Case.02: 50y.o M 傾眠
【救急隊情報】
昼頃、とある風俗店に入店した。男性が待機している部屋に女性が入室したところ、男性はいびきをかいて寝ていたのでそのまま様子を見ていた。50分ほど経過したところで覚醒したので入浴したが、そこで再度いびきをかいて寝だしたので店員が救急要請し搬送となった。
救急隊接触時のvital signは、BP:92/54mmHg、HR:80bpm、SpO2:96%(RA)、RR:14/min、BT:36.5℃、意識レベル:JCS1、GCS:E4V5M6
①この時点でどういう病態を考え、どのようなプランをもって患者さんを待ち構えるか。
<傾眠傾向の患者を見たときに特別に考えるようにしていること(私見)>
・低血糖
・本当にただ眠たいだけ
・BZO系薬剤/アルコール
・痙攣後
・大動脈解離
・脳幹出血/梗塞
・脳底動脈閉塞による両側視床梗塞
Planning
・現在の症状を確認
・薬物の使用歴、使用していたような痕跡の有無を確認
・頭蓋内疾患を想定したROSの聴取:頭痛、頸部痛、麻痺、構音障害、痺れなど
・心疾患、大動脈疾患を想定したROSの聴取:胸痛、背部痛、腹痛、顎、肩への放散痛
・AMPLEの確認
【病院到着】 0min
呼びかけに容易に開眼し従命はいる。受け答えは緩慢でぼーっとしている。
来院時バイタルサイン:BP:92/58mmHg、HR:87bpm・整、HR:18/min, SpO2:96%(RA), BT:36.5℃、意識レベル:JCS10、E3V5M6
【先ほど挙げた鑑別診断は変化するか?】
・薬剤→嘘をついていることも考えられるので、除外はできない。ただ、薬物だったとしても、ABCDは維持できているので急がない。
・頭蓋内疾患→症状はないし、血圧が低めなのが合わないがこの時点で除外はできない
・けいれん→この時点で除外はできないが、すぐにわかるわけでもないので、目の前でけいれんした場合には備えておく。
・大動脈解離→症状はないけど、もちろん除外はできない。
②次に何を行うか。気を付けるべきことは何か。
・この時点で、最初に挙げた鑑別疾患リストのうち、大動脈解離の可能性が限りなく高まった。検査としての次なる一手は診断を確定させるものになる。ポータブルの胸部X線で縦隔拡大チェックするのも悪くはないが、感度は50%程度なので除外にはつかえない。やはり造影CTだが、まだCrの値は出ていないが、造影剤腎症やアナフィラキシーのリスクはもちろんあるが、解離の可能性が高く、緊急性も高く致死的な疾患であるためタイムロスはしたくない。もちろん、患者さんには説明した上で、この時点で造影CTに踏み切るしかない。
・心電図変化もあるのでCT行く前に循環器内科にもコールしておくが、大動脈解離が冠動脈に及んだ結果と考えられるので、造影CTを行うことには変わらない
・CTには必ず付き添うこと
⇨再度意識障害が出現するかもしれない
⇨解離の進行で心タンポナーデになるかもしれない
⇨aVRが上昇しているMI合併かもしれないので、ショック、VFが起きるかもしれない
ここら辺を気をつけながら、CT中もハラハラしながら合間を見ながら声かけをする。その懸念も周囲と共有しておくこと。
造影CTにて、予想どおりのStanford A型急性大動脈解離(偽腔開存型)の診断
25min
③このケースの分かれ道
何といっても、大動脈解離を鑑別リストにあげておくことである。何の痛みも伴わないこのケースで、なぜ大動脈解離が鑑別リストに入ってくるのか。
この患者さんは、現場で2度、意識障害を起こしている。これを「変動する意識レベル」と捉えると、それは大動脈解離を疑うキーワードとなる。
ただ、それを知らなくても疑うポイントは、血圧と意識レベルの関係である。何となく眠たそうなこの患者さんの血圧はSBP:90mmHgであり、低めではあるが意識レベルを低下させるほどなのか?もちろん、平時が高血圧の患者であれば、この値は脳に影響を及ぼすかもしれないし、薬剤性・代謝性疾患の影響で血圧も意識レベルも低下している可能性もある。ただ、薬剤の影響と決めつけるには、現場の状況や証言からも根拠が乏しいし、代謝性疾患にしても採血結果を待たないと何とも言えない。となると、この意識レベルの低下は、血圧に加えて、何かしら脳血流を低下させている要因があると考える必要もあり、大動脈解離によって脳血流が妨げられている病態が想像できる。
その後の経過
・診断確定後にD-dimerもトロポニンIも上昇していたことが分かった
・来院後45分くらいの時点から激しい背部痛および冷や汗が出現したが、それまでは全く何の痛みの訴えもなかった。
・緊急手術目的で転院搬送となったが、懸念された急変は起きずに、来院から約90分後には20分離れた搬送先の病院に転送できた。
90min
④Take Home Message
①無痛性大動脈解離の存在を知っておくこと
②疾患の緊急度・重症度を踏まえ、迅速なactionを決断する必要があること
③起こりうる急変を常に想定しておくこと