーとしてワイン製造を開始。工場や販売所、カフェとして使用している蔵屋敷は、国登録有形文化財でもある。

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