研修医指導の際の心構え.06「論理の綻びを見つける」
救急外来診療中は、研修医たちからのプレゼンテーションを1日で何十回も聞くことになる。
自分で直接患者から情報を得ているわけではないので、研修医のプレゼン情報に基づいて判断を下さなければならない。
研修医が得た情報の発信源の信頼性を考慮する必要もある。
研修医がこのようなプレゼンテーションをしてきた。
これで約1分ほどのプレゼンテーションである。
さて、指導医として研修医のプランにゴーサインを出せるだろうか。
私の答えは「否」である。
なぜなら、アセスメント&プランまでの流れが論理的ではないからだ。
病歴や身体所見を無視した鑑別診断をあげてくることがよくある。
今回のプレゼンテーションで挙げられた鑑別を考えてみる。
・消化管穿孔
→既往歴のない30歳女性は何が原因で消化管穿孔をするのだろうか。あり得るとすれば消化性潰瘍やNSAIDs潰瘍を背景とした上部の穿孔か、虫垂炎の穿孔くらいだろう。腹部全体の痛みが穿孔による腹膜炎なのであれば、かなり病状が進行しているということだ。ただ、食事と症状の関連や、市販の鎮痛薬の使用に関しても聴取していない、ましてや腹膜炎を示唆する身体所見もない。消化管穿孔が絶対にあり得ないと言っているわけではないが、研修医が得た病歴と身体所見からは消化管穿孔は鑑別の上位には挙がらないはずだ。
他の鑑別診断も同様に考えていく。
・急性虫垂炎
→虫垂炎に典型的な病歴を得ていない。痛みの部位の変化や、腹痛・嘔吐・下痢が出現した順序、McBurney点の圧痛、psoas/obturator signの有無も見ていない。全てのケースが典型的な経過を辿るわけではないが、それは典型的な病歴や身体所見を確認しなくていい理由にはならない。
・異所性妊娠、卵巣捻転
→妊娠可能年齢の女性で妊娠関連の疾患を疑うのは定石である。ただ、月経歴や妊娠可能性、婦人科受診歴などの病歴がない。病歴聴取の段階で、性交渉が全くない(誤魔化されている可能性はある)、出産直後でまだ月経は来ていないのであれば、妊娠関連疾患はやはり鑑別の上位に挙げるべきではない。婦人科健診で卵巣腫瘍や嚢腫の指摘もなく正常所見だったのなら、卵巣捻転の可能性はかなり低くなる。しかも、腹部エコーで腫瘤病変を認めていないのならなおさらである。研修医のエコーの技量によって、描出できていないだけかもしれないため、それは考慮しておく必要がある。
・腎盂腎炎
→胃腸炎と誤診されることがあることを知っていたことはよく勉強している証拠なので、そこは評価する。しかし、頻尿・残尿感・排尿時痛などの病歴がない。腎盂腎炎であれば突然悪寒・戦慄をきたすこともあるが、シバリングの有無も聞いていない。
プランに関してはどうだろうか。
もし、先に挙げた鑑別診断をよりはっきりさせたいのなら、そのプランで良いだろう。
ただ、この時点の情報からは挙げられた鑑別診断の中で、腎盂腎炎に関しては事前確率を見積もることはできないし、他の疾患に関しては事前確率は低いと言わざるを得ない。
そこで、このような問いかけをしてみる。
自分で得た情報をうまく処理できず、自分が挙げた鑑別が腑に落ちていなかったように思う。
問いかけを繰り返すことで、研修医自身に問題点に気づいてもらう。すぐにできるわけではないのでトレーニングが必要だ。
私が「デキレジ」と感じるのは、知識が豊富だったり、仕事をテキパキこなすことができる研修医ではなく、自己矛盾のないアセスメント&プランをプレゼンテーションしてくれる研修医だ。
診断を下すということは、大学入試の数学で散々やらされた証明問題を解くことと似た感覚がある。決定的に違うことは、「この患者の診断は〇〇である、ということを証明しなさい」というようなことがない点だ。証明すべき命題そのものを自分自身で自己矛盾なく導き出す必要がある。
研修医のプレゼンテーションを聞くということは、こういうことなのだと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?