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『未成の周辺』について #1
そもそも今回、このnoteを立ち上げることにしたのは、写真家の川崎祐さんに「デザイナーズプレスのことや写真集のデザインのこと、印刷のことを書いて発信したらどうでしょうか?」とこの半年くらい機会がある度に言われていたからで、「需要がないから」「刊行する書籍は私の所有物ではないから」とやんわり断ってきたにも関わらず、川崎さんは全然折れなかった。
そもそも川崎さんという写真家にはいわゆる「作家」っぽくないところがある。これは誤解されそうな発言だけど、後述する川崎さんの前作『光景』(赤々舎、2019年)から付き合いのある私としては、川崎さんは歴とした写真家であり、作家だ。だけど、こと制作進行に関しては、そのスケジュール決定から進行、ロジスティクスの見積もり、編集、依頼ごとと事務的なこともびっくりするくらい進んでする。川崎さん曰く「企画がロジその他を見積もらずに地獄のようになった現場で血を吐くように匍匐前進し続けたこともあるし、そういうことは作家になっても誰かがやってくれるばかりじゃないことも知ったし、そもそもなんか作家ぽいスタンスが好きじゃない、というか、嫌い」だからこうなったという。「制作には、事務的なこともきちんと取り組んだ方が全然集中できる」ようだ。今回の情報発信についても、「本を手に取ってもらうための努力はできるだけして、ダメなら仕方ないと思うことにしましょう」とその蕩々とした語り口にいつの間にか絆されて、私はこうしてnoteの記事を書いている。
だけど川崎さんが言うように、多くの場合一般的に公開されることはないけれど、本という媒体にはデザインをふくめた制作や印刷、流通、販売というプロセスがあって、その周辺に膨大な決定事項やすり合わせ、その仕事内でしか役に立たないであろう勘所、技術が蓄積していることもたしかだ。ひとつのプロジェクトが終わればそのまま忘れられて、部屋の隅にある束見本を見つけたとき、私だけが個人的に思い出してはその度に複雑な顔をする、というので果たしていいんだろうか。そんなふうに疑問を感じていた部分でもある。だから、いちおう、記録として残しておこうと思う。
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2022年初夏までのこと
2022年の夏に、川崎さんが新作を撮っていると本人から連絡があった。私たちはいつもオンラインで話をするので、その日もフリープランのzoomで何度も入室しなおしながら、画面共有で現像から上がってきたばかりの写真を見せてもらった。
私と川崎さんが出会ったのは2019年の秋ごろ。赤々舎の姫野さんから声がかかり、川崎さんの初めての写真集『光景』のデザインのアシスタントとして、寄藤文平さんの事務所に期間限定で居候していたときのことだ。写真集を出版したあとも、川崎さんは同じシリーズの展示をいくつかの書店やギャラリーで展開していて、毎回その広報物を私に頼んでくれていた。既に文平さんが写真集でしめしたデザインをそのまま落とし込むわけにいかず、かなり苦心したのを覚えている。デザインの芯の部分は既に文平さんによって持っていかれており(という表現が合っているかはわからないけど)、アシスタントをしていたに過ぎない私が別解釈を滑り込ませることが果たして正しいのか悩んでいた。それでも川崎さんはなぜか私に依頼を続け、数年後、こんどは新作の展示をするのでDMを作ってほしいと伝えてくれた。
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ある場所へ(のちに新宮だと知る)通って、数年かけて撮影をしていたという新作をスライドで次々見せてもらい、「今回はあんまり人がいませんね」「なんか色々考えなくてもどんどん見られる。色が楽しいですね」「天地がよくわからなくなるものがありますね」と感想を並べていくと、しばらく後にこれは車窓から撮ったものだと明かされた。目を凝らすとチリのようなノイズや窓枠の存在が見えてきて、これは楽しいですね! と何周か画面上で巻き戻しては繰り返し見せてもらった。その後あっという間にDMのレイアウトが完成し、翌日にはデザインの提案を終えていた。
そのとき私が提案したのは、グレーのボール紙に活版で展覧会情報を入れ、題箋貼り(活版の空押しの中に、2mmほどの余白を用意して写真のシールを貼り込んでいる)のカードで、活版の印刷後に題箋は手作業で3-400部私が貼った。ボール紙であるという旨をきちんと川崎さんに伝えず、データ上では背景をグレーにベタ塗りしてPDFを送ったので川崎さんはだいぶ面食らっていたようで申し訳なかったが、実物が届いた途端にとても喜んでくれていた。
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その後しばらくして、「今回の作品を写真集にまとめようと思う」と連絡があって、数回の打ち合わせのあと、『未成の周辺』を「喫水線」で刊行することになった。
『未成の周辺』仕様一覧
ところで、今回の写真集の仕様の概要は以下です。
部数:400部
判型:270*210mm(A4変形、折返し幅 250mm+背13mm)
