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職員室デジタライゼーション〜本当の悪夢〜

 数男は、さらに思案する。スタンプとシールの通知表ということは、基本の枠が印刷された用紙に児童の氏名を記入(指名印を押印)したり、教科の成績を記入したりするのだろう。そして、児童一人一人の成長の様子や励ましの言葉、課題を伝えるための所見は、Wordなどのワープロソフトを使って作成したものをシール台紙に印刷し、貼り付けるのだ。
 もちろん、成績処理をする学期末が近づけば、作業のための時間は確保されるだろうが、それにしても莫大な時間を要することが予想される。

 要録に関しては、Excelを使っているというが、それもイマイチ理解できない。そもそも、Excelは、表計算のためのソフトであり、児童の学習履歴である要録という文書を作成するためのものではない。それなのに、「要録は、Excelで作成する」とは、一体、どういう意味だろう。少し思案して、数男は最悪の事態を思いついた。

「方眼紙Excelか…。」

 数男は、深く嘆息した。方眼紙Excelとは、その名の通り、Excelのセルを正方形になるように設定し、セルを結合することで文章の様式を整えたものだ。この方眼紙Excelで最も危険な点は、「セルが結合されていること」である。
 結合されたセルは、表計算機能を阻害することがある。また、コピー&ペーストなどの機能も阻害される。つまり、Excelで作業をするメリットを奪うことの方が多い。
「きっと、恐ろしく作業効率が落ちるな…。」
 まだ見ぬ要録を見据えて、数男の胸中には、重苦しい暗雲が立ち込めていた。

 ここで、少し解説を加えると、学習指導要録というものは、児童の住居地や保護者、学歴を記録する「学籍」と各学年の成績や行動を具体的に評価した「指導の記録」に分かれている。
 後者の「指導の記録」は、実際にその学年の教育課程を経て、初めて記入できるので年度末に作成される。しかし、前者の「学籍」については、年度途中で引越しなどの事情が生じたら、その都度、修正を加えるものなので、年度初めに用意しておく必要がある。
 また、この指導要録は、小学校に入学した段階で原本が作成され、規定の年数を学校で保管することが義務付けられている。つまり、6年生であれば、1から5年生までのデータに6年生のものを追加し、卒業後は一定年数を書庫などで保管することになる。
 そして、「学籍」も「指導の記録」も当該年度の名簿番号や校長名、担任名などあらかじめ記入しておける箇所が多い。

 これは、全国共通のルールである。つまり、異動直後に、学校事情の右も左もわからない状況であったとしても、取り組むことができる事務的な作業が多いのである。

 赴任したての数男は、これらの事務的な作業をできるだけ早く終わらせようと思っていたが、早速挫折してしまったのだ。

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