
キム・セロンの喪失/映画『私の少女』(2014)
2024年はイ・ソンギュンの不在を耐え忍んだ1年だったのに……。
で止まっていたら自分の中でずっとグルグル何かが回りっぱなしになるので、『アジョシ』(2010)よりマイナーだけど、どう考えても演技者として破格だろ。受けた衝撃ではこっちのほうが大きかった『私の少女』(2014)について。
◆
過去、この作品について断片的に言及したことはありまして、自分の書いたことだから遠慮なく再掲します。
2010年代、都市部でないエリアだからこそ色濃く残るLGBTQ+への無理解とミソジニーを主演のペ・ドゥナのみならず、映画を見ているだけの俺たちもぶつけられる、という秀作ですが、全編「田舎はこれだからしょうがない」みたいなエクスキューズ付きとはいえ、外国人蔑視の空気がちらほら描写されます(なお何も解決はしない)。
しまった正月早々に見るようなテーマではなかった(真顔)。
たまたま『アジョシ』(2010)履修を年末に済ませたばかりだったのでキム・セロンあっという間に大きくなって。みたいな誤った第一印象を抱きつつ、ハッピーエンドに見せかけた二重底な〆におののき、だってこれ韓国社会の根底にあるミソジニーに対する逆襲宣言じゃないですか、そこに気がつかない人たちの「気がつかなさ」が怖いです。
というような点に目を奪われ、(本業的に無関心ではいられないはずの)外国人労働者の搾取構図への感想が完全にそっちのけ。
物語の構図はそんなに入り組んでおらず
- 田舎に女性警察官がひとり、ソウルから異動してくる
- なんだかワケアリっぽい
- 彼女の目に留まる少女がひとり、比喩としても物理としても「飢えていて」見るからにワケアリっぽい
この、ふたりのワケアリ女性にペ・ドゥナ、キム・セロンを配することが出来た時点で作品の成功は約束されたようなものだと遅れて来た客こと私は思うわけですが、監督兼脚本チョン・ジュリいわく
「脚本を執筆していたとき、少女ドヒのイメージはキム・セロンでした」(2024年4月、METROGRAPH)
ちなみに本作インタビュワーが漏れなく質問するのは、ペ・ドゥナはなぜ出演したのか。と、もうひとつ。
「幼い年齢でとても重いものを背負うドヒだが、どうすればこんなに正しいキャスティングが可能だったのか」(上記METROGRAPH)
「キム・セロンのそれまでの出演作とはずいぶん違う役柄だがどういう経緯で彼女が作品に参加することになったか」(2015年9月、the f word)
「キム・セロンがこのような役を演じることが出来るという確信はどこから?」(2014年11月、Hangul Celluloid)
「にしても本作キャスティングの素晴らしさときたら、あなた自身が幸運を認めるしかないほどですよね」(2014年6月、韓国映画振興会)
そうなんですよ。この作品のキム・セロンの何が素晴らしいって虚無あるいは幼体と成体の間なればこその不安定みたいな概念、「そんなんも人類が提供可能な“演技”メニューにあったんか」が実装されているところだと思うんです。
こんな難役イヤ、ってキム・セロンが断ったもんでオーディションを1000人やり、それでもこれという俳優に出会えなかった監督がお母さん経由で再び手をまわすことでブッキング出来たとかいう経緯を抽出すると「特殊キャラ」のように聞こえるでしょうドヒ。
でも、50歳をとっくに超えたおっさん私ですら身にドヒ覚えは有るし(ドヒ覚え?)ペ・ドゥナ演じるもうひとりの主人公がドヒを見る目については、ちょうど昨日たまたまblueskyのタイムラインで読んだんですけど
保護犬、にこまるもそうだったのだけど、きてしばらく、めちゃくちゃ愛が重い時期があり、そのあと、ふっとそうでもなくなる。
— 近藤史恵 (@kondofumi.bsky.social) 2025-02-17T14:14:04.754Z
ニンゲンとイヌの間って一見前者が後者を守る構図ですけど、それが逆転することもありますよね。というか、双方向じゃないですか。
ちょうどそんな感じなんですよ、本作のふたりのヒロイン。
なお、ペ・ドゥナが「それまでの私の出演作選びの基準が木を見ていたとするなら、この作品をきっかけに森を見るようになりました。『私の少女』は私のブレイクスルーです」(2014年6月カンヌ映画祭)
と語ったように、キム・セロンにとっても本作の意味は大きかった、今振り返るとあそこからの十年は本当にいろいろあって……。と言えた世界線だってあったはずなのです。なんでや、なんで違う分岐にわれわれは進んでしまったんや。
image from IMDb