ページ数: ①写真(カラー)計 142P(片観音込み)
②テキスト(スミ1C)16P
合計=158P
用紙:表紙=トーンF CG3 160kg
扉・本文(写真)=B7トラネクスト 68.5kg / 4C印刷
本文(テキスト)=モンテルキア 81.5kg
前後見返し =OKブリザード 51.5kg
付物:帯=上質110kg(片面1C)80mm幅
題箋貼り=上質紙シール オフセット4C
製本:無線綴じ、両袖小口折り(観音)
加工:箔押し5箇所
(背表紙:ツヤ黒 + 表紙題字:ツヤ銀、題箋用:空押し)
DMの物質感を引き継ぐところから出発し、結果この仕様を見て恐らく多くの人に驚かれるところが、「これ表紙にお金割きすぎじゃない?」だと思う。
『未成の周辺』では印刷費のうち4分の1ほどを表紙、顔の部分にかけている。具体的には箔(空)押しを5箇所施している。5箇所で間違いないです。型を特注でつくってもらい、位置を調整し、箔の色を変えながら押し、DMと同じように題箋を2mm内側の中央に手作業で貼ってもらっている。しかも銀箔は帯をつけると隠れる……。が、それでも、色々な検証をした上で、ここだけは譲れなかった。
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ループする、捲る
そもそも、川崎さんと私の考える『未成の周辺』の構成そのものが、写真集においてはループ構造であり、読む方向を「一方向に定義しない」、というのがはじめから決めていたルールだった。
逆にいうとこのルールによって本のかたちは大きく定義されていて、たとえば、今回の写真集にはJANコードや定価、ISBNナンバーが帯に入っていない。通常の流通に回る書籍だと、定価やレジで正しく情報を読み取るためのバーコードを配置することが多く(というか必要)、本を手に取ったときに「これがいくらであるか」を確認するために、裏面をむけて価格を確認する動作を私たちは無意識に叩き込まれているように思う。
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『未成の周辺』においては裏面(表4)という概念がないので、両側が表紙(表1)であり、先に書いたように両側にシンメトリーに箔が押され、背を中心にシンメトリーに文字もレイアウトされている。個人的に、両開きの書籍はこの数年でいくつかデザインしてきた(もしかすると多い方かもしれない)し、両義性を持ったものを組みで差異化したり、本とそれに紐づいた組版の身体性を意識するということは行ってきたけれど、いったん今回、その極端というか徹底的なかたちのものをコンセプトから一貫して自分としては実践できた気がするので、一段落ついた気分でいる。
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もうひとつ、初期からあったルールが、何回でも「捲りやすい」かたちにすることだった。写真集は書籍のなかでもかなり予算がかかること、堅牢性や高級感を求める人も多いことからハードカバーになる傾向が多い印象を持っているけれど、『未成の周辺』では、あえてソフトカバーで行くということもわりと早い段階で決まっていた。なんというか、深くニスっぽい、黒が光っているような静止した画面ではなくて、次々と移り変わっていく風景がほぐれていくような、動く画面を意識している、そんな感じ。はじめに受けとった印象に合うような仕様にしたかった。
川崎さんから作品の台割(順番)を提出してもらってから、PDF上やゲラで何度もぱらぱらと紙を捲って、読み込むというよりは「みる」という運動を誘発するようなかたちにできればと思っていた。実際に私が仕掛けた部分以外でも、川崎さんが仕込んだ本ならではのいくつかの仕掛けがあり、個人的にも一読者として行ったり戻ったり、本をひっくり返したりしながら楽しんでいるけれど、その内容についてはぜひ中身を確かめてみてほしいと思う。
こういったルールや定義が決まっていくなかで、写真家の鈴木理策さんに帯文を、また詩人の倉石信乃さんに収録文をご寄稿いただいたことも、デザインを完成させる上でとてもありがたいことだった。作品の構造そのものをデザインと紐付けることは、場合によっては作品の領域をデザインが侵したり、解釈を固定化させてしまうことにもつながってしまうおそれがあるから、はじめはかなり慎重だった。だけど、お二人に寄せていただいた文章が(倉石さんは寄稿文からの抜粋)帯の両側に入ったとき、私も、おそらく川崎さんも「あ、完成した」という感触があり、今回の装丁においてもとても重要な要素となりました。デザイナーが主宰する小さなプレスの刊行物にこころよくご寄稿をくださり、この場を借りて改めてお礼を申し上げます。
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川崎祐『未成の周辺』予約販売中です
喫水線では、現在『未成の周辺』の予約販売をしています。
50部限定で、収録作からランダムで2Lサイズのプリントがついてきます。
こちらの特典、残り少なくなってきたので、ぜひお早めに。
サイン本も承れます。
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